自動車における技術革新は、2つの面から起きている。ひとつはエンジンからモーターへという、いわゆる電気自動車(EV)への移行だ。そしてもうひとつは、自動運転である。この2つは同時に進んでおり、自動車という乗り物が、従来とは全く異なるものになろうとしている。今回は、自動運転の将来像について、日本サスティナブル・エナジー株式会社 大野嘉久が解説する。
“完全自動運転機能がついていない車は馬と同じ” ― テスラCEO
今からおよそ1年前、2019年4月22日に開催された、自動運転技術に関する投資家向け説明会「Autonomy Investor Day」において、米電気自動車(EV)大手テスラ・モーターズ社のイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は、すでに完全自動運転が標準となる未来について語っている。彼の発言で、興味深い部分があった。
「テスラ以外の車を買うのは、経済的な観点からすると愚かな行為だ。3年以内に(2022年4月までに)、それは馬を買うのと同じことになる。馬がほしい人は買えばいいが、そういう人は(車でなくて)馬を買ったことを認識しておくべきだ。FSD(Full Self-Driving、完全自動運転)のハードウェアがついていない車を買うのは、馬を買うのと同じこと。そして、FSDの機能がついている車はテスラだけである。テスラ以外の車を買うことはクレイジーだ。他社の購入を考えている人はよくよく考えた方がいいだろう」。
このように、自動運転について強い自信を示している。自動車が普及する前に人間が使っていた主要な移動手段がその馬だったことを考えると、他の自動車メーカーに対して非常に挑発的な物言いであるが、プレゼンの様子を見ると投資家向けのサービス・トークというより本心を語っているように思われる。
テスラ・モーターズ公式動画「Tesla Autonomy Day」(上記発言は3:29:30~3:30:07)(Youtube)ただし、専門家からは「現時点でテスラの自動運転システム“オートパイロット”が達成したのは常に人の監視が必要とされるレベル2(部分運転自動化)にとどまっており、ここから同社が発表したようなスケジュールでレベル5(全ての場所において人の操作がいらない完全自動運転)を完成させられる可能性は高くない」とも指摘されている。
なお、この日は“無人タクシーロボット”についても「テスラは来年(2020年)のうちに100万台以上の無人ロボタクシーを販売できるだろう」と発表した。
その構想ではテスラ車のオーナーが自分の車をテスラ社のライドシェア事業に参加させることで収入が得られるようになり(テスラは売上のうち25~30%を徴収)、ウーバー・テクノロジーズ社やリフト社と競合することを想定しているが、本当にFSD技術が完成すれば実現は困難ではないだろう。当初はモデル3のユーザーとリース契約を結んだロボタクシー事業を想定しているが、3年以内にはアクセルペダルもブレーキペダルもないロボタクシーを発売できるようになる、とも説明した。
シェアリング事業における自動運転ではボルボが先行
そのライドシェア事業で先行している米配送サービス大手ウーバー・テクノロジーズから24,000台もの自動運転車を2017年に受注したのは、安全性で名高いスウェーデンの自動車メーカー、ボルボ・カーズ社である。
ボルボの安全性に対する厳しさは古くから他の追随を許さないが、同社はさらに“新型のボルボ車が関連する事故の死傷者を2020年までにゼロにする”という「ビジョン2020」を発表した。
長年にわたり発生した事故の詳細な調査を続けた結果、“ほぼ全ての衝突事故は人間のミスが原因”、“自動運転が完成すれば交通事故の原因をなくすことができる”という結論を導き出し、事故ゼロを達成するための手段として自動運転をとらえるようになった。2016年からはウーバーと自動運転車の共同開発をスタートさせたほか、2020年5月にもLiDAR(3次元レーザーレーダー)開発企業の米ルミナー社と提携を結ぶなど、最新技術の導入にも意欲的である。
そのボルボは2020年6月25日、米グーグル傘下の自動運転開発企業ウェイモ(WAYMO)社と(限定エリアでの走行であればドライバーが不要となる)自動運転レベル4を排他的に開発する戦略的パートナーシップを締結した。
ボルボ・カーズのウェイモとのパートナーシップ協定プレスリリースより具体的には、ウェイモのライド・ヘイリング(アプリケーションを介して自家用車で客をピックアップして目的地まで送り届けるサービス)や個人による配送、あるいは一般の車両で使われる自動運転システム“ウェイモ・ドライバー”を搭載するための最適な車両の開発および提供である。
なお今回のパートナーシップには2社のほか、ボルボ・グループから高級電動車を販売するポールスター社、および先端技術を駆使した自動車のメーカーであるLynk & Co社も参加し、第一弾としてウェイモのライド・ヘイリング事業に特化したEVプラットフォームの構築を目指すという。
