スマートメーターのデータは広告配信に使えるのか? 博報堂子会社と電力系事業組合が提携 | EnergyShift

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スマートメーターのデータは広告配信に使えるのか? 博報堂子会社と電力系事業組合が提携

スマートメーターのデータは広告配信に使えるのか? 博報堂子会社と電力系事業組合が提携

各世帯などに取り付けられているスマートメーターの電力の使用データについて、電力系の事業組合と博報堂系の会社が提携を開始した。スマートメーターのデータを広告の配信などマーケティングに活用していくことがねらいだ。実は、メーターのデータのマーケティングへの活用は長年検討されてきたものだ。また、個人情報保護の観点から慎重な取り扱いが必要なものでもある。本当に効果的な広告は可能なのだろうか、あるいはもっと別の利用先はないのだろうか?

スマートメーターとモバイルデータを組み合わせて広告配信

2021年8月31日、東京電力ホールディングスや関西電力、中部電力などが参加するグリッドデータバンク・ラボ有限責任事業組合と、博報堂DYホールディングス傘下のデジタル広告会社であるデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社(DAC)は、グリッドデータバンク・ラボが提供するスマートメーターのデータと、DACが提供するデータ・マネジメント・プラットフォーム(DMP)である「Audience One」のモバイルデータの連携を開始した。「Audience One」のサービスを通じ、エリア単位で加工したスマートメーターの統計データを活用することで、効果的なエリアターゲティング広告を配信することができるという。

現在、特定の地域を対象としたエリアターゲティング広告の実施にあたっては、エリアごとの世帯数などを把握するため、国勢調査等の公開情報を用いてきた。しかし、国勢調査は5年に一度である上、実態と乖離していることも多い。また、昼間の人口を反映したものにもなっていない。その点、スマートメーターは30分単位で各世帯の使用電力量を測定している。すなわち、生活パターンが把握できるデータだということになる。もちろん、個人情報保護法に基づき、個別のデータが提供されるわけではなく、匿名加工されたエリアのデータとして提供されることになるが、どのエリアが昼間人口が多いのか、あるいは単身世帯が多いのか、といったことがわかる。このデータを使い、エリアの住人に合致した広告が可能になるということだ。

すでに、2020年3月には実証試験を行っており、広告配信における有効性は確認済みだという。今後は、東京23区から、広告の配信を開始する、ということだ。


出典:グリッドデータバンク・ラボ、プレスリリース
グリッドデータバンク・ラボとDACのデータ連携のしくみ

だが、この話、筆者にはどうしてもしょぼいものにしか思えない。スマートメーターのデータは、もっと有意義に活用できるのではないだろうか。

10年以上前から検討されていたデータ活用

実は、スマートメーターのデータ活用そのものは、10年以上前から政府で検討されていたものだ。2009年には、経済産業省のスマートメーター検討会において、このテーマが取り上げられていた。いわゆるスマートグリッドに関連する技術の1つとして、電力計をデジタル化し、自動的にデータを取得し、サーバで管理すれば、検針が効率的になると同時に、得られるビッグデータを新しいサービスの提供に利用できるというものだった。しかし、2010年の段階では、スマートメーターの導入は見送られ、関西電力や当時の東京電力が実証的に導入するだけだった。

なぜ、導入が見送られたかといえば、当時の電力会社が消極的だったからだ。スマートメーターが導入され、多様なサービスを提供するということは、電気事業に新たなプレーヤーの参入が求められるということだ。そうしなければ、「サービスの競争」が生じない。電力会社としては、小売り全面自由化のきっかけとなりかねないスマートメーターは、できれば導入したくないものだったといえる。

しかし、2011年3月11日に発生した東日本大震災による福島第一原発事故は、こうした前提をひっくりかえし、スマートメーターの導入と小売り全面自由化につながっていく。そして、スマートメーターのデータ通信にあたっては、電力会社(送配電事業者)にデータを送るAルート、各世帯がスマートメーターから直接データを受信するBルート、そして小売電気事業者やその他のサービス事業者にデータを提供するCルートが設定された。すなわち、スマートメーターの導入にあたって、広告をはじめとするサービスへの利用は、最初から想定されていたということになる。

ところが実際には、Cルートを用いた新たなサービスというのはあまり見当たらない。理由は、直接データを利用できる小売電気事業者側には、提供可能なサービスが思いつかなかったことと、第三者が利用するにあたっては匿名加工を必要とするため、サービス提供先のターゲティングが難しかったことの2つが、主な理由だろうか。

