前編に引き続き、京都大学特任教授の安田陽氏のインタビューをお届けする。後編では、導入されてしまった容量市場に対し、どのように対応していけばいいのか、事業者にとって、あるいは政府にとっての、現実的な解について、語っていただいた。小売電気事業者は消費者に対する説明責任を負う一方で、DRによる容量市場参入に取り組むチャンスもあるという。(全2回)
― 容量負担金は、小売電気事業者あるいは消費者にとって新たな負担ではないという意見もあります。これまでの電力価格が、kWh(電力量)の価格とkW(容量)の価格に分けられるだけだということです。
安田陽氏:PJMの場合は強制プール制なので、どの電源も容量市場とスポット市場の両方に参加するため、容量市場がある分スポット市場が低廉化するので、理論的にはその考え方でも間違えではないと思います。しかし先ほど述べたように、日本は社内取引があり、市場への玉出しは強制ではないので、スポット市場が低廉化する保証はありません。むしろ、容量市場の分だけ電気料金が上がる可能性があります。米国でさえ容量市場を導入している地域の方が電気料金が高くなる傾向が見られています。容量市場を推進・支持する人は、こうしたリスクをきちんと国民に説明する責任があります。
― 日本とPJMとの違いについて、ご指摘されました。電力広域的運営推進機関の供給計画を見ると、電源は十分に確保されています。しかし、容量市場を通じて電源を選別するような状況ではないと思います。一方、PJMでは落札できない電源は少なくないと思います。
安田氏:電源が十分確保され、電源の新陳代謝が活性化している状況であれば、容量市場は正常に機能するかもしれません。しかし、日本の電源はそれほど十分余裕があるわけではなく、かつ寡占状態にあります。そこにプレーヤーの恣意的な行動があれば、簡単に価格が高くなる可能性があります。
― 今回の約定価格に驚いた人が多い理由として、これまでの調整力公募の電源I´の落札価格と比較しても高いということがあります。そもそも、希頻度の需給ひっ迫に対応するしくみが調整力公募でした。約定価格もさることながら、しくみとしても調整力公募のようなしくみで十分だったのではないか、という考えも成り立つと思います。
安田氏:21世紀型の電力市場は、いかに柔軟性を調達するのか、ということが重要になってきます。調整力公募は今後、需給調整市場にとって代わられます。
その点でいうと、PJMは実は米国の中でも、比較的再生可能エネルギーの導入が遅れている地域です。柔軟性があまり議論になっていない市場を参考にしてしまったということが、そもそもの問題だったと言えるでしょう。容量市場と柔軟性の相性は根本的にとても悪いという指摘もできます。
― その点では、容量市場は不要だったという考えも成り立つかと思います。
安田氏:制度設計のそもそも論から考えると、本来の目的であるアデカシーなどへの対応とはなっておらず、また、これから整備される新規電源への支援ではなく、既存電源の収入となっています。そして将来の再エネ大量導入時代に必要となる柔軟性にも全く応えられていません。他国で他の代替案も取られています。結果論として、他に選択肢があるのになぜ容量市場なのか?という疑問は永遠に続くでしょう。
京都大学特任教授 安田陽氏
— そうなると、新規電源は進まないということになりませんか。
安田氏:欧州の中でも容量市場を採用している英国でも、結果的に新規電源でなく既設電源に手厚く配分された形になっています。結局、容量市場を運用していくほど、既設電源を優遇し、システム全体が時代遅れになっていくという懸念はあります。そもそも容量市場の発想は、再エネが殆ど導入されていない1990年代に出てきたものであり、設計思想が一世代古いもので、いわば電力自由化黎明期の妥協の産物のようなものです。
― では、容量市場はただちに廃止するべきなのでしょうか。
安田氏:今までのすべての政策と同じように、うまくいかなかったからといって1年で廃止するということは難しいでしょう(インタビュー後の12月7日追記:河野行政改革大臣の再エネ規制改革タスクフォースにより容量市場凍結の提言がなされ、容量市場が今後存続するかどうか、ますます目が離せなくなりました)。
そもそも、日本の政策の問題点はすみやかな修正ができないことです。そして、修正がきかないことで、傷口が広がります。これはFIT制度でも経験したことでした。
FIT制度の場合も日本では運用面で問題はありましたが、FIT制度を推進する側からもFIT制度運用にあたってのリスクなど、問題点とその解決方法が指摘されてきました(それが実際には殆ど反映されなかったということが問題でもあります)。その点、容量市場を推進する側からは自らリスクに対する問題意識やその対策がほとんど指摘されていないように思えます。
また、FIT制度では再生可能エネルギーの普及という便益があるため、消費者が賦課金を支払うことは将来に投資をすることと同じなので、一定の合理性があります。しかし容量市場はその便益が見えにくい。
今後、3年くらい、現在の容量市場のしくみのままで進む可能性があります。だとすると、あとは、現在のしくみの中で何ができるのか、考えるべきでしょう。例えば、英国のように炭素税導入や脱石炭政策と組み合わせるという方法もあります。ただし、このしくみは諸刃の剣で、前述の原子力と同様、容量市場に参加できない電源が多くなると約定価格が高騰しやすいということも指摘できます。
― 容量市場を廃止しないとすれば、どのような対応が求められるのでしょうか。
安田氏:容量市場があると発販分離していない会社が有利なので、発販分離やスポット市場への玉出しを徹底する必要があります。それができないというのであれば、容量市場を続ける意義は薄れてしまいます。
また、容量市場が原因で電気料金が上がる可能性も十分ありますので、政府や小売電気事業者は消費者にその説明をきちんとすべきです。ただし、電気料金は安ければいいのか、という議論も成り立ちます。アデカシーの維持や電力の安定供給なども含め、インフラの維持には適切な投資が必要だからです。逆説的ですが、安さだけを追求するのであれば負の外部性を出しまくって未来にツケを回せばよい、ということになってしまいます。21世紀はもはやそれが許されない賢い消費者の時代です。そのことを理解した上で、単に安売り競争ではない消費者にとって魅力的な新しいビジネスモデルのアイディアを小売電気事業者が競い合うことが重要でしょう。
その中で、柔軟性の高いデマンドレスポンスの導入は、小売電気事業者が容量市場に参入しそこで利益を得る手段の一つです。
また、電力小売ビジネスは本来利幅が薄いローリスク・ローリターンな手数料ビジネスなので、地域新電力のような地域に根ざした事業者は、単に規模の拡大を考えるのではなく、独自性を持ったサステナブル(持続可能)な経営を目指すために自らの適正規模(顧客数や販売電力量など)がどの程度かということを試算し最適化戦略を練る必要があるでしょう。
(Interview & Text:小森岳史、本橋恵一)
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