地球温暖化によって異常気象が増加している。日本はもちろん、世界中で起きる異常気象由来の災害、「気候災害」の人類に与える影響は甚大だ。異常気象は生命や経済、社会インフラを脅かし、インフラの重要なひとつである電力・エネルギーにもさまざまな影響を与えている。
地球温暖化が電力マーケットにどのような影響を与えているのか。また、これからの気象予測はどのようになるのか。一般財団法人 日本気象協会 事業本部 環境・エネルギー事業部 エネルギー事業課再生可能エネルギー推進グループの山口浩司氏と榎本佳靖氏が解説する。
地球温暖化によって約1℃、世界の平均気温は上昇した
―地球温暖化によって、どのような気候変動が起こっているのでしょうか。
榎本佳靖氏:地球の気候変動は、自然の要因と人為的要因の両方によって引き起こされています。例えば、太平洋熱帯域の東側の海水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続くエルニーニョ現象は、異常気象をもたらす気候変動現象のひとつとして注目されていますが、大気や海洋のさまざまな気象現象が相互作用しあって、今の状態が発生していると考えられています。また、人為的要因としては、地球温暖化が人間活動を起因としたCO2など温室効果ガスの濃度の上昇によって引き起こされている可能性が非常に高いといわれています。
世界の平均気温は確実に上昇しています。このデータは1891年7月、今から約130年前の世界の月平均気温の偏差の分布図を示したものです。
図中の丸印は、5° x 5°格子で平均した1981 – 2010年からの偏差を示す。出典)気象庁データより作成 図版提供:日本気象協会榎本氏:当時の平均気温が、直近30年間(1981~2010年)の同じ7月の平均値と比較して高いのか、それとも低いのか。比較すると、3℃程度低い地域があるということがわかります。
また2019年7月時点と直近30年間の平均気温を比較すると、どれだけ昨年の夏が暑かったのか、おわかりいただけると思います。実は、2019年7月というのは世界の平均気温が観測史上最高を記録した時期でもありました。
世界の年間の平均気温はというと、過去130年の間に、1℃以上平均気温が上昇しており、地球温暖化が進行しているというのは、観測データから見ても事実だといえます。
図中の丸印は、5° x 5°格子で平均した1981 – 2010年からの偏差を示す。出典)気象庁データより作成 図版提供:日本気象協会出典)気象庁データから作成 図版提供:日本気象協会榎本氏:世界の平均気温が約1℃上昇したことで、降水量が増え、異常気象の発生頻度を変える可能性が指摘されています。実際に、日本全国で弱い雨を含む降水の日数は減少傾向にある一方、大雨の発生頻度が増えているということが、気象庁の過去の観測データから明らかになっています*1。地球温暖化の進行に伴い、1回の気象イベントが社会に大きな災害をもたらす傾向が高まりつつあるということです。
台風に関しても、地球温暖化によって水蒸気量が増えることなどにより、勢力の強い台風の発生頻度が増加する傾向が予想されています。さらに気象庁気象研究所などのグループは、2020年1月、「地球温暖化がこのまま進み、地球の平均気温が産業革命前より4℃(現在より約3℃)上昇すると、日本列島を通過する台風の速度が約10%遅くなる」という研究結果を発表*2しています。
通常であれば、日本付近に台風が接近すると、偏西風に乗って日本列島を通り過ぎていくわけですが、日本上空にある偏西風の位置が地球温暖化によって北側に押し上げられ、台風の進む速度が遅くなるというものです。つまり、勢力の強い台風がゆっくりと日本を通過するため、日本への台風被害は今後ますます拡大するのではないかと予測されています。
左:日本気象協会 山口浩司氏 右:榎本佳靖氏- *1 気象庁 気候変動監視レポートの第2章気候変動 p.36 2.2.3 日本における大雨等の発生頻度
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/monitor/2018/pdf/ccmr2018_chap2.pdf - *2 地球温暖化によって台風の移動速度が遅くなる プレスリリース2020年1月8日 気象研究所(一財)気象業務支援センター
https://www.mri-jma.go.jp/Topics/R01/020108/press_release.pdf
気象と電力マーケットの相関性
山口浩司氏:2019年の台風15号による電力インフラへの影響も甚大で、東京電力パワーグリッドは1,996本の電柱が損壊するなど大きな被害を受けました。台風や豪雨による河川の氾濫、落雷、竜巻や津波などシビアな気象現象が電力インフラにリスクを及ぼすだけではなく、猛暑や暖冬など、気温の推移が電力需要に大きな影響を与えています。
―気象は電力マーケットにどのような影響を与えているのでしょうか。
