英国のエネルギー小売事業者は非常に厳しい価格競争を強いられており、調達価格上昇とPrice Cap(価格に上限を設定するしくみ)による経営環境の悪化も相まって、日本以上に「エネルギー小売事業者の意義」が問われる事態に直面している。Price Capを導入したメイ政権の問題意識は競争が進んでも価格が下がらない英国のエネルギー市場の構造にあった。
エネルギー危機が本格化する直前の7月23日、BEISは「2020年代のエネルギー小売市場戦略」を公表しているが、エネルギー小売事業者の役割を①競争の果実を需要家が得られる仕組みの提供、②カーボンニュートラルの実現にあたって必要な需要家の行動変容を促すものと定義している。また、利益率が低い状態が期待される小売市場設計ではイノベーションが阻害される可能性があると指摘している。
今後のエネルギー小売事業者は、競争維持と脱炭素化に向けた需要家の行動変容を促しイノベーションを促進する役割の両立が必要になるものと考えられる。当然ながら、単純なエネルギー小売供給のみ行う事業者は、社会的な存在意義を失っていくことになるだろう。
さて、今回の欧州エネルギー危機は、エネルギー上流投資不足とガス需要増大に伴う世界的なエネルギー危機が背景にあり、欧州のエネルギー需要増大、ガス長期契約解除によるスポット市場依存の姿勢、風力出力の減少といった多くの事象が同時多発的に発生したことが引き金になり発生したものであると言える。
原因が多段的であり複数要因によって発生したこと、またCOP26やNord Stream2、ウクライナを巡る政治的な思惑も相まって様々な情報や憶測が飛び交い、大変構造が分かりにくいものとなっている。
今回のエネルギー危機の原因を巡っては、「再エネはエネルギー危機の要因ではない」といった言説が多くみられるが、主要因ではないものの残念ながら再エネもエネルギー危機の要因の一つとなっている点は否定できない。
今後我々は、脱炭素化に向けて再エネ主力電源化の実現が必要になるが、再エネ大量導入にあたっての課題を直視し、その課題を解消しない限り国民に支持される脱炭素化とはなり得ない。
前述の通り、洋上風力の導入拡大が進む英国では政府与党に対してエネルギーの安定供給責任を問う声が上がっているが、日本でもエネルギーの安定供給を極力維持した脱炭素化・再エネ導入を進めないと頓挫してしまう可能性が高い。国民に支持され、持続可能な社会・エネルギーシステムを実現する観点からも、再エネの課題から目を背けてはならないと考える。
また、今回本稿では深く述べなかったものの、社会・経済の維持の観点からエネルギー上流投資の継続は大変重要な論点であると認識しており、また脱炭素政策の焦点をエネルギー供給から需要側に軸足を移していく必要があると考える。
今回のエネルギー危機に関して、元IEAチーフエコノミストで現在はロイヤル・ダッチ・シェル副社長を務めるラズロ・ヴァロ氏は9月下旬、ビジネスSNSのLinkedin上で「これまでガス供給関連投資などエネルギー上流投資は非難されてきた。現在の市場は脱炭素への移行にあたって、化石燃料投資を制限することで実現を目指した場合、どのような経済的な影響が発生するか有益なケーススタディとなった。今後の脱炭素移行政策はエネルギー供給側の投資制限ではなく、需要側に政策の焦点を当てるべきである」とコメントした。
世界のガス需要は今後も継続して拡大するとの予測が多くの国際機関・シンクタンクによって立てられており、今後もエネルギー価格の高騰リスクは続くものと考えられる。一方で気候変動は喫緊の課題であり、脱炭素は後戻りが許されない非常に重要な政策課題である。今後どのように社会・経済を維持しながら持続可能なエネルギーシステムを構築していくのか。世界は、現実的な問題解決が必要な局面に差し掛かったのではないだろうか。
*第1回はこちら「欧州を襲ったエネルギー危機、その影響と原因 前編」
*第2回はこちら「欧州を襲ったエネルギー危機、その影響と原因 中編」
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