中国企業は自動運転技術で世界を大きくリード
自動運転の技術開発において圧倒的な競争力を持っているのが中国企業であり、既に数社が自動運転タクシーの試験運行を始めている。
日産・ルノー・三菱アライアンスが戦略的投資を実施した中国の完全自動運転技術開発企業WeRide.ai社は2019年11月28日、中国の大都市で最初となるロボタクシーの試験運行を広州市で開始させた。運転手が不在のレベル4自動運転だが、安全を確保するためのスタッフも同乗する。稼働させられるのは144km2の制限区域内であり、乗車・降車するポイントも定められているが、利用者は自社開発の配車アプリ「WeRide Go」を使ってロボタクシーを呼び出し、指定の地点で乗車・降車できる。なお2020年6月23日からは、広く普及しているアリババ系配車アプリ「Amap」もこの試験において利用可能になった。
WeRideのロボタクシー(プレスリリースより)トヨタが6億ドル出資した中国配車アプリ最大手の滴滴出行(DiDi)社は2020年6月27日、上海市嘉定区の公道(ただし制限範囲内)においてロボタクシー(自動運転レベル4)の運行試験をスタートさせた。安全確保のため要員が同乗するが、DiDiアプリを介してロボタクシーを呼び出すと無料で指定する場所まで連れて行ってくれる。同社自動運転事業のMeng Xing(孟醒)COOは「2030年までに100万台以上のロボタクシーを稼働させる」と語っており、また車両価格も現在の1台あたり100万元(約1,500万円)から引き下げられる、との見通しを述べた。
DiDiのロボタクシー(プレスリリースより)トヨタが4億ドル出資したPony.ai(小馬智行)社も、DiDiと同じ上海市嘉定区の公道において自動運転タクシーの運行試験を行うことを2020年7月10日に発表した。同社は2016年に米国シリコンバレーにて設立されたのち広州市や北京市でもロボタクシー事業を展開し、これまで米中で運行した自動運転タクシーの走行距離は250万kmを超えているが、今回の試験が上海への初参入となる。
中国の自動運転技術開発企業は外国市場への進出も積極的に進めている。電子商取引大手アリババや国有自動車メーカー東風汽車などから出資を受ける自動運転ベンチャーのオートX社は2020年7月18日、米国カリフォルニア州において安全要員のいない完全無人運転車両の運行試験の許可を取得したと発表した。晴天のもとでなければならず、且つ速度も時速45マイル(≒時速72km)までに制限されているが、中国企業としては初めての事例であり、今後も自動運転の分野で中国企業が米国に進出するであろう。
オートXのロボタクシーそのオートXは無人ロボタクシーの経験値を積むだけではなく、データ蓄積にも注力している。というのも同社は2020年4月、上海の80,000平方フィート(およそ7,400m2、東京都庁の建物面積の約半分)という広大な敷地にアジア最大の巨大なロボタクシーデータセンターを開設する事を発表した。一週間あたり数ペタバイト(数千兆バイト)もの運行データを集積し、車両をテストするためにより高度で複雑な運航シナリオの構築に役立てられるという。
他国を引き離しにかかる中国勢
このとおりハードウェア(車両や車載機器)だけでなくソフトウェアにおいても中国企業は他国を大きく引き離しており、他国が今からこの差を埋めることは非常に難しいだろう。そしてDiDiが2030年までに導入すると明言している「100万台」とは日本のタクシー総車両数(約24万台)の4倍に相当する規模なので、もはや「国」レベルと言っても過言ではない。テスラも同じ「100万台」を掲げているので、かなり現実的な目標だと考えてよいだろう。
中国政府はこれまで企業を介して英国やブラジル、パキスタンなど諸外国に発電所や送電設備などの電力インフラを輸出しているが、既にオートXが米国に進出しているところを見ると、世界中に無人ロボタクシーのシステム(車両、ソフトウェア、付帯設備、研修、運転スタッフ、メンテナンス機材、メンテナンス人員)をファイナンスと組み合わせて輸出することを狙っている可能性がある。例えばパキスタンの例だと、中国国有の原子力技術企業である中国核工業集団公司(CNNC)社がカラチ原子力発電所に新規原子炉を建設するにあたり中国政府は65億ドルの融資を用意した。
同様の手法で中国製品を諸外国に売り込んだ事例は非常に多いが、このパターンを踏襲して交通インフラが十分でない国や自治体に無人ロボタクシーのシステムを金融つきで売り込むこともありうるだろう。そうなると、導入した国々は中国へ長年にわたり利用料を支払いながら借金も返済し続けなければならず、さらに技術力も育たないので、可能な限り自国技術で解決したいものである。
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