東日本大震災/東京電力福島第一原発事故を契機に超党派の国会議員で設立されたのが、原発ゼロの会だ。この会は、国会できちんとエネルギーについて議論する場を求めつつ「国会エネルギー調査会(準備会)」を2020年末までに計88回も開催してきた。事務局長である衆議院議員の阿部知子氏に、エネルギー基本計画と原発ゼロについて話をおうかがいした。
― 2020年10月26日の所信表明演説で、菅首相は2050年カーボンニュートラルを宣言しました。政府の政策が大きく変化したわけですが、最初にこの点についておうかがいします。
阿部知子氏:G7の中でも、石炭火力の新増設を進めているのは日本だけで、恥ずかしいと思っていました。カーボンニュートラルはもっと早く打ち出されるべき政策だったとは思います。それでも、菅新首相が打ち出されたのは重要なことで、やらないよりはやった方がずっといい。
今までも、日本政府は原発ゼロと再生可能エネルギー100%を目指さず、CO2排出と経済成長は相伴うという態度をとり続けてきました。しかし、海外ではCO2排出と経済成長はむしろ逆相関で、省エネルギーと再生可能エネルギーを拡大させることで経済発展しています。
英国ではエネルギー環境省を創設し、この課題に取り組んでいるのに、日本は資源エネルギー庁がある経済産業省と環境省がばらばらの政策をとってきました。カーボンニュートラルに向けては、CO2排出を抑制した方が経済成長するような展開が必要です。これからは、これまでのばらばらだった政策を合体させるような、政策の見直しが必要だと思います。
阿部知子衆議院議員
― エネルギー政策を立案していく上での基本となる、エネルギー基本計画が2021年には改定されます。その中でも特に注目されるのは、エネルギーミックス、とりわけ電源構成です。
阿部氏:2050年カーボンニュートラルの途中はどうするのか、エネルギー基本計画はその点で重要です。
即ちエネルギー基本計画においては、2030年をどうするのかです。現在は、2030年原子力20~22%、石炭火力も26%と、いずれも旧来の電源構成になっています。これを変えないといけないと思います。(2030年に)再生可能エネルギーは例えば40%にする、といったことでしょう。再生可能エネルギーを飛躍的に伸ばし、同時に、省エネルギーをもっと拡大していく。
原子力は2020年12月9日現在で1基しか稼働していません。関西電力大飯原子力の判決(大阪地裁による設置許可取り消し判決)を見ても、2030年に原発20%などは現実的ではないと思われます。日本のような災害多発地域、地震が多い国土で原子力を運転するのは危険だということは、3.11の東日本大震災/東京電力福島第一原子力事故によって気づかされました。
― 再生可能エネルギーの拡大にあたっては、どのような政策が必要でしょうか。
阿部氏:2つの政策をとるべきだと考えています。
1つは、送電線の接続です。現在の先着優先の接続制度を変更し、原発のために空けてある分を開放していくということです。これは、河野行政改革担当大臣がタスクフォースで取り組んでいるので、期待しています。
もう1つは、容量市場の見直しです。現在のしくみは、大型の石炭火力や原子力を残すしくみになってしまっています。容量市場という制度を運用していくとしたら、環境基準を入れる必要があります。CO2排出係数に制限を設けないと、再生可能エネルギーの導入は進みません。容量市場を原発や石炭火力温存ではない制度にしていく覚悟が政府にあるのかどうか。
― 事務局長をされている、原発ゼロの会/国会エネルギー調査会(準備会)でも、これまでエネルギーに関する議論を進めてきました。
阿部氏:原発ゼロの会が発足したのは、2012年3月です。2012年7月の固定価格買取制度の施行に向けて、再生可能エネルギー政策の準備もしてきましたし、原発ゼロをどのように実現するのかも議論してきました。
原発関係で働く人の雇用や代替エネルギーをどうするのか、こうしたことを、国会エネルギー調査会(準備会)の名前でやってきました。そこでは、エネルギーと環境を同じテーブルにのせないと議論できません。
現在、日本の国会にはエネルギー政策を論じる場がありません。政府の手の内だけでやっており、大局的に論じるところがない、また国民にも見えない。
本来は、国会の常任委員会を設けて論じてもいい課題です。しかし、経済産業省が技術論だけで政策を決めているというのが現状です。
本当に論議を起こすために、(東京電力福島第一原子力事故の)国会事故調で提言されたような事故の検証や安全性について議論の場も国会につくり、日本の政策を決めていくべきです。
日本には省庁の壁があります。1955年に原子力基本法ができてから、現在まで、原子力を含め、エネルギーについてオープンな議論はできていません。事故を想定した社会的コストなどを論じることも封じられています。
そうした中にあって、原発ゼロの会が開催する国会エネルギー調査会(準備会)はこの8年間で88回開催し、今年だけでもグリーンリカバリーや柏崎刈羽原発再稼働、災害レジリエンス、インドの再生可能エネルギー100%、建築物のエネルギー性能、固定価格買取制度の見直し、送電線の優先接続、石炭火力発電などを議論してきました。
― では、2050年カーボンニュートラルに向けて、このまま国会での議論がないということにもなるのでしょうか。
