激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第22回
2020年3月、ドイツの大手電力会社は次々に記者会見を開き、2019年の業績を発表した。この会見を通じて、ドイツのエネルギー業界が再エネ拡大、非炭素化の傾向を益々強めていることが明らかになった。ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏がレポートする。
独大手ユニパーも経営戦略の中心を非炭素電源へ
私が最も驚いたのは、これまで在来型の発電ビジネスを経営の柱にしていた大手電力ユニパー(本社=デュッセルドルフ)が、2020年3月10日の記者会見で初めて、2035年までに欧州での二酸化炭素(CO2)の排出量を正味ゼロにするとともに、今後は再エネ関連プロジェクトへの投資を増やす方針を明らかにしたことだ。正味ゼロ(ネットゼロ)とは、植林やCCS(CO2の回収と貯留)などによって、排出するのと同量のCO2を、環境から取り除き、プラスマイナスがゼロとなる状態を指す。
ユニパーは、ドイツで第3位の電力会社。2019年の売上額は658億400万ユーロ(7兆8,965億円・1ユーロ=120円換算)で、1万1,532人が約40ヶ国で働いている。
同社のアンドレアス・シーレンベック社長は、記者会見で「我々は欧州における発電ポートフォリオからのCO2排出量を、2035年までに正味ゼロにする。さらに発電の主力を気候への負荷が少ない方式に変更することにより、地球温暖化に歯止めをかける努力を強化する」という方針を打ち出した。
アンドレアス・シーレンベック ユニパー CEO 出典:Uniper SE
シーレンベック社長は、「今後2040年までに世界中のエネルギー需要は飛躍的に増大する。同時に人類は、気候変動の深刻化を防ぐために、CO2の排出量を大きく減らさなくてはならない。ユニパーは、この2つの目標を達成する上で、大きく貢献できるエネルギー企業だ」と述べた。
これは、ユニパーにとっては経営戦略の大転換を意味する。
ユニパーは、2016年に大手電力エーオンが石炭火力、褐炭火力、ガス火力、水力発電所など在来型の発電ポートフォリオをスピンオフして作られた会社である。エーオンとの資本関係はなく、現在はフィンランドの国営エネルギー企業フォータムが、ユニパーの買収を目指している。これまでユニパーの発電ポートフォリオの中では、石炭、褐炭、ガスという化石燃料の電源が中心だった。
今後18年間で、褐炭・石炭火力容量をゼロに
ユニパーの脱炭素化を促したのは、メルケル政権が去年法制化した脱石炭政策である。同社の2016年のCO2年間排出量は4,420万トンだったが、2019年には2,210万トンに半減させた。同社は政府の方針に従って、旧東ドイツのシュコパウに持つ褐炭火力発電所のA号機・B号機(合計容量=900MW)を2034年12月末までに停止する。
さらにユニパーは2020年1月30日に石炭火力発電所の閉鎖に関する行程表を発表した。このスケジュールによると、同社は2022年までにゲルゼンキルヒェン・ショルベンやヴィルヘルムズハーフェンなど3基の石炭火力発電設備を閉鎖することで、1,500MWの容量を廃止する。さらに2025年までに、シュタウディンガーとハイデンで2基の石炭火力発電設備を廃止する。
シーレンベック社長によると、同社の発電ポートフォリオからのCO2排出量は、今後5年間で40%減る見通しだ。2038年末には、最後の石炭火力発電設備ダッテルン4号機を停止し、合計で4,000MWの容量を廃止する。
水素ビジネスのパイオニアを目指す
今後ユニパーが力を入れるのが、環境への負荷が少ないグリーン・ガスだ。ユニパーの2019年の売上額の約53%はガス事業によるものだ。同社は欧州で最大のガス輸入企業なので、すでにガスの貯蔵タンクや輸送管などのインフラを保有している。
その中でユニパーが重視しているのが、水素ビジネスと、パワー・トゥー・ガス(P2G)というテクノロジーだ。P2Gは、再生可能エネルギーによる電力の蓄積手段のひとつとして注目されている。ドイツ政府は、ドイツ北部で強く風が吹くなどして、再生可能エネルギー発電設備からの電力が余った場合、これを水素やメタンガスなどに変換して蓄積することを検討している。大消費地であるドイツ南部で電力需要が高まった場合に、蓄積された水素を電力に転換する。
こうした技術は、電力とガスの融合とも言えるテクノロジーなので、ドイツではセクター連携(Sektorenkopplung)と呼ばれている。電力とガスの他、電力を暖房、交通、製造業などの分野と連携させることが目標になっている。
ユニパーは、ドイツの電力会社の中で、P2Gの研究開発に最も力を注いできた企業である。シーレンベック社長は、「ユニパーは最初のP2G施設を2013年にファルケンハーゲンに、2015年にはハンブルクに建設した。2018年にはファルケンハーゲンに電力のメタン化施設も設置した」と語る。
コスト削減により経済性を確保できるか?
P2Gの最大のネックは、電力の水素への転換コストがまだ高いので、収益性が低いという点だ。転換コストを大幅に下げないと、蓄積技術として普及させることは難しい。このためユニパーは他業種と共同で、実証試験を繰り返している。シーレンベック社長は、「ユニパーはセクター連携を強化するために、自動車メーカーや石油精製会社と共同で、低価格の水素エネルギーを迅速に実用化するための実験を繰り返している。P2Gの技術はすでに存在するが、問題は収益性と法的な枠組みだ」と語っている。
同氏は、「水素エネルギー産業を振興するためのヨーロッパ規模のプロジェクトが必要だ。ユニパーはこのテーマについて、製造業界、エネルギー業界、学界、政界の関係者との連携と協議を深めていく方針だ」と述べ、欧州全体でP2Gおよびセクター連携を推進することの重要性を強調した。
卒FIT後の再エネ直接買取事業も重視
さらにユニパーは、2022年までに非炭素化のためのプロジェクトに、合計約12億ユーロ(1,440億円)を投資する方針だ。現在でもユニパーは水力発電所などによって、全くCO2を出さない電力を毎年24TWh発電している。これはユニパーの欧州での発電量の40%に相当する。同社は今後CO2を排出しない電力の比率を大幅に引き上げる方針だ。
ユニパーの水力発電所(スウェーデン) 出典:Uniper SE
これに加えてユニパーは、卒FIT時代を射程に入れて、風力・太陽光による電力の、長期的な直接買い入れ契約(PPA=Power Purchasing Agreement)を増やす予定だ。
ドイツでは2000年以来、政府が決めた固定価格に基づく買取制度(FIT)が続いてきたため、PPAの比率が他の欧州諸国に比べて低かった。FITは、発電事業者のリスクを最小限にして投資を促進するために、買取価格を20年間にわたり固定した。
だが今年以降はFITに基づく再エネ電力の助成が終わる発電装置が増えるので、発電事業者は市場の変動リスクにさらされる。ユニパーのエネルギー取引部門は、これまでの経験からリスクヘッジのノウハウを豊富に蓄積している。このためユニパーは、再エネ発電事業者にコンサルティングを行うことにより、市場の変動リスクを減らすサービスを行うことも考えている。
つまり同社は、化石燃料中心のポートフォリオから、水素ビジネスと再エネ関連事業を基幹とするビジネスモデルへ向けて、大きく舵を切ろうとしている。
ユニパーの決断は、ドイツの大手電力トップであるRWEに続いて、「欧州のエネルギー業界で生き残るには、非炭素化以外に道はない」と考えて経営戦略を根本的に変える企業が増えることをはっきり示している。
ドイツ政府のエネルギー転換政策は、この国の業界地図を大きく塗り替えつつあるのだ。