イベントレポート:太陽光発電シンポジウム
JPEAビジョン実現を左右する電力市場の動向
一般社団法人 太陽光発電協会(Japan Photovoltaic Energy Association:JPEA)は、2019年11月6日〜7日の2日間にわたって、「第36回太陽光発電シンポジウム〜太陽光発電の主力電源化に向けた道筋〜」を開催した。今回のテーマである主力電源化をめぐる多くの議論の中でも、特に注目された「JPEAビジョン実現とFIT制度を左右する今後の電力市場」と題したパネルセッションの模様をレポートする。
JPEAでは、2002年より太陽光発電産業ビジョン(通称:JPEAビジョン)を策定・公表してきた。2017年のJPEAビジョンでは、2017年に日本が2050年までの温室効果ガス80%削減目標に達するためには「太陽光発電の累積導入量を200GWまで拡大させなければいけない」と提言した。2019年最新版ではさらにビジョンの見直しを行い「80%削減を達成するには、少なくとも300GWの太陽光発電を導入しなければならない」としている。しかし、新たなJPEAビジョンを実現するためには電力市場への統合など課題が残る。今回のシンポジウムではどのように議論されたのだろうか。
ポストFITのビジネスモデルとは
A.T. カーニー パートナー 笹俣弘志氏
JPEAビジョンである太陽光発電「2050年、300GW」を実現するにあたっては、コスト競争力のさらなる向上、新たな付加価値の創出、電力市場への統合など、主力電源化に向けたチャレンジをしなければならない。笹俣氏は、現在進んでいるFIT制度の抜本的見直しや、事業モデルの転換について言及した。
笹俣氏によると、FIT法をめぐる政府関係者の主な見解は、以下の3つに集約できるという。
- (現在のFITは)買取義務によって売れ残りリスクを回避する仕組みになっている
- 電力市場への統合やFIP*1を念頭に置いた時、限界費用ゼロの再エネは論理的にはスポット市場で必ず約定できる
- 自由化された電力市場の中にあって、(現在のFIT電源は)FITインバランス特例に守られ、調整責任を負わない仕組みになっている
一方で、FIT賦課金が積み上がっているため、(再エネの)さらなるコストダウンによって、国民負担を抑制する必要がある。これをどのように変えていくのか。
笹俣氏は「再エネを競争電源と地域活用電源に識別し、競争電源は電力市場への統合を図るというのが、一つの方向性」だという。
またFITからFIPへの移行議論も進んでいる。FIPは入札があるにせよ、市場価格に連動した価格設定方式だ。同時に、送配電事業者による買取義務を廃止し、卸売市場で売ると同時に、何らかの形でインバランスリスクを負うという議論があるという。
とはいえ、卸売市場での販売については、ダックカーブ化*2という課題がある。
日本では太陽光が急速に導入された結果、太陽光がもっとも発電する昼間の時間帯は需給が緩み、市場価格が下がりつつある。ところが日没後は太陽光による発電がいっせいに停止するため、火力のランプアップが必要となり、市場価格が上昇する。太陽光が普及すればするほど、日中の価格が下がり、太陽光発電の電気を卸売市場に売るということが難しくなっていくという。
その上で、グリッドパリティを達成できれば、圧倒的な競争力を持つプレーヤーになるため、太陽光発電は再びブルーオーシャンになっていくと指摘する。一方で、火力発電は2050年になっても残ると予測。火力の可変費で決められる卸売市場価格が、市場価格を下支えするという。
具体的な事例として、笹俣氏はオーストラリアの電力市場を紹介した。オーストラリアは完全自由化市場のため、再エネだろうが従来型電源だろうが、すべての電力を市場に強制的にプールさせる制度になっている。小売電気事業者はその市場から電力を調達する。このような極めて流動性の高い卸売取引市場が形成されている。
卸売価格は火力の可変費で決まる。オーストラリアは世界的な産ガス国だが、LNG需要が増加しているため、電力の市場価格もLNGの市場価格に連動して上昇している。つまり、再エネの発電コストが卸売価格を下回ったことで、オーストラリアでは毎年1GW超の太陽光が導入されている。
これに対し、サウジアラビアは、自由化がまったく進んでおらず、一つずつの案件ごとに競争入札をするため、再エネの利益性が乏しく日系商社なども撤退傾向にある。
笹俣氏は「自由化とは卸売市場の活性化につながるということ」だという。「電力市場の統合はデメリットばかりじゃない。透明性の高い中で価格が決定されていく。決定価格をコストが下回れば、大きな利潤が得られると同時に自立的に再エネ電源が導入促進されていく」。
A.T.カーニーでは、太陽光が卸売市場価格とグリッドパリティ*3を迎えるのは2028年、小売料金とのグリッドパリティは2025年ごろだと予測しているという。