阿部氏:先ほどのエネルギーミックスの話にもどりましょう。そこで問われるのは、2030年再生可能エネルギー40%をどのように実現するか、ということです。そこで疑問となるのが、政府はそのことについて責任を持って言える状況にあるのか、ということです。2050年であれば、30年先ですから、遠い将来の話として、菅首相にも言うことができる話なのですが、10年後、2030年だと近い未来のことなので明確なことは言えない、ということが現状なのでしょうか。それでも、国会で2030年の姿をきっちりした論議にしていく必要があります。
これまで、エネルギー基本計画は、資源エネルギー庁が原案をつくるだけで、環境省が深く関与できないまま、国会は閣議決定後の報告対象でした。国家の政策としてどこにお金を使うか、ということであるにもかかわらずです。全省庁に関係するので、少なくとも特別委員会や調査会での論議が必要なはずです。
― 確かに、農林水産省や国土交通省など、エネルギーミックスに関係する省庁は多岐にわたります。
阿部氏:環境省は温暖化対策の観点から最重要ですし、農林水産省にはもっと再生可能エネルギーに取り組む潜在能力があると思いますし、国土交通省は建築規制で省エネを促進できます。金融のサポートも欠かせません。まさに国家戦略です。
そうであるにもかかわらず、原発に頼って2050年カーボンニュートラルというのでは、論理も何もありません。原発事故から明らかなように、経済合理性もありません。単純に考えたら、コストは高いしリスクヘッジもできない。
東京電力は国家管理となっており、借金だらけなのに、なお、柏崎刈羽原発を動かそうというのはどうでしょうか。この状況で再稼働、ましてや新増設、この国は懲りない面々でしょうか。
― あらためて日本では、どのような産業政策でカーボンニュートラルによる競争力を育てていくのでしょう。
阿部氏:日本は戦後、鉄鋼と自動車がリーディングインダストリーでした。しかし、ビジネスモデルの転換が必要です。
再生可能エネルギーを進める十分な技術力が日本にはあります。これを国家戦略にしていくことで、拍車がかかると思います。しかし、コロナ対策と同じで、政府はやってはいけないことばかりやり、PCR検査のようなやるべきことをせずにGoToキャンペーンで感染拡大させたり。
ヨーロッパのグリーンリカバリーは、コロナ危機で転んでもただでは起きないということです。日本にはそうした根性がないのか、と言いたいですね。すでに財政均衡が破綻している状況であり、時代の転換点にあって、私たちは何を守るべきなのか、取捨選択が迫られているといってもいいでしょう。
そうした中にあって、エネルギー部門では、大胆に再生可能エネルギーに向かっていくということです。
いずれにせよ、国として、若い人に希望を持ってもらうようにしないといけません。
― しかし、再生可能エネルギーは高いと思っている国民は少なくありません。
阿部氏:再生可能エネルギーは普及すれば高くありませんし、これからもますますコストは下がります。また、セントラル方式(一極集中型)の送電網は災害に弱いことがわかっています。分散型の再生可能エネルギーは災害に強い。災害が多発している日本に再生可能エネルギーは適していると思います。
―先ほど名前が出た、河野太郎行政改革担当大臣は、以前から核燃料サイクルには批判的でした。原発ゼロの会でもこの問題は取り上げていると思います。あらためて、原子力政策についても、お考えをお聞かせください。
阿部氏:核燃料再処理工場は金食い虫となっていますが、これを推進するというのは、外から見ると潜在的核武装能力を持ちたいからにも見えます。しかも、核燃料サイクルは回らず、直接処分の方がいいということはわかっています。再処理には何もいいことはないし、原発ゼロの会では河野さんが誰よりも再処理を止めたいと思っていました。
― 再処理はともかく、原発そのものもゼロにしていくということについてはいかがでしょうか。
阿部氏:最初の立憲民主党は、2017年の選挙で原発ゼロを掲げてスタートしました。国民は判官びいきで投票していただいたところもあるかもしれませんが、野党として大きな力を得ることができました。
もちろん、野党にも原発に関係する産業から支援を受けている議員もおり、なかなかゼロにしていくのは抵抗があることも事実です。そうであっても、全体を考えて政治が動いていかないといけない、と思っています。
かつて、石炭から石油へと主力エネルギーが転換していったとき、政府は石炭産業に従事する労働者の雇用や住宅も考えてきました。同じように、原子力から再生可能エネルギーへと移行していくときにも、働く人のことを考え、移行期にあたっては何らかの手立ては必要です。
与党でも、若い議員は原発より再生可能エネルギーに未来を感じています。それが時代の流れです。原発を卒業していく道を、働く人も含めて模索していこうと思います。
また、原発の立地自治体への支援も必要です。原発がなくなっても町を維持していけるよう、周辺自治体とも協力して進められる施策とその支援を考えることです。
いつまでもずるずると原発を引きずるのではなく、希望を見ましょう。
(Interview&Text:本橋恵一、Photo:岩田勇介)
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