エネルギー基本計画では電源構成の再エネの割合が注目されているが、エネルギー消費全体から見ると熱利用の割合は高く、その省エネや再生エネ化はまだまだ進んでいるとはいえない。中でも住宅の断熱性能については、欧米よりもはるかに遅れているという。では、日本はどのような取組みが必要なのか。日本再生可能エネルギー総合研究所の北村和也氏が提言する。
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2030年に向けての電源構成の素案が2021年7月に示され、かなり厳しい批判も含めて議論が活発になっている。
再生エネ電力36%~38%の実現性は注目の一つである。現実の数字を見ていくうちに、政府だけでなく脱炭素に対する企業や自治体の姿勢もやや落ち着きが見えてきた。
昨年の菅首相のカーボンニュートラル宣言後、パニック気味だった当時とは別のフェーズに入ってきた感がある。つまり、現実的にどう対処すべきかを冷静に考え始めたともいえる。
これはこれでよいことであるが、大きく抜けていることがある。熱の脱炭素化である。ご存じのように、最終的なエネルギー消費の形態のうち、電気の形は全体の4分の1にすぎない。残りは交通部門が3分の1を占め、一番割合が高いのは熱である。平均でもエネルギー消費の4割から5割、寒い地域では6割に達する。これを脱炭素化できないと、NDC(2030年の温室効果ガス削減の中間目標:日本では46%)すら達成できない。
そのうち、交通部門についてはEV化の進展が今後の脱炭素路線を主導するのが世界的な流れとなってきている。
世界では少なくない数の国が2030年代での脱ガソリン車を宣言している。日本も今年冒頭の国会で菅首相が2035年の新車電動化と具体的に示した。欧州ではノルウェーを先頭にEV拡大が著しい。
国・地域 | BEV | PHV |
ドイツ | 10.7% | 11.8% |
フランス | 7.9% | 7.8% |
イタリア | 3.4% | 4.3% |
スウェーデン | 13.1% | 26.9% |
ノルウェー | 57.3% | 25.4% |
EU全体 | 6.6% | 8.3% |
英国 | 8.1% | 6.4% |
欧州のEVシェア(2021年1月~6月) 出典:欧州自動車工業会
特にドイツは短い間に新車EV率が20%を超える伸長ぶりで、長年5%程度をうろうろしていた交通部門の再生エネ率が昨年から急激に上向いてきている。日本はここでも出遅れているが、交通での解決は当面電動化以外には考えられない。
脱炭素の難題は熱である。
再生エネ先進国と言われるドイツでも熱部門での再生エネ率は、わずか15.2%(2020年:ドイツ環境省)で、5割前後の電力に大きく劣る。日本はここでも大きなハンディを負っている。それは建物の熱に関する性能である。今回は二酸化炭素排出のおよそ15%を占める住宅を中心に見ていく。
下の円グラフは、国土交通省がまとめた「住宅ストック5,000万戸の断熱性能(2017年)」を示している。現行の省エネ基準を満たすものはわずか1割で、なんと60年以上前の基準さえクリアしていないものが全体の3分の1もある。現行基準そのものが、欧州レベルに全く達していないといわれていることを考えると、現状はたいへん暗い。
国土交通省 "我が国の住宅ストックをめぐる状況について" 2019年12月23日
なぜ断熱が重要かは、少し考えればわかる。
地球温暖化の影響で夏冬の寒暖が極端になってきている。エアコンやストーブなどで温度調整をしても、断熱がしっかりしていないと、せっかくの涼しさも暖かさもすぐに屋外に逃げてしまう。いかに熱の電化が進もうと建物が「ざる」では、再生エネ電力の無駄遣いばかりになる。逆にしっかりした断熱などの対策をすれば、日本では熱に使うエネルギーを半分以下、ないしは3分の1以下にすることも十分可能である。
政府の「地域脱炭素ロードマップ」では、重点対策としてトップ①に屋根置きなど太陽光発電の自家消費を挙げているが、③、④に建物の熱対策が含まれる。「公共施設など業務ビル等における徹底した省エネと再エネ電気調達と更新や改修時のZEB化誘導」、「住宅・建築物の省エネ性能等の向上」と明示されている。
建物から逃げる熱の通り道の最大のものは、窓と扉である。日本のマンションなどでは、今もアルミサッシや金属の扉が当たり前のように使われ、素晴らしい熱伝導率を保っている(もちろん皮肉である)。欧州では基本的にアルミサッシは使うことができない。
