激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第16回
2019年、ドイツの電力卸売価格は、ヨーロッパで最安値となった。その理由は、「再エネを拡大したから」。報告書をまとめたのはエネルギー政策のシンクタンク「アゴラ・エネルギーヴェンデ(AE)」だ。また、ドイツの電力は引き続き輸出が輸入を上回っている。AEの報告書をドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏が読み解く。
「再エネは割高」という先入観を打破
ベルリンのアゴラ・エネルギーヴェンデ(AE)は、2012年に創設されたエネルギー政策に関するシンクタンク。ドイツのエネルギー転換について様々な提言や研究を行ってきた、影響力の強い研究機関だ。
AEが2020年1月7日に発表した、2019年のドイツの電力市場に関する報告書は、欧州のエネルギー業界で大きな注目を集めた。その理由は、AEが「再生可能エネルギーが普及したために、ドイツの電力取引市場での卸売価格が欧州で最も低くなった」と指摘したからだ。「再生可能エネルギーによる電力は割高だ」という先入観を打ち破るようなデータである。
AEの報告書には、カーボンプライシングが効果を発揮し始めたために、褐炭・石炭などの化石燃料の発電コストが上昇し、相対的に太陽光や風力によって作られた電力の価格優位性が強まっていることが明確に示されている。
再エネ消費比率が43%に拡大。
AEの分析によると、2019年ドイツの電力取引市場での卸売価格は、1MWhあたり37.6ユーロだった。これは欧州の主要国の中で最も低い数字だ。AEは、ドイツの電力卸売価格が低くなった主な原因は、この国で再エネの比率が高まったことと、褐炭・石炭火力の比率が低くなったことだと指摘している。
ドイツでは2019年に総電力消費量に再生可能エネルギーが占める比率が、前年の38%から43%に増えた。また総発電量に再生可能エネルギーが占める比率も前年の35%から40%に増加している。いずれも過去最高の水準である。風が強く、日照時間も長かった去年4月22日の午後3時には、ドイツの総電力消費量の92%を再生可能エネルギーがまかなっていた*1。
これに対し隣国ポーランドでは、卸売価格が1MWhあたり50ユーロと、ドイツに比べて約33%も高くなっている。この理由についてAEは、「褐炭・石炭火力の比率が約7割と高く、再エネの比率が約13%とドイツよりもはるかに低いことが理由だ」と述べている。
*1:https://www.bdew.de/media/documents/PI_20191219_BDEW-Pressegespraech.pdf
入札制の導入で再エネ助成金額が低下
欧州の電力取引市場では、再生可能エネルギーによる電力の価格競争力が高まりつつある。ドイツではかつて再エネ電力に対する助成金額が法律によって決められていたが、2017年以降新設される再エネ発電装置については、一部の例外を除き入札によって助成金額が決められる。市場原理を導入することによって、助成金額を減らすためだ。
2015年4月の太陽光による電力1kWhの落札価格は9.2セントだったが、去年(2019年)11月の時点では5.4セントに下がっている。また陸上風力による電力の落札価格も、2018年10月の6.26セントから、2019年12月の6.11セントに下がった。
洋上風力発電施設の中には、電力会社が「今後は再エネが重要になるので、政府の援助を受けなくても十分採算が取れる」として、助成金ゼロで落札したケースもある。
CO2価格上昇で、褐炭・石炭が優位性を喪失
再生可能エネルギーの立場を有利にしつつあるのが、2017年以降、化石燃料による電力のコストが増加していることだ。コスト増大の原因は、CO2価格である。EU域内の火力発電所や工場には、2005年からCO2排出権の購入が義務付けられている。CO2排出権の価格は長年にわたり低迷し、CO2排出量を減らす効果がほとんどなかった。しかし2017年に欧州議会と欧州委員会が、市場の排出権を減らす方針を公表すると、その価格が大幅に高くなった。2017年からの2年間に1トンあたりのCO2価格は、5.8ユーロから24.6ユーロにはね上がっている。
この結果、CO2排出量が多い褐炭による火力発電のコストが、2017年以降急激に上昇した。その上昇率は200%を超え、石炭や天然ガスを大きく上回っている。
資料 アゴラ・エネルギーヴェンデ
https://www.agora-energiewende.de/fileadmin2/Projekte/2019/Jahresauswertung_2019/171_A-EW_Jahresauswertung_2019_WEB.pdf P34より
再エネ発電比率が初めて褐炭・石炭を追い抜いた
ドイツの電力会社はCO2価格高騰のために、電源の中心をコストが高い褐炭・石炭から再生可能エネルギーに移しつつある。連邦エネルギー水道事業者連合会(BDEW)によると、2019年に再生可能エネルギーが総発電量に占める比率は40%となり、初めて褐炭・石炭火力の比率(28%)を追い抜いて首位に立った。2019年の再生可能エネルギーの発電量は2,440億kWhで、褐炭・石炭(1,710億kWh)を約43%も上回っている。前年比でエコ電力の比率が9.4%増えたことを意味する。
再生可能エネルギーの拡大と褐炭・石炭火力発電量の減少は、2019年のドイツのCO2排出量を大きく減らした。AEによるとドイツの2019年のCO2排出量は8億1,100万トンで、前年よりも約5,000万トン減った(5.8%の減少)。これは1990年に比べると35.2%の減少である。
AEは、CO2が大幅に削減された原因を「電力会社などエネルギー業界の貢献が最も大きかった」と説明する。BDEWによると、電力業界は2019年の褐炭・石炭火力による発電量を前年比で約25%減らすことにより、CO2排出量を約16%削減した。1990年に比べると、電力業界はCO2排出量を44%減らしたことになる。
電力業界は、ドイツ全体に先駆けて「2020年までに1990年比で40%削減」という目標を達成したのだ。ちなみにAEは、「ドイツ全体では、2020年までに1990年比で40%削減するという目標を達成できない」としている。その理由は、エネルギー部門に比べると交通部門でCO2削減が進んでいないからである。
ドイツは2019年も電力純輸出国だった
ドイツの電力取引市場で卸売価格が他国に比べて割安になったことから、2019年にもドイツから外国へ輸出される電力量が、外国からドイツへ輸入される電力量を上回った。
AEによると、ドイツは2019年に周辺国に73.4TWhの電力を輸出した。これに対しドイツが周辺国から輸入した電力量は38.2TWhだったので、ドイツは去年も電力の純輸出国だったことになる。原発への依存度が高い隣国フランスに対しても、ドイツの電力輸出量は輸入量を2.4TWh上回っていた。
卸売価格の低下は電力料金に反映されていない
AEは、報告書の中で「2019年には欧州の多くの国で再生可能エネルギーの比率が増えたために、1MWhあたりの電力の卸売価格が前年に比べて10~15ユーロ安くなった」と指摘している。エコ電力の拡大が、卸売価格を引き下げる時代がやって来たのだ。
ただしドイツでは、まだ卸売価格の低下が消費者の電力料金に反映されていない。その理由は、ドイツの電力料金の約半分が再生可能エネルギー賦課金、付加価値税、熱電併給型発電所促進税などの税金、賦課金であることだ。さらに託送料金も上昇する傾向にある。
AEは「2021年以降は再生可能エネルギー賦課金が減り始めるので、消費者が支払う電力料金も下がっていく」と予測している。ドイツの消費者が再生可能エネルギー拡大による電力価格の低下の恩恵を受けるには、まだ時間がかかりそうだ。