これからの脱炭素社会を支える技術の1つが、半導体である。電気自動車をはじめ、スマートフォンなど様々な場面で使われている。コンピュータは、再エネを効率よく利用するためには不可欠だ。脱炭素社会に向けて、半導体がどのような役割を担っていくのかをテーマに、電子デバイス産業新聞の編集委員である甕秀樹氏のコラムがスタートする。
脱炭素社会と半導体・デバイス産業(1)
「半導体」という言葉を聞いて、最近新聞やテレビを賑わせている「半導体不足問題」を連想する方も多いであろう。主に自動車向けの半導体を中心に供給不足が深刻化しており、そのおかげでホンダや日産、SUBARUなど数多くの自動車メーカーがラインの減産や一時休止を余儀なくされている。
これは、ここで書かせていただくにはスペースが足りないほど、様々な要因が折り重なって発生したものであるが、いずれにしても、半導体がこれだけ一般メディアのニュースネタとして頻繁に登場するのは、かつてないことである。
半導体とはいっても、その種類は様々であるが、「脱炭素社会」という切り口で言えば、最も重要な役割を担うのが、「パワー半導体」と呼ばれる半導体である。これは、人間の器官に例えると「心臓」である。
半導体はそのファンクション(機能)によって、人間の器官に例えられる。
例えばCPUやメモリーは「頭脳」、カメラに欠かせないイメージセンサーは「目」に例えられるが、パワー半導体は心臓が血液の流れを制御するのと同様に、電気の流れを制御するのが役割だ。
交流電流を直流電流に変換したり、逆に直流を交流に変換したり、あるいは周波数や電圧を変換するなどの役割があるが、そういった変換においては、ノイズや無駄のない、かつ使いやすい電気に変える役割を担う。
パワー半導体をスイッチに使えば、電力ロスを低減でき、省エネに大きく貢献する。実際家電メーカーによると、エアコンに使われるようになった結果、エアコンの消費電力は10年間で4割も低下したという。
パワー半導体は大きく分けて「パワーMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果型トランジスタ)」と「IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)」に分けられる。
構造上の大きな差はない(基板の極性の違いのみ)が、パワーMOSFETは200V程度までの低耐圧領域を得意としており、ノートPCなどIT機器の電源や車載電装機器など幅広い用途で使われる。
一方、IGBTは200V以上の中・高耐圧領域を得意とし、EVやハイブリッド車のパワートレイン、サーバー用電源、再エネ機器、産業機器、鉄道車両などに使われている。
パワーMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果型トランジスタ)の3Dモデリングサンプル
IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)のサンプル
その中でも、今後市場が高成長すると見込まれているのが、EVのパワートレイン向けIGBTである。
EVやハイブリッド車は、幅広い回転域でモーターを動かすが、それを実現するため、モーターに欠かせないインバーターにはきめ細かい回転数制御が必要になる。それを可能にするスイッチこそが、IGBTである。
IGBTはスイッチングが超高速にできるうえ、耐圧も高いため、EVのインバーターには欠かせない。IGBTはガソリン車でも使われているが、EVのパワートレインではガソリン車の数倍~10倍もの数のIGBTが必要となる。
また、IGBTはEVの中ではインバーター以外にもコンバーター、オンボード充電器、エネルギー監視システムなどにも使われるため、EVの市場拡大が、そのままIGBTの需要拡大に直結する。
EVは低炭素社会実現の有力な担い手として、全世界で期待が高まっており、日本をはじめ数多くの国が、2030年代までのガソリン車の新車販売終了を宣言している。そのため自動車業界は今後、電動化を加速させることが必然となっており、自動車メーカー各社ともEVのラインアップ強化に余念がない。
そうなると当然、IGBTの需要は拡大の一途を辿るのは間違いなく、現状でも供給が不足しているIGBTはさらなる増産投資が必要になる。
また、最近では、IGBTやMOSFETのようなシリコンの半導体よりも高温での動作が可能でかつ応用機器の小型・軽量化にも貢献できる新技術として、SiC(シリコンカーバイド)やGaN(窒化ガリウム)を基板材料に使ったパワー半導体も登場しており、こちらも今後の需要拡大が期待されている。
低炭素社会に貢献するエネルギー機器やデバイスの市場において、日本メーカーの世界シェアは決して高くない。太陽電池や2次電池などは、かつて日本のお家芸であったが、現在は中国や韓国企業に抜かれている。太陽電池市場においては日本企業は風前の灯といえる状況であり、2次電池でも、中国のCATL社の躍進が著しい。
その点、IGBTは、世界シェア首位こそドイツのインフィニオンテクノロジーズに譲ったが、三菱電機と富士電機、東芝デバイス&ストレージなど日本勢を合計したシェアは今も世界トップである。ただ、中国メーカーも台頭してきており、うかうかしていられない。
VWのID.3にはドイツのインフィニオンテクノロジーズ製のパワー半導体が搭載されている インフィニオンテクノロジーズWebsiteより
もっとも、上記の日本メーカー各社とも、EV向けの需要拡大に備え、増産投資への意欲を高めている。
三菱電機は昨年、シャープの福山工場の一部を買収し、増産を開始した。富士電機は、5年間で1,200億円の設備投資を計画している。東芝デバイス&ストレージは、国内メーカーでは最も早く、大口径の300㎜シリコンウエハーを使った生産ラインの構築を決めた。また、IGBTのみならず、他の半導体においても、車載半導体不足の解消のため、半導体メーカーは増産に向けた設備投資に注力していくであろう。
ただ、「不都合な真実」もある。半導体メーカーが生産設備を増強すれば、電力使用量も増え、CO2の排出量も増える。低炭素化に貢献する半導体を世に出しても「製造過程でCO2が大量に出てしまっては本末転倒ではないか」という批判も出てくるであろう。
半導体メーカーはこれまでも工場内の省エネを様々な手段で進めてきたが、今後はより一層の省エネへの取り組みが必要となる。
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