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水素・再エネ拡大を! ドイツで進む製造業の非炭素化計画は、日本の将来像なのか

水素・再エネ拡大を! ドイツで進む製造業の非炭素化計画は、日本の将来像なのか

2021/10/04

カーボンニュートラルに向けて、電力部門では再エネの導入が進められているが、その一方で鉄鋼業など製造業部門では、これから着手していくというレベルだろう。ドイツも例外ではなく、まさにこれから計画を立案し、技術開発を行っていくという状況にある。とりわけ、脱炭素エネルギーとして、グリーン水素の確保に焦点が当たっている。製造業は国境をまたいだサプライチェーンの中で、将来的な国境炭素税の問題もありとりわけ取り組みが死活問題だ。そしてそれは、日本の鉄鋼も例外ではない。ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏が独逸での将来を見越した取り組みを報告する。

激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第43回

ドイツのGHG排出の2割以上は製造業由来

ドイツ政府は2045年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げている。欧州連合(EU)よりも5年早く、温室効果ガス(GHG)排出量を実質ゼロにするという野心的な計画だ。

ドイツ連邦環境省によると、2020年にこの国で最もGHG排出量が多かったのは電力会社などのエネルギー業界で、約2億8,000万トンだったが、これに次いで2番目に多いのが製造業界で、1億8,600万トンだ。製造業界からのGHGは、ドイツの排出量の22.9%を占める。このため製造業界がGHGを大幅に減らすことは、カーボンニュートラルを達成する上で極めて重要だ。

鉄鋼業界は水素による石炭代替をめざす

ドイツの鉄鋼・化学業界は、現在ビジネスの非炭素化へ向けた努力を強化している。鉄鋼業界が毎年排出するGHGの量は、製造業からの排出量の約30%に相当する。同時に、この業界は、2045年までにカーボンニュートラルを実現することを目指している。

このため鉄鋼業界は、製造法を根本的に転換することを計画している。具体的には、鉄鉱石(酸化鉄)を石炭によって処理(還元)するのではなく、水素によって処理(還元)して鉄鋼を製造する(Carbon Direct Avoidance=炭素直接削減法)。


ドイツ鉄鋼大手ザルツギッターのグリーン水素活用のビデオ

さらに二酸化炭素(CO2)の回収・貯留・貯留(CCUS:Carbon dioxide Capture,Utilization and Storage)により、大気中への放出を防ぐことも検討している。

鉄鋼業界は、「製鉄法の非炭素化には、再生可能エネルギーから作られたグリーン水素が不可欠だ」という立場を取っている。同業界は、「我々の業界だけでも、2050年までに毎年220~250万トンのグリーン水素が必要だ。グリーン水素を1トン投入すれば、CO2の排出量を26トン減らすことができるので、効率が良い」と主張する。鉄鋼業界は、「政府と議会が法的な枠組みを整備すれば、2030年以前に新製造法への投資を始めることができる」と説明している。

鉄鋼が多く使われている製品では、製品のサプライチェーンからのGHG排出量の約30%が鉄鋼に由来する。したがって鉄鋼業界は、鉄鋼が使われている製品について、CO2が少ない製法で作られた「グリーン鉄鋼」の最低比率を義務付けるよう政府に要求している。グリーン鉄鋼の比率を高めれば、鉄鋼が使われている製品からのGHG排出量も減らすことができるからだ。

たとえば乗用車の鉄鋼を全てグリーン鉄鋼に置き換えると、価格は1%増えるが、乗用車のサプライチェーンからのGHGを25%減らすことができる

鉄鋼業界は、政府に対して「グリーン鉄鋼のためのリード市場(Grüne Leitmärkte für Stahl)」の設立を呼びかけている。

鉄鋼業界は政府に対する財政的支援を要求

さらに鉄鋼業界は、非炭素化のための費用とCO2排出量価格のギャップを政府が補填する差額決済契約(CfD=Contract for Difference)の導入を要求している。製造業界などが製造法を変更して非炭素化を行うための費用は、しばしばEUの排出量取引市場(EU-ETS)でのCO2価格を上回る。このため政府は、実際の非炭素化コストと、市場でのCO2排出量価格の差額を補填するのだ。ドイツ連邦政府も、製造業の非炭素化を進める上で補填の必要性を認めており、CfDについての研究を進めている。


特殊鋼材及び非鉄金属企業、独ザールシュタール社のリリースより

ドイツ政府は2021年5月3日、「2022年からの2年間に鉄鋼業の脱炭素化のために、50億ユーロ(6,500億円・1ユーロ=130円換算)を投じる」と発表した。鉄鋼業界は政府の決定を歓迎したものの、「まだ最初の一歩にすぎない」という意見が強い。

