激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第8回
好評のドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏の欧州エネルギーレポート。今回は、電力会社がどのように再エネをセールスポイントとして打ち出しているか、それをドイツ国民はどのように受け止めているかを少し詳しく分析します。
ドイツ再エネの中心は風力発電
今年もドイツでは再生可能エネルギーによる電力が拡大しつつある。
ドイツ連邦環境局(UBA)の再生可能エネルギー統計課によると、今年(2019年)1月~7月の再生可能エネルギー電力の発電量は110TWhで、前年同期を12%上回った。UBAは、この理由について「陸上風力発電装置とオフショア風力発電装置からの発電量が増えたため」と説明している。
この国の再生可能エネルギーの中心は風力で、今年1~7月の再生可能エネルギー発電量のほぼ半分を占めている。この時期の風力発電量は、去年の同時期に比べて約20%増加している。
またドイツ水道エネルギー事業連合会(BDEW)は、今年6月末に「今年上半期の再生可能エネルギーの消費量は44%になり、初めて40%台を超えた。これは前年同期(39%)を5ポイント上回ったことになる」と発表した。BDEWは、再生可能エネルギーの比率が増加した理由について、今年上半期の風が前年同期に比べて強かったことを挙げている。
再エネ100%の電力会社も
ドイツには、再生可能エネルギーによる電力しか売らないという会社がいくつかある。北部の港町ハンブルクの「リヒトブリック(LichtBlick:光明)」という電力販売会社(小売電力事業者)はそのひとつだ。同社が家庭に売る電力は、100%再生可能エネルギーによって発電されている(企業向け電力を含めると、再生可能エネルギーの比率は99%)。同社は現在約100万人のユーザーに電力を販売しており、ドイツの「エコ電力業界」で首位に立つ。
リヒトブリックは、ドイツの電力市場が完全に自由化された1998年に、ハイコ・フォン・チシュヴィッツ(Heiko von Tschischwitz)という起業家が創業した。ハイコ氏は1968年生まれ。2017年の年間売上高は7億ユーロ(910億円・1ユーロ=130円換算 以下同じ)。2015年には1,500万ユーロの当期利益を計上した。2018年12月以降は、オランダの電力会社エネコの傘下にある。
ドイツ政府は、エネルギー供給源の中心を、原子力・火力から、再生可能エネルギーに移すことを国是の1つとしている。同国は再生可能エネルギーの発電比率を、2050年までに80%に増やす予定だ。
このためドイツ連邦議会や環境省は、国民に模範を示すために、リヒトブリックから再生可能エネルギーの比率が高い電力を購入している。
同社の顧客リストには、キヤノン・ドイツ支社、ブレーメン大学、全ドイツ疾病保険金庫(DAK=公的健康保険の運営機関の1つ)なども含まれている。メーカーやスーパーマーケットなどの企業も「我が社は99%が再生可能エネルギーによる電力を使っています」と宣伝すれば、「環境意識が高い企業」というイメージを顧客に与えることができる。
リヒトブリックによると、同社の家庭向け電力の内53%は、再生可能エネルギー促進法(EEG)によって助成されたエコ電力。残りの47%は、EEGによる助成を受けていないエコ電力である。
EEGは2000年に、シュレーダー政権が施行させた。送電事業者が発電事業者から20年間固定された価格でエコ電力を買い取り、そのための資金を電力消費者が電力料金に対する賦課金として負担する。
同社のエコ電力は、全てドイツ南部バイエルン州の21ヶ所の水力発電所で作られたもの。この会社のウェブサイトには、電力を供給する水力発電所のリストも掲載されている。(2019年6月)
リヒトブリックは、「原子力や化石燃料を一切使っていない」という事実を重要なセールスポイントにしている。ドイツ市民の間では、環境保護や地球温暖化の防止についての関心が、他の欧州諸国よりも高い。このため原子力発電や火力発電に批判的で、再生可能エネルギーの拡大に賛成する市民が多い。
