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クリーンエネルギーを支える、白金フリーの燃料電池用触媒:AZUL Energyインタビュー

クリーンエネルギーを支える、白金フリーの燃料電池用触媒:AZUL Energyインタビュー

EnergyShift編集部
2020年06月26日

燃料電池や蓄電池は、脱炭素社会を実現するための技術として、普及拡大が期待されている。その一方で、白金やリチウムなどの希少な金属が使われており、こうした金属の利用が拡大すれば、需給がひっ迫するだけではなく、資源開発による環境破壊も懸念される。
AZUL Energyは、白金を使用しない燃料電池・空気電池の触媒を開発している東北大学発のベンチャー企業だ。今回は代表取締役の伊藤晃寿氏を中心に話をおうかがいした。

世の中を変える技術との出会い

―最初に、AZUL Energyの設立の経緯からお話しください。

伊藤晃寿氏:2019年7月11日に、私を含めた3名で設立した、まだできたばかりの会社です。3名というのは、私の他に、取締役・CSOの藪浩、取締役の阿部博弥です。藪は東北大学材料科学高等研究所の准教授、阿部は同じく東北大学学際科学フロンティア研究所の助教でもあります。

私は元々、富士フィルムに在籍し、東北大学の藪准教授とは15年以上共同研究をしてきました。また、阿部も元は藪研究室の学生でした。共同研究の内容は、AZUL Energyが取り組むテーマとは異なっていました。

一昨年(2018年)10月に、藪から、AZUL Energyの核となる技術、すなわち、燃料電池や金属空気電池に使う触媒電極として、白金を使わない物質をテーマとしたベンチャー事業の打診を受けたのです。私も起業には関心がありましたし、何よりその時に直感的に、すごい技術だと思いました。
その後、1ヶ月ほど、技術に関して調べてみました。その結果、実現できたら世の中が変わるような技術であると確信しました。起業のリスクはあると思いましたが、それ以上にチャンスは大きいと考え、会社の設立を進めたのです。

左より 藪浩氏、伊藤晃寿氏、阿部博弥氏

―世の中が変わるとおっしゃいました。それはどういうことでしょうか。

伊藤氏:その前に燃料電池と金属空気電池のしくみについて説明します。燃料電池は酸素と水素を反応させて電気をつくるしくみです。電池としては、負極の活性物質として燃料の水素が使われ、正極の活性物質の酸素を空気中から取り入れ、反応させます。

金属空気電池の場合、負極の活性物質としては亜鉛やマグネシウム、アルミニウム等の金属が使われ、正極の活性物質にはやはり空気中の酸素が使われます。したがって、金属燃料電池ともいわれています。一般的な乾電池などと違い、正極の活性物質を充填する必要がないため、電気の容量が大きくなることが特長です。小型の金属空気電池はすでに実用化されていて、補聴器などに使われています。

さて、燃料電池自動車(FCV)用の燃料電池システムの市場規模ですが、まだ小さくて2018年で240億円程度しかありません。これに対し、電気自動車用(EV)リチウムイオン電池の市場規模は、数兆円の規模です。
燃料電池の課題のひとつが、価格なのですが、価格を押し上げている要因が、触媒に使われる白金(プラチナ、Pt)です。燃料電池車1台あたりで、以前は約100g近く使われており、白金だけでおよそ40~50万円の原価となっていましたが、現在では改良が進み1台あたりで約40gとみられています。

NEDOの目標によると2030年には、国内の燃料電池車の普及台数が80万台になるといいます。それまでに、白金をより少なくする技術が開発されて、1台あたり20gになった場合でも、白金は全体で16トンが必要になります。これは日本だけの話ですが、中国でも2030年に100万台の燃料電池車の導入を計画しています。

全世界の白金の生産量はわずか200トンですから、燃料電池車が増えると需給がひっ迫し、白金が高騰する可能性があり、価格が何倍にもなる懸念があります。つまり、レアメタルである白金が燃料電池車普及のボトルネックになるということです。

―つまり、白金を触媒として使う限りは、燃料電池の普及は見込めないということですね。

伊藤氏:いずれ白金の使用量が20~30gになれば、白金のコストは10万円程度ですみます。だとしても、それが電気自動車並に100万台となると成り立たなくなってしまうのです。

―燃料電池には、車載用だけではなく、エネファーム(住宅用燃料電池コージェネレーション)用もあります。

伊藤氏:エネファームは出力1kWなので、白金の使用量も少なく、現時点ではあまり問題ではありません。燃料電池車は出力100kWクラスなので、白金の使用量が多いのです。

世界を変える「青」

―AZUL Energyはその白金を使わない触媒の開発を行っているということですね。

伊藤氏:その通りです。AZUL触媒とよんでいるのですが、元々は耐久性の高い青色の顔料でした。藪は色の面から研究をしていたのですが、これを触媒として使ったら高い性能が示されたことから、今につながっています。
社名のAZULというのも、スペイン語やポルトガル語で「青」を意味する言葉です。

藪浩氏:私から背景を説明します。私の研究室に、博士課程の学生2名がおり、1人は色の研究をしていたのですが、もう1人である阿部は電気化学を研究しており、青色の顔料を触媒として使うことを思いついたのです。そこで、電極に塗って性能を試したところ、燃料電池の正極側における酸素の還元する性能が良く、白金より高い性能が期待できそうでした。
顔料と電気化学のそれぞれバックグラウンドの異なる研究があってはじめて発見できた性質だといえます。