榎本氏:電力需要は気温、湿度、日射量、雨、雪などさまざまな気象要素に大きな影響を受けます。このデータは、ある電力エリアの気温とその電力エリアの総需要の関係を時刻別に表したものですが、気温だけ見ても綺麗な相関性があることがわかります。
図版提供:日本気象協会榎本氏:また電力市場価格も気象に依存しています。電力需給がひっ迫すると市場価格は上下しますが、需給のひっ迫状況を左右するのが気温です。東京エリアを例に挙げると、2018年1月末から2月初旬にかけて、関東地方の広い範囲で積雪する事例がありました。1月22日には東京で23cmの積雪を記録、1月25日には東京の気温が48年ぶりに-4.0℃まで下がるなど、記録的な厳冬が続いたことで、暖房需要が増加しました。こうした電力需要の増加に対し、火力発電所などが計画外停止したり、太陽光パネルの上に雪が降り積もったりすることで、火力、太陽光発電からの供給力が低下した場合、スポット価格はさらに上昇する傾向にあります。この年、関東甲信で広く雪となった2月2日には東京エリアプライスが最高50円/kWhまで高騰しました。
台風による市場価格への影響度も大きくなっています。2019年の台風15号が通過した直後は、東京でも台風一過で気温が上昇し、9月にもかかわらず35℃を超えて冷房などの電力需要が高まり、9月10日の東京エリアプライスでは最高60円/kWhをつけました。
電力需要、そして市場価格は気象と非常に強い相関性があります。こうした特性を活かして、私どもは気象予測技術を使い、あすやあさって、あるいは1週間後、1ヶ月先の電力需要がどう変化するのか。また市場価格が高騰するのか、低下するのかという、未来の需要予測、市場価格を予測するサービスを大手電力会社や新電力などに提供しています。
再エネ発電予測の精度向上を目指して
―気象予測を活用したエネルギー向けサービスとは、どんなものがあるのでしょうか。
山口氏:私どもが提供するサービスには、エネルギーマネジメントとリスクマネジメントの2つがあります。台風などのシビアな気象現象が、電力インフラの重要拠点に被害を及ぼすリスクがあるとき、いち早く情報提供するサービスがリスクマネジメントです。
エネルギーマネジメント分野では、より付加価値をつけた気象情報を提供できるよう、サービス転換を図っています。例えば、かつては大手電力会社が電力需要を予測するために、気温などの気象データを提供していましたが、今では私どもが需要予測まで手がけることで、大手電力会社のオペレーションの高度化をサポートしています。また太陽光発電が大量に導入されていく現状において、日射量の予測だけではなく、どれだけ発電するのか。出力予測などのデータも提供しています。
火力発電など従来型電源は、自分たちで発電計画を立てて、その通りに発電すれば良かったわけですが、変動電源である太陽光発電や風力発電は自分たちで発電量をコントロールすることができません。そのため、再エネを受け入れる一般送配電事業者や、再エネ電力を販売する新電力などにとって、どれだけ再エネが発電するのか。事前に予測したいというニーズが非常に高まっているのです。
ただ、発電量予測は発電所単位など、ミクロで予測すればするほど難易度が高まります。やはり大手電力エリア全体など、ターゲットが広ければ平滑化効果で予測誤差は低減されます。
例えば日射量が年間もっとも出る時期は6月の夏至ごろです。日射量は1,000W/㎡程度になりますが、私どもの現時点での予測誤差は、ひとつのポイントでおよそ100W/㎡のオーダー。つまり予測精度は10%程度となっています。しかし、予測範囲を大手電力エリア全体にまで広げると、予測誤差は1桁台になります。
―発電量予測の精度向上は、今後求められていくはずです。
山口氏:その通りです。例えば、現在、FIT制度の抜本見直しが進み、太陽光発電や風力発電を電力市場に統合させ、FIP(フィード・イン・プレミアム)制度に移行させる方針が国から示されています。電力市場への統合とは、再エネ発電事業者みずから、どれだけ再エネが発電するのか。発電計画値を作成し、同時同量の責任を負うことになります。
卒FIT家庭も含めた太陽光発電事業者は、小売電気事業者やアグリゲータ、大手電力会社など同時同量に優れた能力を持つ企業とアライアンスを結び、バランシンググループ(BG)を形成していくことが予想されています。そうした近い将来において重要になるのがゲートクローズ時点での発電予測誤差です。仮に予測が大外れし、発電計画値と実際の発電量が乖離すると、ペナルティとしてインバランスを支払わなくてはならず、BG側の収益に大きな影響を与えてしまいます。
私どもとしても、エリア全体ではなくミクロ単位で、しかもゲートクローズ時点のような、目先の予測精度の向上が求められていくと考えています。
気象予測とは、物理学的手法を用い、スーパーコンピュータによる数値シミュレーションによって、未来を予測するものです。発電予測も前日予測であれば、スーパーコンピュータによる数値シミュレーションを使いますが、目先の予測になると、気象衛星ひまわり8号が撮影した衛星画像から、今ある雲が1時間後にはどこに移動しているのか。さらに気象の実況からも、今ある雲がどの方向に移動し、日射量がどうなるのか、予測することができます。こうした技術を組み合わせることで、発電予測のさらなる高精度化を目指しています。