電力会社はエネルギー・ミックスの開示を義務付けられている
同社が創業から21年で100万人の顧客を持つ中堅電力販売会社に成長できたのは、「自然エネルギー100%」という謳い文句が、多くの電力消費者の心をとらえたからである。
ドイツでは、環境に負荷をかけない「エコロジー」の思想を「クールな(粋な)ライフスタイル」と考える人が、周辺国に比べると多い。
ちなみにドイツの電力会社は、電源構成や電力1kWhを発電することで生まれる放射性廃棄物やCO2の量を、ウェブサイトや電力料金の精算書の中で消費者に対して開示することを義務付けられている。
たとえばドイツの大手電力EnBWの子会社、イエローは、電力精算書の中で、2017年のエネルギー・ミックスなどを次のように開示している。
資料=イエローの電力精算書
(2018年12月13日付 著者による)
再エネ電力の価格競争力高まる
このため、消費者は自分が購入する電力に原子力発電所や火力発電所で作られた電力が入っているかどうかを、事前に知ることができる。リヒトブリックの家庭向け電力が100%再生可能エネルギーによって作られていることは、ドイツ南部技術監視協会(TÜV=テュフ)が認証している。TÜVは自動車からエレベーターまで、この国で使われているあらゆる機械の技術上の安全点検を行う民間企業で、市民から深く信頼されている。
ちなみに、送電線の中を流れる電力を物理的に分けることは不可能だ。このためリヒトブリックの電力を買っている顧客のコンセントから、実際に再生可能エネルギー100%の電力だけが出てくるわけではない。「再生可能エネルギー100%」は、あくまでも電力購入契約の上でのことになる。
電力料金はどうだろうか。
イエローと契約しているある消費者は、1年間に2,279kWh時の電力を使った。この人が1年間にイエローに払った料金は、719.36ユーロ(9万3517円)。イエローには原発や火力発電所からの電力も使われている。再エネ100%のリヒトブリックのウェブサイトで料金を計算すると、757.32ユーロで、その差はわずか5%だ。
私が住んでいるミュンヘンについて試したら、わずか数秒間で381種類もの料金体系が提示された。ミュンヘンのシュタットヴェルケ(Stadtwerke:地域電力供給会社)やバッテンフォール(Vattenfall Europe AG:大手電力会社)など有名な会社だけではなく、全く名前を聞いたことのない会社もある。
料金メニューは、安い順に表示される。さらに、地元のシュタットヴェルケの基本メニューに比べていくら節約できるかも、自動的に示される。ミュンヘンの私の居住地で言えば、一番安いのはスウェーデンの国営電力会社バッテンフォールのドイツ子会社で、年間電力料金が672.05ユーロ(8万7,367円)。一番高いのはミュンヘンのローカル電力販売会社・ボルテラ社の952.94ユーロ(12万3,882円)。つまり3万7,000円もの開きがあるのだ。
興味深いことに、この381の料金メニューのほぼ半分は再生可能エネルギーによる電力だけを売っている。メニューには「エコ(ÖKO)」という印が付けられている。再生可能エネルギー100%の料金メニューでも、原子力や火力による電力が混ざった料金メニューよりも安い物がある。特にスカンジナビアやオーストリアの水力発電所からの電力を使う料金メニューは、割安だ。つまりドイツでは再生可能エネルギーの価格競争力が強まりつつあり、「エコ電力は割高だ」という見方は、もはや過去の物となりつつあるのだ。
ドイツではRWEやエーオンなどの大手電力会社も、「再生可能エネルギー100%」の料金メニューを持っている。さもないと、他の新規参入企業に顧客を奪われる可能性があるからだ。
どの会社も顧客のエコ電力志向を無視できなくなっている。
今年4月にミュンヘンのエコ電力販売会社グリーン・シティーが1,000人の市民を対象にしたアンケートによると、回答者の59%が「太陽光発電が好きだ」と答えた。原子力と答えた市民は5%、石炭・褐炭火力と答えた市民は4%にすぎなかった。ドイツでは今後もエコ電力が、重要なセールスポイントであり続けるだろう。
*複数解答
資料=プレッセポータル