菅直人元総理大臣は、東日本大震災・東電福島第一原発事故当時、日本政府のトップとして未曾有の災害に対応してきた。また、FIT(固定価格買取制度)を導入したのも、菅政権である。2021年に改定されるエネルギー基本計画に加えて、震災・事故から10年後の現在、エネルギー政策に対する考えをうかがった。
― 最初の質問ですが、2020年10月に菅(すが)首相が2050年カーボンニュートラルを宣言しました。これに対する評価をお願いします。
菅直人氏:2050年カーボンニュートラルは、それ自体については大賛成です。全力を挙げるべきです。
ただし、その後の政府の動きには問題があります。カーボンニュートラルの実現のために、自民党の一部などから原発再稼働、あるいは新設を考えるべきだという意見が出ています。しかし、カーボンニュートラル実現にあたって、原発推進は考えられないことです。そこはきちんと区分けしておきたい。
― 脱原発を前提としたカーボンニュートラルでは、再生可能エネルギーの役割は大きなものになるかと思います。
菅氏:まさにカーボンニュートラルを実現する上で、最大の要素は再生可能エネルギーをどこまで活用するかということです。
実は、再生可能エネルギーと水素社会をテーマとした本を執筆中です。東日本大震災、東京電力福島第一原発事故から10年目にあたる今年(2021年)から次の10年に向けての本になります。日本の電力は原発ゼロでも供給できるように、もっと積極的に再エネを進めていくことをうったえたもので、2月中には出版したいと考えています。
― 2021年にはエネルギー基本計画が改定されます。第6次エネルギー基本計画の策定で注目されるのは、エネルギーミックスだと思います。2030年あるいは2050年のエネルギーミックスはどうあるべきでしょうか。
菅氏:2050年には再エネ100%で電力を供給できると思います。むしろその水準を超える供給で、カーボンニュートラルを実現すべきでしょう。2030年は再エネ50%を中間目標にすべきだと思います。
― そうした目標を実現していくために、エネルギー基本計画にはどのような政策を盛り込むべきでしょうか。
菅氏:実現に向けた政治力を発揮するためには、すべての省庁がかかわるべきだと思いますが、その中でも農林水産省が鍵になると思っています。
また、原発ゼロ、化石燃料ゼロ、再エネですべての電力をまかなったとしても、それだけでカーボンニュートラルは実現しません。例えば製鉄業では鉄鋼の製造にコークスを使っていますが、コークスのかわりに水素を使う方法の開発が進められています。こうしたことも含めてのカーボンニュートラルです。
―確かに、鉄鋼やセメントなど、電力以外の分野での取り組みも重要だと思います。
菅氏:世界中で脱CO2を実現するとなると、このことが避けて通れないことはわかっています。温室効果ガス排出削減の20~30%は発電以外の分野で行う必要がありますし、そのための技術開発は不可欠です。こうした対策も含めた改革案にすべきです。
菅直人 衆議院議員
― 先ほど、カーボンニュートラルにはすべての省庁がかかわるべきだとおっしゃいました。特に農林水産省が鍵だということですが。
菅氏:営農型太陽光発電の推進が1つの柱になると思います。ソーラーシェアリングという言い方だと、農業に対する心配や誤解が生じるので、私は営農型太陽光発電と言っています。
営農型太陽光発電の場合、1haあたり、500kWの太陽光発電パネルを設置することができます。年間1,000時間、1日平均3時間の発電ができるとすると、年間で50万kWhの発電ができます。
日本全国で農地は400万haあるので、すべてを営農型太陽光発電にすると、年間約2兆kWhの発電ができます。これは日本の消費電力量のおよそ2倍になります。
さすがにすべてを営農型太陽光発電にするのは難しいとして、40%の160万haだとすると、約8,000億kWhです。現在開発済みの再生可能エネルギーから2,000億kWhの発電ができるので、合計1兆kWhになります。これが日本の消費電力量と一致します。