洋上風力向け低コスト風況観測システムを開発
山口氏:風力発電に関しても、建設計画立案の際に必要となる出力の推定や環境アセスメントサービスなどを手がけています。太陽光発電は日射量が発電量を左右しますが、風力発電を左右するのが風況です。
陸上風力の場合、建設場所の背面に山があると、風向や風速が大きく変わります。また同じ地形であっても夏や冬など季節によって風の吹き方が変わるため、局地性が非常に高いわけです。FITの売電期間である20年間の事業性を予測するためには、最低でも1年間の風況調査の実施を推奨しており、発電事業者に代わって、私どもが風況調査を実施するサービスも提供しています。
最近、ニーズが高まっているのが洋上風力です。海上はフラットなため、陸上ほど地形による風況影響は受けにくいのですが、一方で、海上は風況を測ること自体難しいという課題があります。風況を測るために、海底からトラスを組み上げ、洋上風況観測タワーを建設すると、一般的には15億円程度のコストがかかるといわれています。
15億円というコストの壁があり、発電事業者は海上の建設予定地からもっとも近い海岸線の陸上に観測塔を建てて風況観測をするという事例が多いわけです。
ただ、洋上風力はひとつのプロジェクトで数十MW、建設コストは数百億円という大規模プロジェクトです。資金を融資する金融機関にとっても、可能な限り建設地の実測データから収益性をシミュレーションし、投資判断したいというニーズが高まっています。
そこで私どもは、風況観測の低コスト化を目指して、2017年に洋上風況観測システム「BuoyLidar(ブイライダー)」を開発し、山形県庄内沖などで実証試験を行っています。開発した風況観測システムは、海面の波浪に伴う揺れが少ない低動揺ブイ(Buoy)に、レーザー光の反射波を捉えて上空の風を計測するドップラーライダー(Lidar)を搭載したシステムになります。洋上の高度50~150mにおける実測風況を測定できるため、出力推定の精度が非常に高まります。15億円とされる洋上風況観測コストを大幅に削減することを目指し、今、実証試験を進めています。
BuoyLidar全景 日本気象協会ウェブサイトより未来を予測することは可能なのか
榎本氏:このほか、エネルギーマネジメントサービスには、電力取引価格予測もあります。翌日のスポット市場の価格予測が基本となりますが、発電事業者側には発電所のメンテナンスをいつすべきか、稼働計画を最適化させたい。あるいは市場価格が高いときに電気を売りたいというニーズがあります。そこで1ヶ月先までの価格の予測データも提供しています。
先ほど、FIP制度などに触れましたが、今後は日本も電力市場を介して、エネルギー全体の需給運用を最適化させる、という方向に進んでいきます。そうした中においては、収益を最大化させる取り組みが再エネ発電事業者には求められていきます。私どもも時間帯別、あるいは日単位で晴れるのか、風況はどうなるのか。粒度を細かくした予測データの提供を目指しています。
山口氏:発電量予測と需要予測、そして市場価格予測という3つのコンテンツを提供できることが、私どもの強みだと考えています。
地球温暖化が進行すると、気象条件に依存する太陽光発電などの発電量が低下する恐れがあります。実際、再エネ発電事業者からは、「FITの買取期間中である20年間の未来を予測した気象データが欲しい」というご要望を受けることがあります。
現在の気象予測技術では20年先の未来を正しく予測することは困難です。数十年というスパンの気象予測では、温室効果ガスがどれだけ排出されるのかの排出シナリオによって、気温の上昇幅は変わります。また気温の上昇以外にも、さまざまな外部要因によって、異常気象の発生頻度や強度は変わってしまうでしょう。
そのため再エネ発電事業者の方々は未来予測ではなく、過去20年間、あるいは30年の間で起こった気象変動を分析し、その気候変動が20年先の未来においてどの程度発生するのか。確率を検証し、リスクマネジメントしています。
ただ、その分析・検証に考慮されていないのが台風の激甚化など、過去発生しなかった近年の気候変動です。こうした気候変動への対応は、気象予測というアプローチだけではなく、エネルギーシステムのレジリエンス化(強靭化)、そして脱炭素化など、国のエネルギー政策含めて幅広く議論されていくべきものだと考えています。
―気象予測サービスは近い将来、どのように変化していくのでしょうか。
山口氏:今後、スマートメーターなどの導入が進み、取得できるデータの粒度が配電網単位、変電所単位、あるいは家庭単位というように細かくなっていきます。取得可能なデータが増えれば、家庭単位での需要予測や、家庭に設置された太陽光発電ごとの発電予測なども可能になるでしょう。私どもは、エネルギーの流れをきめ細かく計測し、予測することで、再エネの大量導入に貢献していきたいと考えています。