「特にコーポレートPPAによる自己託送であれば、FIT賦課金の負担がないため、発電事業者にとっても事業化しやすく、安定収益につながるというメリット」があり、今後はコーポレートPPAや地産地消含めた経済モデルを志向していくべきということだ。
- *1 FIP:Feed In Premium:固定価格ではなく、市場価格+プレミアム価格で買い取るしくみ
- *2 ダックカーブ化:日中は太陽光発電で電力消費を賄うため実質電力需要が少なくなり、電力需要のピークを迎える17時以降に実質電力需要が急増する現象。米カリフォルニアで見られた問題。
- *3 再生可能エネルギーによる発電コストが既存の電力のコスト(電力料金、発電コスト等)と同等かそれより安価になるポイントを指す。
バランシンググループの形成が電力市場の統合につながる
大阪大学大学院工学研究科招聘教授 西村陽氏
西村氏は、再エネ大量導入時代の次世代電力ネットワークの在り方や、次世代の太陽光発電ビジネスはどうあるべきかについて解説した。
西村氏は最初に、現在の三相交流で電気を供給するシステムがいかに優れていたかを指摘する。
1920年代に大規模集中型発電所で電力をつくり、大きなパワーネットワークを通じて、三相交流で供給するというシステムにおいては、例えばイナーシャと呼ばれる復元力維持や、ΔkWと呼ばれる周波数を合わせる能力など、圧倒的な安定能力があったので、太陽光や風力などの変動電源(VRE)が多少、入ってきても大丈夫だったという。
しかし、ヨーロッパのように大量にVREが導入されると、需要側に設置された太陽光や蓄電池、EVなどの分散型エネルギー資源(DER)の能力を使って、ネットワークの安定性を補強しなければいけない。これが世界の常識になっており、そのため、送配電線に接続されている機器を動作するプラットフォームの構築が世界中で加速しているということだ。
それでは日本において、2030年以降、太陽光発電の位置づけはどう変わっていくのか。そこには大きな課題がある。
「今までの30分ごとの発電計画免除の特例が廃止され、計画値同時同量義務が発生します。ところが、今の技術で30分後の太陽光の発電量を予測することは非常に難しい。さらに電力エリアの中でもっとも困る事態とは、日没後、太陽光がいっせいに発電を停止するのに対し、電力消費量が増加していくことです。その時、EVにいっせい充電すれば停電してしまいます。夕方以降、EVへの充電は禁止にする、あるいは逆に放電してもらうようなことをしなければ、配電の安定化は図れません」ということだ。
したがって、「太陽光発電事業者は、小売電気事業者やアグリゲータ、あるいは同時同量に優れた能力を持つ大手電力会社などと、しっかりアライアンスを組んでいかなければいけない。大きなバランシンググループをつくることで初めて電力市場への統合が可能になる」という。
さらに、「FIT卒業後の太陽光、もしくは非FITの屋根上太陽光が環境価値取引のもっとも大きなサプライヤーになる」と指摘する。その環境価値を誰にどう届けるのか、というバリューチェーンは日本のエネルギービジネスの中にまだ構築されておらず、「これをいかに築きあげていくのかも重要なポイント」ということだ。
PVと蓄電池の連携モデルは一般家庭、大口需要家、地域
東芝エネルギーシステムズ グリッドアグリゲーション事業部 エネルギーIoT推進部部長 新貝英己氏
新貝氏は、実際に技術開発を担う立場から、太陽光と蓄電池の連携により、どんなビジネスモデルが生まれるのかについて解説した。
新貝氏は、日本政府が需給一体型モデルを推進していく方針だとした上で、需給一体型モデルは3つに分類されるという。
1つ目が一般家庭。卒FITなど、余剰電力の買取や、第三者所有の形で蓄電池を提供するモデルだ。
2つ目が大口需要家。環境価値に対するニーズが高まっており、再エネをどう調達していくのか。自家消費PV、自己託送、PPAモデル、あるいはエネルギーマネジメントにも取り組む。そんな動きが顕在化している。
3つ目が、自治体が中心となって取り組む地域循環型モデル。キーワードは「災害対策」「域内の系統安定」そして「地産地消」。エリア内にある再エネをできるだけ地産地消し、需要家側のデマンドレスポンスや蓄電池のシェアを含めた活用や、再エネ自体が出力調整を行うことで、エリア内の系統安定化を図っていく。その結果として再エネ導入量を増やしていくという試みだ。
この中で、特に2つ目の大口需要家については、自家消費PVと蓄電池の連携モデルとして、第三者所有がある。小売電気事業者が費用負担をして需要家側に太陽光パネルと蓄電池を設置し、太陽光が発電した電力はそのまま需要家に販売するため、託送料金もFIT賦課金の負担もない、生グリーン電源になる。蓄電池については、太陽光の余剰電力が発生すれば充電し、ピークカット・ピークシフトを行い、需要家の電気代を削減することができる。
