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再エネ進展が招く複雑化 量子コンピューターの活用で活路を見出せるか

再エネ進展が招く複雑化 量子コンピューターの活用で活路を見出せるか

2021年10月08日

電力供給が大規模電源から分散型の再生可能エネルギーへと移行するにしたがって、電力系統運用はより複雑なものへと変化してきている。将来の電力系統を適切に運用していくことは、電力会社の新たなテーマでもある。こうした中、ドイツを本拠とする大手電力会社のE.ON(エーオン)は、量子コンピューターの導入を目指すという。そこにはどのような意図があるのか、日本サスティナブル・エナジー代表取締役の大野嘉久氏が解説する。

「もうエネルギーを一方的に供給する時代ではなくなる」と言い切るエーオン

「世界最速のス―パーコンピューターでも処理に1万年もかかる計算を、わずか200秒で実行した」と米グーグル社などの研究チームが2019年に発表したことで大きな注目を浴びたのは、従来型と異なる方式で演算する「量子コンピューター」である。

現在のコンピューターだと処理に長い時間を要する膨大な計算でも短時間で終わることから電力系統の運用など様々な分野での利活用が期待されている反面、極めてデリケートなシステムであることから熱などによってエラーが生じやすく、商業ベースでの実用化はまだまだ先の時代になると考えられている。

そしてこのたび、独電力大手E.ON(エーオン)は電力系統運用における量子コンピューターの導入に向けて米IT大手IBMと組むことを発表した。

同社はプレスリリースにおいて「エネルギーは従来のように事業者から一方的に送られるものではなくなると考えている(“We expect energy will no longer be transported unilaterally from the generating company to the consumer”)」と明記しており、急速に普及が進む太陽光発電などのオンサイト発電機器とEV(電気自動車)車載バッテリーで電力需要をまかなうためのシステムを量子コンピューターで構築するため、共同研究をIBMとスタートさせたという。

というのも系統内に分散する再生可能エネルギー電源と電力貯蔵設備でもって電力の需給を完全に合わせるにはあまりにも多くの計算が必要となり、現在のコンピューターの性能をいくら上げても間に合わないため、E.ONは困難とされる量子コンピューターのシステム開発に敢えて乗り出した。

その開発においてE.ONは「IBMクラウド」を通じてIBMの量子コンピューティング・システムにアクセスすることができ、そして量子ソフトウエア開発ソフトウエア「Qiskit」の利用も可能となる。

つまり本件のエンジニアリングはE.ONがIBMに丸投げするのではなく、IBM Quantum Technical Servicesのサポートを得ながら、あくまでE.ONが主体となる。この姿勢からは、次世代の分散化された電力技術を自らがリードする、というE.ONの強い意欲を読み取ることができよう。

エラーの発生を抑制できるハードウエアの開発に期待

量子コンピューターの情報処理速度は「従来型コンピューターの1億倍」と言われるほど速いが、上述したグーグル社のケースでも正しい回答を得られた確率はわずか0.2%と非常に低く、またエラーを出さないことも量子コンピューターの性質上、非常に難しい。

そこで「生じたエラーを修正しながら計算を続ける」方法の開発が実用化のカギを握っているが、その完成には少なくとも10年から20年ほどかかる、という指摘もある。しかしE.ONとIBMが20年も共同研究を続けるとは考えにくいので、おそらく今から7~8年以内には何らかのシステムを完成させられる目途が既についているのではなかろうか。

ただし量子コンピューターは問題を解く方法の違いによって「量子アニーリング方式」および「量子ゲート方式」の二つに分けられ、そして製品化に先行しているのはカナダのD-Wave Systems社や日本のNECなどが開発に取り組んでいる量子アニーリング方式である。

ところがE.ONと組むIBMはより高い性能が見込まれるものの実ビジネス化が困難視される量子ゲート方式を取っており、したがってE.ONは分散化が進んだ電力系統の制御には量子ゲート方式の性能が必要だと考えていることが分かる。エラーを最小限にする(あるいは完全になくす)ことができるハードウエアの開発が成否を分けることになるので、二社に対する期待は非常に大きい。

E.ONがここまで高い開発目標を掲げ、そして多額の開発費用を投じるということは、再生可能エネルギーと電力貯蔵設備だけで電力系統を運用する事は不可能なのであろう。

ここで想起されるのが自動運転やロボットを開発するために史上最高のAIトレーニング・マシン「Dojo」をつくる米テスラであり、20世紀に完成した「中央集権型電力システム」から21世紀の「分散化電力システム」への転換を果たすためにはE.ONとIBMが取り組んでいる量子ゲート方式の量子コンピューターによる系統制御技術が必要なのであろう。

テスラが自動運転技術で世界の覇者となり、それをもってロボット技術でも覇者となるように、E.ONは次世代の電力系統技術において世界のリーダーとなる可能性が高いと言えよう。

大野嘉久
大野嘉久

経済産業省、NEDO、総合電機メーカー、石油化学品メーカーなどを経て国連・世界銀行のエネルギー組織GVEPの日本代表となったのち、日本サスティナブル・エナジー株式会社 代表取締役、認定NPO法人 ファーストアクセス( http://www.hydro-net.org/ )理事長、一般財団法人 日本エネルギー経済研究所元客員研究員。東大院卒。

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