住宅や商業ビルにおける電力需要は、日本でも米国でも大きな割合を占めているが、同時に大きな削減余地があるにもかかわらず、積極的な取組みが行われてこなかった分野でもある。2021年5月、米国エネルギー省(DOE)は、AIによって建物の電力需要を効率化するロードマップを発表した。日本の脱炭素戦略にとっても示唆に富むこのロードマップについて、日本サスティナブル・エナジー代表取締役の大野嘉久氏が解説する。
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米国では総電力需要のおよそ4分の3を家庭や商業ビルなどの建築物が占めており、さらに需給ピーク時にはその比率がさらに上がるという。
しかし、そうした設備におけるエネルギー・コスト削減や省エネルギーの取り組みは初期コストがかかるうえ、運用時には多くの作業を要するが、その割に費用対効果が不十分な場合が多い。そのため、いわば最大の電力消費セクターがこれまでほぼ手つかずのまま残っていた。
一方、近年では最新のITや電力貯蔵製品を活用したスマートなエネルギー技術が発展したことで建築物におけるデマンドレスポンスの適用機会が広がっている。
そこで米国エネルギー省のエネルギー効率・再生可能エネルギー局(Office of Energy Efficiency & Renewable Energy)は2021年5月、「グリッド - インタラクティブ・エフィシェント・ビルディング国家ロードマップ(A National Roadmap for Grid-Interactive Efficient Buildings)」を発表した。
グリッド - インタラクティブ・エフィシェント・ビルディングとは、送電網と協調することで電力消費を効率化したビルということだ。
A National Roadmap for Grid-Interactive Efficient Buildings
このロードマップによると、米国内の建築物を“グリッド - インタラクティブ・エフィシェント・ビル(GEB)”に変身させることで、電力システムの運用にかかる費用を100億ドル(約1兆1,111億円)規模で削減できるのみならず、二酸化炭素(CO2)の排出量を大幅に削減でき、さらに電力系統の安定化にも貢献できる。
具体的には電池などを使って電力会社のピークカット指示に従うことで系統の安定化を図るほか、建築物が電池を設置して電力が不足するときに系統に給電したり、あるいは再生可能エネルギー電源を設置して低炭素のエネルギーを供給するなど、これまで好きなときに好きなだけ電力を消費していた需要家から「電力系統と一体化する需要」へと立場を変えることになる。
このGEBについて、米国エネルギー省は2030年までに建築物のエネルギー効率を2020年比で3倍にまで向上させるための具体的な推奨項目を掲げている。
1 | 研究開発およびデータの蓄積・活用によりGEBの普及を促進する | ・ 技術開発の促進 ・各技術の相互運用性の強化 ・データの集積・運用 |
2 | GEBのバリュー・プロポジション(Value Proposition/顧客が望む価値のうち、自社のみが提供できるもの)をさらに強化させ、消費者や電力会社に広く理解してもらう | ・消費者の電力消費をコントロールする先進的プログラムの開発、ピークオフなどに協力してもらった場合のインセンティブに対する消費者の理解促進 ・消費者サイドにおける分散型エネルギー源(DER)投資の有効性についての理解促進 |
3 | エネルギー効率を向上させる技術を導入し、電力需要コントロール・プログラミングに参加した際のメリットをGEBの利用者や所有者そして運用者に理解してもらう | ・ ユーザーによるGEBの基礎的な技術事項の理解促進 ・電力会社、建築物の設計者、アグリゲーター、GEB所有者そして電力系統運用事業者がGEBの価値を正しく評価し、それぞれの意思決定に反映させられるツールの開発 ・建築物における先端技術や管理の既存研修プログラムへの編入 |
4 | 国家・州・地方におけるGEB普及プログラムの制定 | ・実証事例の導入 ・ファイナンス面での支援 ・需要コントロールを促進するための規制の制定 ・需要コントロールの義務化についての検討 |
これらの推奨項目を十分に実施した場合に可能となる2030年時点の年間の節電量は401TWhに、そしてピーク需要の予想削減幅は年間合計で116GWにのぼるという。
この米エネルギー省の動きに合わせて、AIを使って建物のエネルギー設備最適化サービスを提供するカナダのエンジニアリング企業「エムクラウド・テクノロジーズ(mCloud Technologies Corp.)」は2021年6月9日、同社のビル・マネジメント・サービス「アセットケア(AssetCare)」において、電力系統の要求に自動対応できるデマンドレスポンス機能(Grid-Adaptive Demand Management)を追加することを発表した。
この「アセットケア」は既に100社以上が利用しており、世界各国における数千もの地点から合計6万1,000点以上の機器を常時モニタリングすることで電力消費や熱消費などを最適化しているが、新機能ではこのプラットフォーム上において電力会社とダイレクトにつながって建築物がデマンドレスポンス要求に応じ、インセンティブを得ることが可能となる。
このエムクラウドが実現したテクノロジーのなかで最も評価すべき点は、AIが全て自動的に電力会社の要求に応じる仕組みを開発したところであろう。
なぜなら商業ビルや家庭は全て合計すると電力消費の大きな部分を占めるものの、工場などと比べて一件あたりの消費電力が少ないため削減幅も小さく、積極的に省エネルギーや節電を実施する事業者や家主は多くないのが現状である。
しかし「アセットケア」の新機能ではそれを全てAIで自動化したうえ、デマンドレスポンスへの対応が収入をもたらすことでエネルギー省が目指す「グリッド・インタラクティブ・ビル」化のハードルを大幅に下げたのである。
つまり、AIによって初めて建築物のエネルギー資産を系統と一体化させたプラットフォームだと言えるだろう。エムクラウド社はこの新サービスを始めてから米国とカナダで20社を超える「アセットケア」の新規顧客を獲得したことを発表しているが、今後は加速度的に拡大する可能性を秘めている。
ただし、このシステムを利用するためには電力会社側の協力が必要であることと、その電力会社がオープンADR(自動デマンドレスポンス、Open Automated Demand Response)のプロトコルに対応していることが前提となる。
例えば米国ではニューヨーク州のCon Edison社やカリフォルニア州のBay Area Regional Energy Network(BayREN)社、そしてカナダのBCハイドロ社などがデマンドレスポンスなどの利用についてエムクラウド社とパートナシップを組んでいる。
より多くの電力会社が参加すれば、今まで眠っていた膨大な数のビルや家屋が「グリッド - インタラクティブ・エフィシェント・ビルディング」となってデマンドレスポンスに参加できるようになるであろう。
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