もはや社会に不可欠とされる半導体だが、最近は不足になっているという報道が目立つ。半導体不足にはどのような理由、背景があるのか、業界構造に問題はないのか。そして、その先には、製造における脱炭素化も要求されている。こうした状況に対し、日本はどのように対応していけばいいのだろうか。電子デバイス産業新聞の編集委員である甕秀樹氏が半導体不足問題に切り込む。
脱炭素社会と半導体・デバイス産業(2)
「半導体不足」のニュースが連日新聞を賑わしているが、「そもそもなぜ発生したのか」を疑問に思う方も多いのではないだろうか。実は、たくさんの事象が複雑に絡み合った、構造的な問題なのである。
直接の理由は、TSMCなどファンドリー企業(受託生産専業の半導体メーカー)の生産キャパシティが、スマートフォンやデータセンター向けに加え、コロナ禍の巣ごもり需要を獲得したノートパソコンや大型TV向け半導体に割り当てられてしまい、コロナで生産が落ち込んだ車載用に十分割り当てられなくなったためだ。
そこにきて、自動車生産が急回復してきたため、車載半導体の供給量が不足してしまったのである。
加えて、中国のファンドリー企業SMICに対する米国の制裁を受け同社の顧客が他社に流れたことや、旭化成エレクトロニクス延岡工場とルネサスエレクトロニクス那珂工場の火災、米テキサス州の大寒波など、不幸な事態も重なった。
ただ、半導体業界の構造変化も大きく影響している。それは過度の「水平分業化」の弊害である。
1990年代以降、半導体業界においては、それまで主流だった、設計から製造までをひとつの会社が一貫して手掛ける垂直統合型のビジネスモデルが次第に変容し、ファブレスやファブライト化に舵を切るメーカーが相次いだ。半導体の製造には数億~100億円以上もする高額な製造装置を工程ごとに購入する必要があり、投資負担が大きくなったことが大きな理由だ。
その裏返しに、製造のみに特化したファンドリー企業が台頭した。現在半導体の話題の中心になっているTSMCは代表格である。
さらに、半導体の後工程(組立やテスト工程)のみ受託するOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)という業態も登場している。ちなみに、TSMCは前工程(ウエハーに回路を形成する工程)のみの受託が多い。
こうしたファブレス化・ファブライト化と、ファンドリーやOSAT企業の台頭で、2000年代あたりから水平分業化が一気に進んだ。その結果、ファンドリー企業への依存度が高まっていったが、それが今は当たり前になり、過度のファンドリー依存の弊害に誰もが気づかなくなってしまった。
TSMCの12インチウェハー製造風景 Credit: Taiwan Semiconductor Manufacturing Co., Ltd.
このように、半導体業界の構造変化が、半導体不足を誘発した大きな原因といえるが、今後はどうなるか。
特定の業態や企業に過度に依存しない方向にサプライチェーンを見直すべきとの声は次第に大きくなっている。
米国では、先端半導体の米国内での自給率アップを目指した動きを進めている。これは半導体不足が問題化する以前、トランプ前政権の時代から、米中対立激化の中で安全保障のための取り組みとして登場したものだ。2020年7月には、「CHIPS(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors) for America Act」「American Foundries Act」という半導体製造強化に関する2つの法案が提出された。「CHIPS for America Act」は、国防総省など政府機関によるプロジェクトへの資金提供を主とした法案で、提供額は120億ドル。「American Foundries Act」は、米国各州に対し半導体製造施設の拡大を促すための助成金を提供する法案で、提供額は250億ドルとなる。
米国はさらに、TSMCのアリゾナ州への誘致にも成功した。アリゾナ州に120億ドルを投じて新工場を建設することが決定したのだ。
バイデン政権になっても半導体強化策は不変だ。同大統領は、半導体、EV用電池、医薬品、レアアースの4品目に関して100日間でサプライチェーンを見直す大統領令に署名、半導体生産強化に370億ドルを拠出する意向を明らかにした。
米国企業も動く。インテルは、アリゾナ州にある同社既存工場に新たに2つの工場を建設する。投資額は最大で200億ドルとなる見通し。さらに、同社の米国と欧州の工場でファンドリーサービスも開始することも発表している。
欧州では、EU加盟の17ヶ国が「次世代の信頼できる低電力組み込みプロセッサ」と「高度なプロセス技術の開発」に協力することを約束する共同宣言に署名した。署名した国は、今後2~3年で最大1,450億ユーロもの資金を半導体製造に投入することになる。
インテルの新しい工場はアリゾナ州チャンドラーにある同社のオコティロ・キャンパスに建設予定 Credit: Intel Corporation
日本政府も動き出した。
経済産業省は、半導体やデジタル産業の政策の方向性を議論する検討会「半導体・デジタル産業戦略検討会議」を立ち上げている。Beyond 5Gや光電融合、次世代データセンターの話や、そのための国内半導体の開発力強化に向けた議論が行われている。
そして、政府は6月決定予定の成長戦略において、半導体や電池の国内生産拡大に向けて集中投資を促進する方針を掲げる見通しだ。さらに、経産省主導でTSMCの工場を日本に誘致しようという動きも出てきている。
このように日本政府も動き出したことは評価したいが、動きが欧米に比べ遅い印象は拭えない。それどころか、半導体業界から見れば「今さら」感もある。半導体が国家の重要産業というのなら、もっと前から動いておくべきだった、という意見は業界内で根強い。
ただ、半導体不足の解消に向けて、国内半導体メーカーや関連する製造装置メーカー、材料メーカーの間では設備投資熱が急速に高まっている。DX(デジタルトランスフォーメーション)に向けた情報化投資の拡大もその牽引車となっており、おかげで半導体は長期的な成長サイクルに入った、との見方も出てきている。
誠に歓迎すべきことだが、同時並行で考えなくてはならないのが、半導体の増産に対応した電力、特に「グリーン電力」の確保である。「今後はグリーン電力のみ使う」と宣言する半導体メーカーも出てきている。
このような半導体業界からの要求に応えるためにも、国全体としてグリーン電力の拡大を真剣に考えるべきであろう。風力や太陽光発電の拡大だけでは不十分であり、地熱やバイオマス発電の拡大、さらには水素混焼・専焼発電の拡大や原子力再稼働も含めたエネルギーミックスをより真剣に考えるべきであろう。
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