実は実際にこうしたことが可能なのかどうか、質問主意書を内閣に提出しました。予想通り、明確な答弁内容は得られませんでしたが、否定もしていませんでした。日本には太陽光発電に使える農地があるのですから、農水省は重要な役割を担うことができると思います。
― 農業振興は地域社会の課題でもあります。
菅氏:元々、今から200年前までは、主要なエネルギーは薪や炭が担っていました。これを供給してきたのが農村です。近代になり、エネルギーが石炭に、そして石油になり、ある部分は原発が担いました。しかし、これからはエネルギーの供給元が再び農村に戻っていくということです。
農水省は名称を農林水産再エネ省にしたらいいのではないかと思うくらいです。いずれにせよ、農水省には姿勢を変えていただきたい。
― しかし、営農型太陽光発電は、まだまだ少ないのが現状です。
菅氏:農水省が営農型太陽光発電を認めるのには時間がかかりました。元々、圃場整備をして生産性を高めていくのが政策の柱でしたから。農地へのメガソーラー設置も認めがたかった。それでも、2013年には営農を条件に、架台の柱を設置する部分だけ、土地の転用を認めるようになりました。
また、太陽光発電の下で栽培する作物については、最初は近隣と比べて収量20%減以内にすることが3年ごとにチェックされる制度でしたが、これだと融資が難しいため、現在は10年後の見直しになっています。それでも2018年末で、営農型太陽光発電は、全国で560ha、1,992件となっており、太陽光発電全体に対する割合はほんのわずかです。
― 営農型太陽光発電をこれから増やしていくためには、どうすればいいのでしょうか。
菅氏:1つのポイントは、多くの農家が兼業農家であり、極端な場合、耕作放棄地にしてしまっていることもあるということです。背景には、農業をやろうという人が、実際に農業をやれるしくみになっているかどうか、ということです。しかし、1~2haの土地があれば、十分な収益が安定して得られるようになると、どうでしょうか。農家の息子さん娘さんも農業ができるのではないでしょうか。
先進事例として、群馬県のファームドゥという会社があります。
創業者は農機の販売会社を営んでいたのですが、使っていない農地があることに気づき、農業に参入しました。農地を20年単位で借り、例えば温室を建てて、屋根に半分の光が透過する太陽光パネルを設置しています。ここで、イチゴなど付加価値の高い作物を栽培しています。現在は、大規模に展開し、従業員も100名を超えており、農家以外の出身者もいます。
こうした事例を参考にし、自治体や地域の農業委員会、これまでは消極的だった農協などが協力していったらどうでしょうか。若い人の新規参入があり、耕作放棄地の利用が進めば、農水省としてもうれしいのではないでしょうか。
営農型太陽光発電を推進するにあたって、土地は十分ありますし、太陽光発電設備は25年間稼働します。発電単価もいずれ10円/kWhを切るくらいのコストになっているでしょう。そうなると、制約は社会的条件だけになります。したがって、行政はこれをどんどん推進すればいい。
― 技術的な課題というのはないのでしょうか。
菅氏:ソーラーシェアリングの考案者である長島彬さんによると、ほとんどの植物には光飽和点というものがあります。これよりも光が強くなっても、それ以上光合成をしないというところです。むしろ植物には強すぎる光はマイナスになる。そこで、光を植物と太陽光発電パネルでシェアをすればいいのではないか、と考えたということです。
したがって、農業においては、技術的なことはクリアしていると考えていいでしょう。むしろ、社会的・政治的課題の解決が必要です。
― 社会的・政治的課題というのは、どのようなものでしょうか。
菅氏:再生可能エネルギーの拡大のためには、発送電分離がきちんとできていることが必要です。スペインなどのように、所有権分離まで行われ、送電網は全国1社が運営しているというのがいいと思います。この送電会社が全国の天候や需要を予測し、送電網を運用していくということです。