筆者は実は2016年から2017年にかけて、米国エネルギーIoTのスタートアップであるENCOREDの日本法人に参加していた。1秒単位で電力量のデータを取得し、使用状況を消費者に「見える化」して提供するシステムだ。家電の使用状況まで把握できるというものだ。この詳細なデータを活用したサービスについて、実証試験なども行いながら、検討してきたが、結果としてサービスの開発はできなかった。家電の買い替えの提案や省エネのヒントの提供、レクリエーションの提案なども行ってみたが、効果が検証できなかった。

一方、第三者がデータを利用する場合は、個人情報保護法の制約がある。特定の誰かに対して、サービスを提供するためには、利用者の同意が必要となる。

ENCOREDの場合は、独自のIoT機器だったが、スマートメーターでも事情は同じだ。

グリッドデータバンク・ラボがねらったものとは

電力システム改革を先取りする形で、2016年に分社化された東京電力パワーグリッドでは、新規事業としてスマートメーターのデータを活用した事業については、早い段階から検討していた。というのも、スマートメーターは送配電事業者の資産だからだ。

そしてデータ活用を他の事業者も巻き込む形で行うため、グリッドデータバンク・ラボを設立する。電力会社だけではなく、通信会社や自治体、電機メーカーなどを巻き込み、さまざまな検討や実証試験を行ってきた。

例えば会員企業は匿名加工されたデータを使って、サービスを実証していくといったことだ。まさに、電力会社が持つビッグデータをビジネス化していくということがねらいだった。

しかし、現状ではその結果はとぼしい。もちろん、自治体とともに、昼間人口と夜間人口の違いを反映させた防災マップの作成などは有用かもしれない。しかし、宅配便の再配達防止は置き配の普及であまり必要とされなくなった。個別の世帯に対するサービスについては、個人情報保護法の壁が存在する。千葉銀行との提携においては、利用者の同意のもとで、個人データを利用し、節電の促進や高齢者の見守りを実施するということだが、家庭の節電にデータ連携は不要だし、見守りにはより精度が高いサービスがある。

同様に、今回のDACとの提携については、エリアターゲティング広告の配信の精度を向上させる以上のことはないのではないか。むしろ、エリアの電力量のデータは、電気事業そのものにもっと有効に使えるのではないか、というのが筆者の見方だ。

DERの拡大にスマートメーターのデータは活用可能か?

脱炭素社会に向かって、再生可能エネルギーの導入が拡大するにしたがって、電力系統には柔軟性が求められるようになる。急激な再エネの出力変動への対応などだ。

柔軟性をもたらすのは、蓄電池やEVの充電設備、あるいは家庭で制御可能なエコキュートなどの設備だ。これに、分散して設置される再エネなどをまとめて、分散型エネルギー資源(DER)とよんでいる。

今後、再エネを含むDERの導入は拡大していくことになるが、電力系統や蓄電池などの運用、あるいは追加の設置にあたって、エリアごとの電力量のデータは有用なものとなるのではないだろうか。あるいは、どのエリアであれば太陽光発電の導入に対する負担が少ないのか、ということも検討できるだろう。電力需給がひっ迫し、デマンドレスポンスが必要なときに、どのエリアを対象にすればいいのかを検討するためのデータともなる。スマートメーターのデータ活用が、再エネ拡大につながるということだ。そういったメリットと比較すると、エリアターゲティング広告の精度を上げるということが、しょぼい、ということになる。

もちろん、新たなサービスへの利用を否定するつもりはない。しかし、個人情報保護法を考えると、サービスを提供するのは第三者ではなく、小売電気事業者自身が窓口となって提供する方が理にかなっている。むしろ小売電気事業者自身が電気ではなくサービスを提供する事業者になっていくために必要ではないだろうか。

2024年からは、次世代スマートメーターの導入が見込まれており、現在はその仕様をめぐって経済産業省で議論が行われている。決して安価ではないスマートメーターを導入するのだから、より価値のある使い方について、電力会社はもっと真剣に考えていく必要があるだろう。

もとさん(本橋恵一)
もとさん(本橋恵一)

環境エネルギージャーナリスト エネルギー専門誌「エネルギーフォーラム」記者として、電力自由化、原子力、気候変動、再生可能エネルギー、エネルギー政策などを取材。 その後フリーランスとして活動した後、現在はEnergy Shift編集マネージャー。 著書に「電力・ガス業界の動向とカラクリがよーくわかる本」(秀和システム)など https://www.shuwasystem.co.jp/book/9784798064949.html

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