―触媒として使われる顔料は特殊な物質なのでしょうか。

伊藤氏:基本となる構造は、フタロシアニンと呼ばれる化合物で、インクジェットなどに使われています。フタロシアニンの構造は、血液のヘモグロビンや植物の葉緑素などをつくるポルフィリンの構造とよくにています。ヘモグロビンと同じく、中心に鉄のイオンがあり、酸素の受け渡しをしやすい構造になっているといえます。

―では、ヘモグロビンも触媒として使えるのではないですか。

伊藤氏:ヘモグロビンは物質として安定していないので、使うのは難しいと思います。顔料は安定した物質で色が変わらないことが求められるのです。

鉄アザフタロシアニン

金属空気電池での実用化を経て、燃料電池車への実装へ

―実用化に向けて現在、どの段階にあるのでしょうか。

伊藤氏:我々のAZUL触媒を、白金触媒やマンガン系触媒と比較した結果、アルカリ環境では白金触媒やマンガン触媒よりも高い性能があり、毒性もありません。また白金触媒よりも耐久性、コストの面で優れ、発火のリスクもありません。こうした点で優位性が示されました。

商品化に向けた評価、実証ですが、燃料電池において、動作確認をしている段階です。
一方、金属空気電池においては、すでに高い性能が確認されています。燃料電池の場合、自動車に搭載した場合の耐久性評価などを行う必要があり、まだ時間がかかりますが、その前に金属空気電池等で実用化していく方針で、検討も早めに進んでいます。

―自動車の場合、自動車メーカーによる性能評価が必要になってくるのではないでしょうか。

伊藤氏:はい、我々の研究室レベルでの性能評価と並行して、自動車メーカーなどでも電池としての評価を進めています。

日本のメーカーだけではありません。1年前に燃料電池の展示会に出展した際に、中国や韓国の自動車メーカーが燃料電池車に力を入れていることがわかりました。特に中国は燃料電池車100万台という目標があり、国策として燃料電池には注力しているので、一緒にやりませんかというオファーももらっています。中国メーカーの積極性とスピード感には圧倒されます。我々はひとまず、適切な距離感を保ったうえで、何らかのタイミングで海外に出ていけばいいと考えます。

その点、日本メーカーの場合、海外に比べると新しい技術に対してはすぐに取り入れるというよりは、実績を出すまでは様子見ということが多く、最初の段階から一緒に開発するというのはあまりないです。
それでも、結果として、海外ではなく日本を代表する自動車メーカーが我々の技術を採用してもらうのがいいと思っています。

2025年以降に燃料電池車がブレイクするときに、我々の技術が採用されることが大事だと考えています。というのも、白金等のレアメタルを全く使わないAZUL触媒は燃料電池車の急拡大を支える技術になるからです。そのためには、金属空気電池など他の分野で実績を残すことが不可欠です。

―金属空気電池の方が先に実用化されるということですが、こちらはどのような形で市場に出てくるのでしょうか。

伊藤氏:金属空気電池はスピード感を持って市場化し、ここで実績をつくることで、燃料電池への導入につなげたいと考えています。
金属空気電池は小型の補聴器用のボタン電池の他には、災害用の非常用電源として使われる大型の金属空気電池もあります。大容量の電池で、スマートフォン10台以上が1度に充電できるものです。

すでに10社以上にサンプルを提供しており、一部の会社とは新製品開発に向けて協議中です。新型コロナウイルスの影響で少し遅れていますが、ここにきて再稼働し始めたところです。

金属空気電池はエネルギー密度が高いので、補聴器以外にも電池の小型化が求められるウェアラブル機器などさまざまな使い方が考えられます。

東日本大震災・原発事故を経験した東北地方から世界へ

―電池としては、リチウムイオン蓄電池のような二次電池への関心が高まっています。

伊藤氏:将来は、金属空気二次電池の開発にも寄与したいと思います。リチウムイオン蓄電池の3倍以上のエネルギー密度があり、ドローンなどに応用できるのではないかと期待されています。

―最後に、あえて首都圏ではなく、宮城県仙台市でベンチャー事業をやることについてのお考えをお聞かせください。

伊藤氏:我々はエネルギーベンチャーとしてイノベーションをもたらす会社だと思っています。

2011年の東日本大震災と福島第一原発事故は、東北地方に大きな被害をもたらしただけではなく、エネルギー問題を考えるきっかけともなりました。その東北から未来のエネルギーの選択肢を示すという意味で、仙台市で事業をすることに意味があると思います。
設立したのも、月こそ7月ですが、日付は11日にしました。そこにこだわりを持っていきたいと思います。

藪氏:伊藤に起業を持ちかけた私からも言わせていただくと、ここで異分野の人がいっぱい集まった、大学発ベンチャーらしい事業を展開したいと考えています。仙台市の、東北大学の持つ技術をここから世界に発信していきたいと思います。

参照

プロフィール

伊藤 晃寿(いとう こうじゅ)

東北大学大学院工学研究科修了後、2002年富士フイルム株式会社に入社。
富士フイルムにて機能性材料の研究開発と産学連携による新規事業開発を推進。
2019年7月AZUL Energy株式会社を設立。代表取締役社長就任。

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