日本も2020年に発送電分離をしましたが、本来の趣旨に反したことになっています。9電力の子会社となり、託送料金が高く設定されているのではないかという懸念があります。さらに、最近では発電側課金という制度の導入が進められていますが、導入されると、設備利用率が低い再生可能エネルギーに対する託送料が割高となってしまいます。
原発を所有する電力会社が送電網の全体調整を行うことで、全部にゆがみが生じています。
― 2021年は、東日本大震災、東京電力福島第一原発事故からちょうど10年です。当時、総理大臣をされていたことから、やはりいろいろな想いがあるのではないでしょうか。
菅氏:原発事故については本にも書きましたが、私も含めて、原発が安全だと過信していたということがあります。かつて私が所属していた社民連(社会民主連合)は原発に抑制的ではありましたが、スリーマイル島やチェルノブイリの原発事故は人為的なミスによるものであり、日本の技術者は優秀だから事故は起こさないだろうと考えていました。したがって、事故の前には、第3次エネルギー基本計画が策定され、私もトルコやベトナムに原発のトップセールスをしました。
しかし、2011年3月11日に、日本の原発が大丈夫だということはまったく間違っていたということを知りました。日本は地震や津波が多い国です。
現在は、新規制基準に基づいて、いくつかの原発が再稼働しています。しかし、例えば四国電力伊方原発は、佐田岬半島の付け根にあり、事故が起きたら半島に住む人は船で逃げることになります。しかし、そのときに台風が来ていたら逃げることはできません。また、テロ対策も必要となっています。安全性や経済性の面で、日本はもっとも原発に向かない場所ではないでしょうか。
また、放射性廃棄物の問題もあります。青森県は使用済み核燃料を再処理前提で受け入れていますが、再処理を行わないことになればこれらはすべて原発に戻されることになります。まさに矛盾のかたまりだと思います。
― しかし、原発をやめる動きは鈍いと思います。
菅氏:旧立憲民主党時代に、原発の一時国有化という提案も検討しました。
現在の電力会社では、会計上、原発を廃炉にすると、原発が資産から負債に変わってしまいます。そのため、なかなか廃炉にできません。そこで、一旦国有化し、国の責任で廃炉を進めようということです。
かつて、日本で銀行の一時国有化を行ったことがありました。90年代末に、多くの銀行が不良債権で経営破綻したときに、当時の与党自民党はブリッジバンク法案(破たん金融機関の預金や融資の受け皿となり、 業務を継続するために設立される銀行を設立する法案)を進めていましたが、これがうまくいかず、野党が提案した一時国有化という提案に与党が乗っかって進められた政策です。一時国有化することで、取り付け騒ぎを回避できます。その間に銀行を合併させました。
原発をやめるからといって、電力会社を倒産させていいというものではありません。むしろ、再エネでしっかり電気を供給してくれる会社になっていただきたい。私の案というのは、日本原子力発電(株)を原発廃炉推進の組織に改組し、廃炉の費用は可能な限り電力会社に、資産の売却などを通じて分担してもらって、不足分のみを国が担う。
こうした制度を、一昨年に党内でかなり検討してきました。
― 政治家としては、脱原発と再エネ推進の10年間だったのでしょうか。
菅氏:この10年間、エネルギーについても前向きに取り組んできました。
再生可能エネルギーはエネルギー密度が低いという指摘があります。原発に比べれば広い土地が必要です。ですから、そうした土地があるオーストラリアなどで再エネを開発し、水素にして輸入してはどうか、という発想が出てくるのです。
しかし、日本には広い農地があります。これを使えばいいのです。そこで若い人が働くようになれば、農業も変わってきます。私の自宅も、実は太陽光発電やエネファームなどを導入しました。こうしたことを実際にやってみることが重要だと思っているからです。こうした経験も、再エネ推進の自信になっています。
(Interview & Text:本橋恵一、Photo:岩田勇介)
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