対策はたくさんある。「断熱材を厚くする」「樹脂製サッシやペアガラス」「熱を逃がさない換気システムを入れる」「庇(ひさし)を長くして、夏は日差しが入りにくく、太陽が低い冬は差し込みやすくする」などなど、特別な技術ではない。
政府はこれまでできるはずの対策を取らずに低性能の建物を増やし続けてきた。
下の図は新築注文戸建のZEH化率(出典:国土交通省)であるが、やっと、大手のハウスメーカーによるゼロエネルギーハウス(ZEH)が半分になったばかりである。地域の工務店の施工では10%にも満たず、全体の割合を大きく下げている。
経済産業省・環境省 "ZEHの普及促進に向けた政策動向と 令和3年度の関連予算案" 2021年3月
国土交通省は、4月に改正建築物省エネ法を施行して中規模オフィスビルなどで省エネ基準達成を義務づけた。しかし、個人の住宅は省エネ性能の説明義務にとどまる。
一方で、政府が決めた「グリーン成長戦略」は、2030年までに新築住宅からの排出量ゼロという目標を掲げている。このため、国土交通省では、2025年度に戸建て住宅、マンションの省エネ基準適合を義務づける方針と重い腰を上げ始めた。
ただし、面白い具体的な取り組みも、今、検討されている。
「住宅の省エネルギー性能を年間の光熱費に換算し表示する仕組み」である。住宅の広さや居住人数、燃料単価などをもとにおおよその光熱費を算出して示すという。新築住宅を前提に来年度での導入を目指している。例えば、断熱などプラスの費用が掛かっても光熱費で取り戻せることが分かれば省エネタイプの住宅を選択してもらえるという理屈である。
ドイツでは数年前から建物エネルギー効率を証明するEnergieausweis(エネルギー証明書)という制度が実施されている。下の図がその一部で、二つのカラフルな横棒の間の数字(0~100)は、建物の平方メートル当たりのエネルギー消費(kWh/m2)である。
ドイツの建物のエネルギー証明書 出典:DENA
左の数字が小さい方がエネルギー効率のよい建物となる。その上のA+から最低のHというのが評価となっている。例えば、Cは平方メートル当たり75から100kWhのエネルギー消費で、一番下の段の「エネルギー効率良い」に対応する。また、150kWhあたりが、ドイツの一般住宅の平均となっていることもわかる。
ドイツをお手本に、日本でも同様な取り組みが始まろうとしているのである。
建物の省エネ、エネルギー効率化を進めるための断熱などのノウハウや技術について、日本のいくつかの建築や設計関係などの企業にヒアリングを行ってみた。単純に、どこでアドバイスを受ければ建物の熱対応が実現するかの相談相手探しのつもりである。
すると、政府の取り組みが遅れていたことを反映するのか、なかなかここというものに当たらない。近代的な高層ビルなどは、大手のスーパーゼネコンなどが新しい技術を磨きながら対応している。しかし、地方を中心とした中規模のビルや一般住宅などに熱で対応できる企業などの名前が挙がってこない。
今後、国土交通省がこの分野に強く手を入れることは確実で、事業者側から見れば、ビジネスチャンスの宝庫となる。前述のグラフで性能の低い5,000万戸の存在はわかっている。早期の改修などはコストの観点から簡単にはできなくても、例えば30年ごとの建て替え時には、必ず新しい基準に対応しなくてはならない。
多くの一般住宅は地域の工務店などが手掛けているが、今回、地元工務店に話を聞くと、価格が上がる省エネ住宅に対して、現状では顧客の関心が低いこともあって、ノウハウ自体を持たない業者が非常に多いことが分かった。つまり、このままほっておくと、せっかく地域に降るビジネスをみすみす逃すことになりかねない。
改正温対法や地域脱炭素ロードマップに見るように、カーボンニュートラルは当面地域主導で進めるとされている。NDCや最終的な脱炭素の実現には、主体的に地域の取り組みが欠かせず、期待もされている。そして、そこで生まれる経済循環が地域復活の重要なポイントである。
事業化できるかどうかわからないCCS(CO2回収貯留)や水素、アンモニア利用は、政府や中央企業に任せればよい。一方、現存する技術で行える住宅や中規模建物の熱対応などは地域の仕事である。自治体などの後押しも得ながら、地域の工務店などでの事業化体制を固め、スピード感を持って対応する必要がある。
それがひいては日本全体の脱炭素化につながるのは間違いない。
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