近年、気候変動問題の深刻化と、SDGsへの高い関心などから、使用するエネルギーを再生可能エネルギーに変えていく企業が増えている。RE100やその中小企業・自治体版のRE Actionといったイニシアチブへの参加も増えてきた。
自社の電気を再エネへ転換していく中、再エネの電気を直接供給するという方法だけではなく、グリーン電力証書、J-クレジット、非化石証書といった環境価値を活用するケースも多い。では、この環境価値とは具体的にどういうものなのか。これから5回にわたり、詳しく解説していく。
環境価値とGHG排出権
環境価値が取引できるものとして意識されるようになったのは、1997年に京都で開催された、COP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)だろう。このときに採択された京都議定書の中に、京都メカニズムとして「排出量取引」などが導入された。
京都議定書では、先進国に対してCO2などのGHG(温室効果ガス)の排出削減目標(1990年比)が決められている。同時にそれぞれの国が目標を達成するにあたって、余分に削減した国から、削減量を「買い取る」という方法も、認められている。これが排出量取引(排出権取引)だ。
京都メカニズムにはこのほかにも、先進国どうしで省エネや再エネなどGHG削減プロジェクトを共同で実施し、排出権クレジットを分け合う「共同実施」、途上国で温室効果ガス削減プロジェクトを実施して排出権クレジットを創出する「クリーン開発メカニズム」がある。
このように、排出削減量をクレジット化したものが、環境価値として取引されているものの原型だ。
京都議定書で想定されているものは、国どうしの排出権クレジットの取引だが、ここに民間企業も参加することができる。たとえばある企業が途上国でGHG削減プロジェクトを実施し、排出権クレジットを得たときに、そのクレジットを国に売却し、その国の排出削減目標の達成に利用する、ということが可能だ。
また、国が事業者にGHG排出削減目標を割り当てて、それぞれの事業者が目標を達成するために、排出権クレジットのしくみを使うことができる。必ずしも、京都メカニズムと一致するものではないが、EUや自治体である東京都など、事業者を対象とした排出権取引制度を導入しているところがある。
このように、事業者が取引する排出権クレジットが、取引される環境価値の原型といってもいいだろう。
環境保全の見えない価値
さて、ここから京都メカニズムを離れて、排出権クレジットに代表される環境価値一般の話をしていく。もっとも、そもそも、京都議定書は約束期間が終了している。
先ほど、事業者にGHG排出削減目標を割り当てて、その達成のために排出権クレジットを使うことができる、ということを紹介した。もちろんこれは、どのような排出削減の制度にするか、ということにも依存するし、どのような種類の排出権クレジットが使えるのかを定義する必要がある。GHG排出の原単位(売上金額あたり、店舗の床面積あたりなど)での削減という制度設計もある。次々回に紹介する予定のJ-クレジットは、こちらの考え方に近い。
とはいえ、事業者にGHG排出権削減目標を割り当てなくても、事業者がボランタリーな取り組みとして排出権クレジットを購入し、GHG排出削減に割り当てるということはできる。ボランタリーなしくみにおいては、個人で購入することも可能だ。
ボランタリーといっても、条件さえ整えば、事業者は排出権クレジットを省エネ法におけるCO2排出削減に利用することができる。グリーン電力証書やJ-クレジットが、そうしたものに相当する。
ここでいう「条件」のひとつは、エビデンスとそれに基づく認証である。
たとえば、ある事業者Aが、照明をすべてLED化し、消費電力量を削減したとする。しかし、CO2排出削減という価値は不要なので、事業者Bに販売するとしよう。しかし、CO2排出削減そのものは、形があるものでも目に見えるものでもない。そこで、実際にどのくらいCO2排出が削減されたのかを検証して証拠(エビデンス)を用意し、これを第三者が認証することが必要になる。グリーン電力証書も、J-クレジットも、こうした認証を経て、証書あるいはクレジットとなっている。
一般的に、工場などで使う電気が再エネであってもそうでなくても、製造された製品の品質にはかかわらない。消費者には、その製品の向こう側で、環境負荷がどのように異なっているのかはわからないということだ。
証書やクレジットなどの認証は、環境保全を「見える化」するものでもあり、GHG排出削減や再エネ利用だけではなく、オーガニック認証や持続可能な林業・漁業などについての認証もある。もっとも、オーガニック認証は農産品と不可分だが、排出権クレジットはそうではない、という違いはある。
カーボンオフセットという考え方
排出権クレジットのように、エネルギー消費にあたって、環境価値を取り引きするしくみがある、ということには、もうひとつの側面がある。それは、GHG、特にCO2の排出削減は、低コストのものから高コストのものまでさまざまあり、低コストのものから実施していくことに、経済性があるということだ。
事業者Aが、CO2を1トン削減するのに1万円かかるとしよう。一方、事業者Bは同じ1トンを削減するのに3,000円ですむとする。どちらの事業者も、10トンずつ削減しなくてはいけない、としたときに、それぞれの事業者が10トンずつ削減したら、合計13万円かかる。しかし、事業者Bが20トン削減して10トン分を事業者Aにクレジットとして販売すれば、合計6万円ですむ。しかも、事業者Bが1トンあたり4,000円で売るとしたら、事業者Bの負担は2万円、事業者Aの負担は4万円となる。どちらの事業者も、別々に削減するよりも安くてすむ。
実際には、CO2排出の削減量を増やしていくほど、削減あたりのコストがかかってくる。たとえば住宅では、エアコンを省エネ型に交換するよりも、断熱リフォームをした方が、コストがかかる。一方、こまめなスイッチオフはほぼコストがかからない。ガソリン車を、太陽光発電の電気で充電できるEVに買い替えるのはコストがかかる。
そこで、コストがかかるCO2排出削減のかわりに、排出権クレジットを使ってCO2排出削減をしたことにする。これをカーボンオフセットという。 排出権クレジットは、より低コストのCO2排出削減に由来するので、コスト面で効率的だということになる。
こうした考え方が、環境価値としてのグリーン電力証書やJ-クレジットの基本にあるのだ。
(つづく)
(Text:本橋恵一)