日本は2030年の温室効果ガス削減目標として、46%という数値にコミットした。野心的な目標で実現が難しいという意見もある。しかし、高い目標を持ち、戦略的に取り組むことで、日本のグリーン成長が現実のものとなる。こうした見方を示す、経済産業省の総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会の委員である、東京工業大学特命教授の柏木孝夫氏に、日本の持つ可能性についておうかがいした。(全2回)
― 最初に、日本政府の2050年カーボンニュートラル宣言、そして気候サミットにおける2030年温室効果ガス46%削減へのコミットメント、こうした一連の動きについて、どのように評価しているのでしょうか。
柏木孝夫氏:IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が科学的に評価し、パリ協定で最初に設定された目標は、気温上昇2℃未満というものでしたが、安全面を考えると、途上国の不確実性がありますから、先進国としては1.5℃未満を目標とし、2050年カーボンゼロ目標とするということは、必要だと思います。
カーボンニュートラルは先進国がこぞって達成すべきですし、また、そのためのロードマップも各国が用意する必要があります。
2030年の削減目標については、各国で異なります。EUのように地域全体で最適化していくというやり方もあります。EU各国が事情に応じて削減し、仏の原子力も含め全体としてチャレンジングな目標になっている。一方、日本などのように各国ごとに目標を達成していく国もある。
こうした中にあって、気候変動対策はエネルギー消費や化石燃料と関わってくる、経済活動と一致したものであり、国や地域が国益をかけた戦いになっています。また、各国とも国情に応じてはげしく展開していることは否めない事実です。高い目標を掲げる一方で、虎視眈々と市場をねらっています。例えばEUは脱炭素の流れを加速させつつ、アフリカ地域に対して旧宗主国としての関係等を通じて技術を移転させていく。
そうした中で、年間3,000兆円というESG投資をEU域内に呼び込みたいという目標があります。
さらに、EUはタクソノミーということを打ち出しています。これはいわば企業の格付けです。廃棄物やCO2排出、そしてこうした問題に取り組む体制などが評価されます。域外であってもそのような対応ができる企業であれば輸入しますし、対応できない国の企業であれば、EU域内に製造拠点をつくれ、ということです。
一方、米国のバイデン政権は高い目標を掲げることで民主党としてのアピールになっています。世界の中で米国の卓越した力を発揮したいとして、気候変動にネガティブだったものをポジティブに変えていく。それが4年間で2兆ドルを投資していくグリーン成長戦略です。
こうした点は、日本の菅政権も同様です。
東京工業大学 柏木孝夫特命教授
― とはいえ、日本国内ではこれまでの26%削減から46%削減と大きく変更したことで、達成は難しいのではないかという見方もあります。
柏木氏:そうではありません。2020年1月21日に日本政府は、私も参加した会議を通じて「革新的環境イノベーション戦略」をまとめています。この中でカーボンゼロはできるということを示しています。本来は安倍政権時代に打ち出すはずでしたが、その後、菅政権となって、あらためて脱炭素に向けて大技で行くという方針を示しました。
もっとも、確かに4月の気候サミットで、日本政府が46%削減にコミットしたのは、まさに政治主導でした。我々審議会の委員が知らない間にこの数字が出てきました。気候サミットに向けて経済産業省が数字を積み上げ、環境省が数字をまとめることになっていました。しかし、最後は政治決着です。
とはいえ、2050年カーボンゼロを目標として線を引くと、2030年は50%弱の削減になる、ということも聞いています。
排出削減を積み上げていくのは大変ですから、できなければ植林や排出権の購入、あるいはCDM(途上国で削減してカーボンクレジットを発行するメカニズム)のようなしくみを利用し、いわばお金を使って達成することになると思います。国際公約ですから、国としてしっかりやらないと、日本の信頼感がなくなります。
それでも、日本にとってカーボンゼロを目指すことにはメリットはあります。日本はアメリカとの同盟強化があります。民主党政権になっても、一緒に気候変動対策をやりましょうと、関係を強化できます。もう1つ考えられるのは、技術システムによるグリーン成長をしていくことです。菅首相はこの成長が目的だと語っています。
日本はものづくり国家であることから、エネルギーマネジメント、水素、蓄電池、CCUS、メタネーション(合成燃料)などのシステムをつくっていく能力があると思います。一方、洋上風力などは海外に頼ることになるでしょうが、他の国で開発した再エネを技術をうまくセットアップし、できればスマートシティとして確立させ、都市輸出をしていったらどうでしょう。そこが成長戦略の要になります。
とはいえ、それでもまだ弱いので、カーボンゼロに向けて、明確な成長戦略を具体的に示すことが重要です。
― 現在、第6次エネルギー基本計画の審議が進められています。そこでもっとも注目されているのが、エネルギーミックスです。電源構成はどのような割合が望ましいでしょうか。
柏木氏:第5次エネルギー基本計画での目標は、自給率を30%以上に引き上げ、できれば50%以上もうかがえるようにしたい。そうした観点から、再エネが22%から24%となりました。
しかし、それ以上に優先されることは、異次元のレベルで省エネをきちんとやることです。
第6次の基本計画では、2030年も再検討し再エネの割合を30%台後半にまでふくらませることが必要となってくるでしょう。そこで再エネの内訳ですが、洋上風力は2030年まで時間がありませんし、陸上風力の建設も簡単ではありません。そうなると、太陽光発電の割合が高くなってきます。
太陽光発電に関連して、最近、立憲民主党の環境エネルギー調査会に呼ばれ、田嶋要さんや菅直人さんと話す機会がありました。そのときに菅直人さんは農水省と協力すれば、ソーラーシェアリングだけで2兆kWhが可能ということを話していました。
計算上では可能ですが、現実的にはシングルイシューに偏るのはセキュリティの面で問題があります。太陽光発電の割合を増やしていけば、蓄電池や水素と燃料電池も大量に必要ということになってくるでしょう。そうなると、べらぼうに高いエネルギーシステムになってしまいます。
現実的には、再エネと原子力のゼロエミッション電源のシェアを60%弱にまで増加させ、熱需要も非化石燃料などでまかなっていくことが必要です。加えて、あと9年しかない中では、省エネをベースにした、デマンドサイドのデジタル化にもきちんと取り組むべきです。「上げ」のDR(デマンドレスポンス)やVPPの活用です。
分散電源を7割の出力で効率的に動かしつつ、必要に応じて出力を上げることができれば、安いVPP用の電源として活用できますし、容量市場に対応することもできます。これも技術的には日本が得意とする分野でしょう。
(明日公開の後編へ続く)
*第6次エネルギー基本計画についての委員、国会議員へのインタビューシリーズ「シリーズ:エネルギー基本計画を考える」はこちら
(Interview & Text:本橋恵一、Photo:成瀬美早緒)
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