ドイツ鉄鋼業協会は、2045年までに製造法を転換し、CO2実質ゼロを達成するには、少なくとも300億ユーロ(3兆9,000億円)の投資が必要になると見ている。同協会は、「現在ドイツには約3万1,000基の風力発電設備があるが、鉄鋼業界だけでも1万2,000基の風力発電設備を建設する必要がある」としている。

鉄鋼業界は、2030年までに710万kWの水素製造能力が必要になると主張している。これに対し、ドイツ政府が「国家水素戦略」の中で明記している2030年の水素製造能力の目標値は500万kWにすぎない。これでは、将来水素不足が起きるのは火を見るよりも明らかだ。

鉄鋼大手ザールシュタール社のケーラー社長は、「グリーン水素の調達法について、政府は方向性を示していない。現在のままでは、2045年までの非炭素化は難しい」と悲観的だ。業界には、「ドイツ経済全体の脱炭素化には、東西ドイツ統一を上回る費用がかかるかもしれない」という意見すらある。

グリーン水素の自家調達を急ぐ鉄鋼大手

さて、ドイツの鉄鋼業界には、電力会社と提携して、グリーン水素を自前で調達しようとする動きが目立つ。背景には将来この種の水素をめぐる競争が激化するという予測がある。

ニーダーザクセン州の大手鉄鋼メーカー、ザルツギッター社は、本社工場の敷地とその周辺に、巨大な風力発電設備を7基建設している(容量・3万kW)。ザルツギッター社は将来これらの発電装置で作られた電力で水を電気分解し、グリーン水素を製造する。同社は専用の水素を確保するために、電力大手E.ON、産業ガス大手リンデと共同でSALCOSと名付けた非炭素化プロジェクトを進めているのだ。

ザルツギッター社が現在使っている高炉による製鉄法は、石炭を使用しているために、大量の二酸化炭素(CO2)を排出する。このため同社は2026年から、石炭の代わりに水素を使う「直接削減法」を導入する方針だ。


ザルツギッター社の水素導入の概念図 同社ウェブサイトより

また鉄鋼大手テュッセンクルップも、グリーン水素調達のために電力大手RWEと提携した。RWEは容量10万kWの電解装置をリンゲンという町に建設し、テュッセンクルップが毎年必要とするグリーン水素の約70%を供給する方針だ。このリンゲンでは、ドイツの多くのメーカーや電力会社が水素関連プロジェクトを進めており、ドイツの「水素クラスター」が形成されつつある。

化学大手が電力会社と提携し風力発電所を建設

「自社調達」の動きは化学業界でも見られる。同業界もカーボンニュートラルを達成するには、化石燃料を水素や再生可能エネルギー由来電力に切り替えることが不可欠と見ている。今年5月、化学大手BASFは、RWEと共同で、北海に洋上風力発電所(容量200万kW)を建設することを発表した。

2030年に運開する予定で、電力の80%はルートヴィヒスハーフェンの本社工場へ送られ、石油化学製品の製造に使われる。残りの20%は、他のメーカーのための水素の製造に使われる。建設費用は40億ユーロ(5,200億円)で、RWEが51%、BASFが49%を負担する。同社はこの計画により本社工場のCO2の年間排出量を280万トン減らす。大手電力と化学メーカーが共同で洋上風力発電所を建設する計画を公表したのは、ドイツで初めて。

またBASFは、2021年6月24日に、スウェーデンの国営電力会社バッテンフォールと共同で、北海に世界最大規模の洋上風力発電所を建設する方針も明らかにした。両社は今年7月に、オランダ沖に140基の風力発電設備の建設工事を開始した。設備容量150万kWの発電所は、4年後に運開し、BASFのアントワープの化学プラントなどにグリーン電力を供給する。「オランヅテ・クスト・ズュート(HKS)」と命名されたこの発電所の内49.5%は、BASFが所有する。

同社は化学プラントで消費するエネルギーを調達するために、バッテンフォールから長期的に電力を購入する契約も締結した。BASFがこのプロジェクトに投じる費用は16億ユーロ(2,080億円)にのぼる。同社は、「HKSは、政府などからの助成金を全く受け取らずに建設される世界初の洋上風力発電所だ」と説明している。


BASF社「オランダ・カスト・ズイド洋上風力発電所の49.5%をBASF社に売却」プレスリリースより 洋上風力発電の基礎部材

製造業界で水素の自己調達の動きが目立つ背景には、「政府の再生可能エネルギー拡大のテンポは遅すぎる。このため将来グリーン水素をめぐる競争が激化するのではないか」という各社の読みがある。

製造業界の不安を取り除くためにも、政府は一刻も早く再生可能エネルギー拡大とグリーン水素調達に関する行程表を示す必要がある。

熊谷徹
熊谷徹

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。 ホームページ: http://www.tkumagai.de メールアドレス:Box_2@tkumagai.de Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai
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