EUとタッグを組んだビル・ゲイツ。EUの脱炭素にBreakthrough Energyが10億ドルの新規投資 | EnergyShift

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EUとタッグを組んだビル・ゲイツ。EUの脱炭素にBreakthrough Energyが10億ドルの新規投資

EUとタッグを組んだビル・ゲイツ。EUの脱炭素にBreakthrough Energyが10億ドルの新規投資

2021年06月23日

EUが脱炭素イノベーションのパートナーに選んだのは、ビル・ゲイツ氏のファンドBreakthrough Energy。グリーン水素や持続可能な航空燃料などの4分野に対し、5年間で最大10億ドルの新規投資を行う。狙いは技術開発の加速によるビジネス化だ。欧州の脱炭素ビジネスにおけるリードを確固たるものにする野心にあふれている。

Breakthrough EnergyとEUが脱炭素イノベーションを牽引

2021年6月2日、EUはビル・ゲイツ氏が設立したBreakthrough Energyとパートナーシップを組み、2022年からの5年間でクリーンテックに最大8億2,000万ユーロ(約10億ドル=約1,070億円)の新規投資を行うと発表した

「グリーン水素」「持続可能な航空燃料(SAF)」「直接空気回収(DAC)」「長期エネルギー貯蔵(LDES)」の4つのテクノロジーの早期商用化から始める。いずれも、規模を拡大して化石燃料ベースの既存技術と競争するには費用がかかりすぎる技術ばかりだ。

Breakthrough Energyはビル・ゲイツが2015年に設立した組織で、投資ファンドや慈善プログラム、政策キャンペーンなどを含むネットワークだ。そのプログラムの1つであるBreakthrough Energy Ventures(BEV)は、20億ドル以上の資金規模でスタートアップを支援するファンドで、ビル・ゲイツ以外にも著名な実業家が個人名義で資金を提供している。これまで農業、建築、製造、運輸などの部門で脱炭素を目指すスタートアップおよそ50社に投資してきた。


ビル・ゲイツ氏 パートナーシップ表明の動画より

今回のパートナーシップは、Breakthrough Energyの「Catalystプロジェクト」の一環だ。Catalystとは牽引力の意味で、脱炭素化テクノロジーを一気にビジネスに発展させ世界経済をリードしようとする意図が込められている。

Catalystプロジェクトは、2050年カーボンニュートラルを実現するにはクリーンテックの急成長が欠かせないとして発足された。これまでのような投資規模では同分野の発展スピードが遅いとして、巨額の投資で成長を促している。

今回のパートナーシップは、2021年5月31日~6月6日にかけて開催された第6回ミッション・イノベーション閣僚会合で合意されたものでもある。ミッション・イノベーション閣僚会合とは、2015年のCOP21で提唱された、クリーンエネルギー分野の官民投資の拡大を促す国際イニシアティブだ。主要7ヶ国のほか、インド、オーストラリア、北欧4ヶ国など合計22ヶ国とEUで構成される。Breakthrough Energyは、IRENAやIEA、世界経済フォーラムなどと同じく、この閣僚会合の協力者でもある。

2019年にもパイロット・ファンドを立ち上げていた

実は、Breakthrough EnergyとEUのタッグは今回が初めてではない。2019年5月、カナダで開催された第4回ミッション・イノベーション閣僚会合において、Breakthrough EnergyはBEVを通じてEUと「Breakthrough Energy Ventures Europe(BEV-E)」というファンドを立ち上げている。当時は欧州投資銀行(EIB)とBEVが5,000万ユーロずつ出し合う1億ユーロ規模で、パイロットとしての位置づけだった。

ちなみに、このときBEVはカナダ政府とも「Breakthrough Energy Solutions Canada」という3,000万ドルの官民パートナーシップを形成した。

BEV-EとBEVの投資先のひとつに、5月6日に2,250万ユーロの株式投資を行ったアイルランドのスタートアップEcocem Materialsが挙げられる。同社は、低炭素で高性能ないわゆるグリーンセメントを開発している注目企業だ。


Ecocem Materialsのリリースより

総額955億ユーロの研究開発支援「Horizon Europe」とは

一方、Breakthrough Energyとのパートナーシップを包括するEUの研究開発支援の枠組みにも触れておく。EUでは、フレームワーク・プログラム(FP)という名称の研究・イノベーション支援政策を1984年から実施している。最初のプログラムであるFP1(第1次フレームワーク・プログラム)は予算総額84億ユーロだったが、FP2以降、徐々にスケールアップしてきている。

2014年には「Horizon 2020」という名称でプログラムを実施、2020年をターゲットに800億ユーロの公的資金が投入された。「卓越した科学」「産業リーダーシップ」「社会的課題への取り組み」が三本柱とされた。日本からも、東北大学と株式会社ジンズの高齢者の健康を支援する「My-AHA プロジェクト」や、国立環境研究所と地球環境産業技術研究機構の気候変動データを各国の政策に反映させることを目的とした「CD-LINKS プロジェクト」など、88のプロジェクトが参加した。

2021~2027年を対象とした新しいプログラムは「Horizon Europe」という名称で、955億ユーロの予算規模だ。FP1の10倍を超える規模である。欧州グリーンディールを踏まえ、予算額の少なくとも35%が気候変動対策に振り分けられる。「社会変革を含む気候変動への適応」「気候中立とスマートシティ」「健全な海洋と河川」「土壌の健康・食」「がんの克服」が5つのミッションとされている。Breakthrough EnergyとEUの今回のコラボレーションもHorizon Europeの枠組みに含まれている。


Horizon Europeパンフレットより

気候変動対策を経済成長のブースターに

最後に、欧州委員会委員長のウルズラ・フォン・デア・ライエン氏とビル・ゲイツ氏のメッセージを引用したい。フォン・デア・ライエン氏は「Climate action is not only a challenge, it is also a great opportunity for economies and societies(気候変動対策は経済や社会にとって課題であるだけでなく、大きなチャンスでもある)」、ゲイツ氏は「This is the greatest opportunity for innovation the world has ever seen(これは世界が経験したことのないイノベーションの最大のチャンスだ)」とそれぞれ述べている。

両氏の言葉からは、気候変動対策を経済成長の起爆剤にしようとする野心が読み取れる。気候変動対策で強烈なリーダーシップを発揮し、欧州のスタンダードを世界のスタンダードにしようとする気迫すら感じるほどだ。日本もこの流れに負けず、むしろ勢いに乗ってどんどん存在感を発揮してほしいと願う。

EU:Commission and Breakthrough Energy Catalyst announce new partnership to support investments in clean technologies for low-carbon industries

山下幸恵
山下幸恵

大手電力グループにて大型変圧器・住宅電化機器の販売を経て、新電力でデマンドレスポンスやエネルギーソリューションに従事。自治体および大手商社と協力し、地域新電力の立ち上げを経験。 2019年より独立してoffice SOTOを設立。エネルギーに関する国内外のトピックスについて複数のメディアで執筆するほか、自治体に向けた電力調達のソリューションや企業のテクニカル・デューデリジェンス調査等を実施。また、気候変動や地球温暖化、省エネについてのセミナーも行っている。 office SOTO 代表 https://www.facebook.com/Office-SOTO-589944674824780

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