東芝、電力変換時の電力損失を40%も減らせるパワー半導体を開発 | EnergyShift

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東芝、電力変換時の電力損失を40%も減らせるパワー半導体を開発

東芝、電力変換時の電力損失を40%も減らせるパワー半導体を開発

2021年06月14日

電気自動車(EV)や鉄道車両、サーバーなど、電気のエネルギーを利用する機器・設備において、パワー半導体の電力のロスを低下させることは、脱炭素につながるエネルギーの効率的利用において、大きな課題となっている。こうした中、東芝は電力損失を40%減らせるパワー半導体を開発した。技術的に注目されると同時に、東芝の競争力獲得にもつながっていく。電子デバイス産業新聞の編集委員である甕秀樹氏が解説する。

脱炭素社会と半導体・デバイス産業(3)

脱炭素に向けて電化が進む時代のキーテクノロジー

株式会社東芝は、電力制御用のパワー半導体であるIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor:絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)において、オンとオフが切り替わるスイッチングの時の電力損失(スイッチング損失)を、従来に比べ最大40.5%も低減できる「トリプルゲートIGBT」を開発し、その成果をこのほど国際学会で発表、話題となった。

IGBTは、主に定格電圧200V以上の機器、例えばEVやHV、データセンターのサーバー、鉄道車両、さらには再エネ機器や分散電源、系統電力機器などに使われており、交流電流を直流電流に変換したり(整流)、逆に直流を交流に変換する、さらには周波数を変換したり直流電圧を制御するといった役割を担う半導体だ。

もっと分かりやすくいうと、交流や直流を使いやすい電気に変換するのが役目だが、このIGBTをスイッチとして使うことで、電力変換時の電力ロス(損失)を低減でき、省エネに大きく貢献する。まさに、カーボンニュートラル実現には欠かせない半導体だ。

ただ、課題もある。それは、IGBTがオン状態の際の電力損失(導通損失)を減らしても、電力のオンとオフが切り替わるスイッチング時の電力損失(スイッチング損失)が増えてしまうトレードオフの関係にあり、その改善が求められてきた。

導通損失は、IGBTの中の電子と正孔(ホールとも呼ばれ、電子が不足している状態を指す。マイナスの電荷を持つ電子と逆にプラスの電荷を持つとみなされる)の蓄積量を増加させれば減らせるが、逆にスイッチング損失が増加してしまう。

IGBTを手掛ける半導体メーカーは、このトレードオフ改善に長年取り組んでいるが、最近ではシリコンを基板に使ったIGBTでは改善が限界に来ている、とも言われるようになっていた。

東芝が開発したパワー半導体はどこがすごいのか

これを打破すべく、東芝が編み出したソリューションが今回の発表だ。電子とホールの蓄積量を自在に制御することで、スイッチング損失を大幅に低減できる。

従来のIGBTは、動作させるための電圧をかけるゲート電極が1つしかないが、開発品ではメインゲート、第1コントロールゲート、第2コントロールゲートという3つのゲート電極を作りこんだ。さらに、それらをそれぞれ独立で駆動させることができる。


東芝リリースより

オフからオンに切り替える(ターンオン)時は第2コントロールゲートがオンになるタイミングを他のゲートより遅くすることで、3つのゲートが同時にオンになるように制御する。すると、IGBTの内部に大量の電子とホールが高速に注入され、スイッチング時間が高速になり電力損失を減らせる。

逆にオンからオフへの切り替え(ターンオフ)時には、第2コントロールゲートをオフにしておき、第1コントロールゲートをメインゲートより先にオフとすることで、IGBT内部の電子とホールを減少させる。するとメインゲートのオフ時(IGBTが完全にターンオフする時)には電子とホールが高速に消滅し、ターンオフ損失を減らせる。

これらの制御を行うことで、従来のIGBTに比べてターンオン時の損失を50%、ターンオフ時の損失を28%削減でき、全体のスイッチング損失も最大40.5%も削減できる。

このように大幅に損失を減らせるため、エネルギー利用効率が向上し、カーボンニュートラルの実現にも大きく貢献できる。


東芝リリースより

シリコンのパワー半導体でもまだ大幅に特性改善できる

今回の開発品は、電力損失の大幅低減という点だけでなく、シリコンのパワー半導体でも特性を大幅に改善できる余地がまだまだあることを示した点も成果だ。

これまでは前述のように、シリコンのIGBTではさらなる特性改善は難しいと考えられ、将来はSiC(シリコンカーバイド)など新しい材料の半導体に徐々に置き換わっていくだろう、と予測されてきた。

現に、SiCを使った半導体はシリコンの牙城に食い込みはじめている。例えば、東海道新幹線の最新型車両「N700S」に使われているほか、最近ではトヨタの燃料電池車「MIRAI」やホンダの「CLARITY」にも採用された。

自動車メーカーは10年ぐらい前からSiCの検討に本腰を入れたが、供給量の問題などを理由に断念し、シリコンのIGBTに切り替えた。しかし、最近ではSiCを作るメーカーの数も生産量も増えてきたことから、自動車メーカーは再びSiC採用に舵を切り始めた。

しかし、東芝の例のように、シリコンにもまだまだ改善の余地はある。今回の新技術のように、シリコンの特性が大きく改善すれば、コストメリットでは製造技術がこなれているシリコンに分があるため、SiCに傾きつつある流れもシリコンに戻る可能性は十分にある。

パワー半導体で劣勢挽回を目指す東芝、課題は量産化

シリコンvs SiCの性能競争には今後も目が離せないが、実はIGBTを作っている半導体メーカーはSiCも手掛けており、東芝もそのひとつだ。

シリコンvs SiCというよりも、実際は用途に応じて使い分けられるであろう。むしろ、パワー半導体メーカー同士の競争という観点で論じた方が良いが、独インフィニオンや三菱電機、富士電機に比べIGBTでは劣勢の東芝にとって、シェア拡大の切り札になる可能性もある。

ただ、それには量産品での性能実現という課題をクリアすることが必要だ。3種類のゲートを独立に制御する技術は画期的だが、決して簡単ではなく、量産品での実現には結構時間がかかるのでは、と指摘する専門家もいる。

甕 秀樹
甕 秀樹

株式会社 産業タイムズ社 事業開発部 次長/編集局 編集委員 一般社団法人 日本電子デバイス産業協会(NEDIA)アクションセミナー委員会 委員長 1990年早稲田大学法学部卒。半導体メーカー、半導体業界誌記者を経て、2002年に産業タイムズ社に入社。「半導体産業新聞(現:電子デバイス産業新聞)」副編集長(2008年~2010年)、「週刊ナノテク」編集長(2003年~2007年)、「環境エネルギー産業情報」編集長(2010年~14年)を歴任し、14年3月より現職に。 取材活動のほか、コンサルティング、市場調査、イベント企画、営業など幅広い仕事をこなす。 一般社団法人 日本電子デバイス産業協会(NEDIA)アクションセミナー委員会の委員長も兼務。著書に「これが半導体の全貌だ」(共著、かんき出版)「編集長が語るスマートグリッド産業のすべて」(シーエムシー出版)などがある。

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