「その上でAIを活用した毎日の発電量予測と需要の予測、さらにJEPXの価格も予測し、蓄電池をどう動かせば一番儲かるのかシミュレーションする。小売電気事業者側もJEPXの価格が安ければ充電する、高ければ放電する、あるいはインバランスを回避することで、コスト低減につながる」という。
また、FITからFIPに移行すると、固定価格での買取から市場での取引に変わるため、発電事業者は最適な市場取引や相対取引によって、いかに収益性を高められるかが問われる。また、容量市場や需給調整市場など新しい市場が立ち上がってくるため、「どの市場でどう売れば、一番儲かるのか、トレーディングの最適化が重要になる」ということだ。
JPEAビジョン達成は可能なのか
最後に、登壇した3人に、モデレーターとしてJPEA企画部長 増川武昭氏を加えて、議論が交わされた。以下、その抄録である。
増川氏:電力市場への統合とはFITから自立して経済的に他の電源と対等に戦う、ということになります。またkWhの価値も変貌していきます。太陽光がもっとも発電する昼間の価格は低下していく。こうした状況の中でどうやってバリューを獲得していくのか。また計画値同時同量の義務を果たさなくてはならない。インバランスリスクにどう対応すればいいのでしょうか。
笹俣氏:例えばRE100は、太陽光で発電した電気について、より高い価値を見出してくれるセグメントになります。電気はコモディティ商品であるがゆえに、誰にとって、どんな価値があるのか、訴求していくことが求められていきます。
またインバランスリスクに関しても、自分たちで持っている発電所だけでバランシンググループを形成していくことは無理でしょう。デジタル技術を使うことも求められます。2つに共通することが、自分たちの力でできることは限定されているということです。アライアンスの重要性が増すわけです。
西村氏: 一つ事例をあげると、イオンが一般家庭の太陽光の余剰電力をEVバッテリーにためて、イオンの店舗に電力供給すると、WAONポイントと交換するという実証を始めました。このブロックチェーン実証にどんな意図があるのか。イオンはAmazonと商圏争いをしています。多くの商品はイオンの店舗に行かなくても買えるわけです。どうすれば来店してもらえるのか。家庭で生まれた環境価値を通い慣れたイオンに持っていけば、ポイントに変わるという取り組みはAmazonには真似できないわけです。
つまり、生き残りをかけた企業戦略の中に、環境価値や太陽光などが入ってきたということです。さすがにブロックチェーンの実証をメガソーラー事業者全員がやることはできない。だが、パートナーと組めばビジネスを展開できるかもしれない。こういう世界が来るだろうと思っています。
新貝氏:ドイツでは時間前市場がかなり活発になっています。つまり、バランシンググループが時間前取引市場を積極的に活用することで、インバランスリスクを回避しているわけです。
増川氏:しかし、日本では時間前取引市場は活性化していません。
西村氏:アグリゲータなどの事業者は、直接、電力売買市場に入れません。JEPX市場に入れるのは小売電気事業者だけです。ともすれば、大きな電力会社の電気を小さな新電力に配る、というような市場になりかねない。そこで資源エネルギー庁ではアグリゲータやP2P取引を実施する事業者にライセンスを付与することで、市場取引に参加することができる制度の導入を検討しています。 Next KraftwerkeやeMotorWerksなどのアグリゲータは、当日市場で巨大な取引をして、利益をあげています。日本にもライセンス制度を導入することで、市場の厚みを増し、健全な取引をできるようにする。これがエネ庁の方針です。
最後に増川氏は、「JEPAビジョンを達成するためには何が重要になるのか」と問いかけた。
西村氏は、「絆。長い間、大手電力会社と再エネは仇同士のような部分があったと思います。しかし、今の時代は、もはやネットワークをつくる仲間です。お互いを助け合う必要がある」と答えた。
これに対し、笹俣氏は「私は逆です。再生可能エネルギー、とりわけ太陽光は、革命的に無数の方々を市場に参加させた。彼らが電力産業を牛耳ってきた大手電力会社を切り倒していく」という言葉で締め括った。
いずれにせよ、太陽光発電の拡大は、電力システムや市場の在り方を大きく変えていく。そうした中にあって、大手電力会社と新規参入者は、敵対するにせよ協調するにせよ、新しい事業モデルへの挑戦が不可欠ということだろう。
(取材:EnergyShift編集部 岩田勇介 執筆:EnergyShift編集部 藤村朋弘)