海を越える送電線を整備することで、より広域的な電力の供給が可能となり、系統が安定する。その結果、再エネの導入量の拡大も可能になるし、とりわけ系統の弱い離島にとってはメリットが大きい。欧州でも海底電力ケーブルの敷設は進んでおり、プロジェクトの計画もある。そうした中、地中海でも新たなプロジェクトの調印式が開催された。日本サスティナブル・エナジー代表取締役の大野嘉久氏が紹介する。
目次[非表示]
2021年3月8日、ギリシャとキプロスそしてイスラエルの3ヶ国を海底電力ケーブルで結ぶプロジェクト「ユーロアジア・インターコネクター」に関するMoU(了解覚書)の調印式がキプロスの大統領官邸で開催された。
ギリシャのコスタス・スクレカス・環境エネルギー大臣、イスラエルのユバール・シュタイニッツ・エネルギー大臣、そしてキプロスのナタサ・ピリディス・エネルギー大臣が署名した合意書は、3ヶ国をつなぐ海底ケーブルを敷設するにあたって、それぞれの国における規制機関が推進に向けて協力する内容であった。
2021年3月8日、「ユーロアジア・インターコネクター」に関するMoU(了解覚書)の調印式にて。左からギリシャの環境・エネルギー相コスタス・スクレカス氏(バーチャルで参加)、イスラエルのユバール・シュタイニッツ・エネルギー大臣、キプロスのナタサ・ピリディス・エネルギー大臣(出典:The EuroAsia interconnector)
このプロジェクト「ユーロアジア・インターコネクター」とは“ヨーロッパとアジアを接続する高電圧直流(HVDC)送電ケーブルを建設する”という壮大なプロジェクトのことであり、2009年以降にイスラエルで「Tamarガス田」や「Leviathanガス田」そしてキプロスの「Aphroditeガス田」「Calypsoガス田」などの天然ガス資源が発見されたことを受け、それを電力の形で欧州に輸出することを主目的として、推進母体である「EuroAsia Interconnector Limited」社が2010年に設立された。本部はキプロス共和国の首都ニコシア。
ユーロアジア・インターコネクター概要図
Source:The EuroAsia interconnector
その事業概要はイスラエル(ハデラ)からキプロス(コフィノウ)を通ってギリシャ(クレタ島)をHVDC海底送電ケーブルで接続するというもの。HVDC海底送電ケーブルとしては、距離1,208kmは世界最長であり、最大深度3,000mも、世界最大の水深となる。
各国には直流連系設備を設置してそれぞれの電力系統と接続する。総額25億ユーロ(約3,250億円)、送電容量はフェーズ1の1,000MWとフェーズ2の1,000MWで合計2,000MWとなり、2022年に一部運開、2023年末には全面運開が計画されている。直流連系設備は2020年3月にシーメンスが建設を受注した。
ただし「ユーロアジア」(ヨーロッパとアジアをつなぐ)という壮大な名称にはなっているものの、現状だとイスラエルは中東の周辺諸国と電力系統が連系されておらず、またキプロスの系統も他国から孤立しているため、実質的には「キプロスを通過点としてイスラエルと欧州を連系する」ということになる。
この巨大な送電線が完成すると、イスラエルやキプロスで新規に発見された天然ガス田から産出される天然ガスを電力の形で欧州に送れるほか、系統容量が大幅に増えることで再生可能エネルギーの許容量を拡充することが可能になる。
またEU加盟国で唯一、他国の電力系統や天然ガスのパイプラインと連系できていないキプロスでは一次エネルギーの97%が輸入された石油系燃料であるが、「ユーロアジア・インターコネクター」が完成すれば、同国の低炭素化に著しく貢献できるものと期待されている。
ユーロアジア・インターコネクター通過ルート
Source:The EuroAsia interconnector
このプロジェクトにはEUも全面的に支援しており、複数のEU加盟国にまたがる重要なエネルギー・インフラ設備に対して称号が与えられる「Projects of Common Interest(PCIs)」の一つに選定された。
2017年2月には最終的な詳細調査をまかなうための費用として1,450万ユーロ(約18億8,000万円)の拠出が決定されており、電力の調達先を多様化したいEUに大きく期待されていることが分かる。
キプロス共和国は1960年にイギリスから独立した国家だが、1974年にはトルコ軍がトルコ系住民の保護を名目に侵攻して島の北部を占領してしまった。そして1983年にはそのトルコ占領地域が一方的に独立を宣言し、「北キプロス・トルコ共和国」と国家を樹立したものの、それを「国」として認めているのは世界でトルコだけである。
その後、キプロスは南部のキプロス共和国実効支配地域と北部のトルコ系実効支配地域に分断されており、国連や他国の仲介による統一交渉が何度も行われているものの、遅々として進んでいないのが現状である。
キプロス共和国の首都ニコシア
その分断を引き起こしたトルコはキプロスの新規ガス田についても領有を強く主張しており、2019年11月には地中海の対岸にあるリビアの暫定政権と締結したEEZ境界協定を根拠に"キプロスのガス田はトルコの領海内にある"と申し立てた。
地図上で見るとキプロスのガス田はリビアからかなり遠く、どう見ても無関係であるが、以前からトルコのエルドアン大統領が所属する公正発展党(AKP)はリビアの国民合意政府(GNA)を支援しており、その恩義もあってこのようなエルドアンの要求に応じたのであろう。
一方、天然ガスを欧州へと輸出したいイスラエルとギリシャそしてキプロスは2020年1月2日、3ヶ国をつなぐ天然ガス・パイプラインを建設する東地中海パイプライン「EastMed」を建設する政府間協定に署名した。その総工費は60~70億ドル(およそ6,640億~7,750億円)とされており、2025年の完成が予定されている。
ギリシャとキプロスはさらにエジプトとも似たようなプロジェクトを抱えている。それは、その3ヶ国の電力系統をHVDC海底送電ケーブルで接続する「ユーロアフリカ・インターコネクター(EuroAfrica Interconnector)」であり、本部はこれもまたキプロスの首都ニコシアに置かれている。
2017年にスタートし、2023年には合計容量2,000MWの運開が予定されている。この件はエジプトが中心となって進めているので、介入問題を抱えているイスラエル(エルドアンはガザ地区のハマスを支援している)と比べて違った進み方を見せるかもしれない。
ガス田に隣接する中東地域ではエジプトから輸出されていた天然ガスのパイプラインが爆破されたり、あるいはイスラエル産の天然ガス輸入をヨルダン市民が拒否するなど持続的な事業が運営できないリスクが非常に高い。
そのため電力にしても天然ガスにしても遠い欧州まで輸出しなければならないが、中東諸国が長い歴史で積み重ねた複雑な利害関係が解決するよりも、パイプラインを完成させた方がずっと早い、ということだろう。
これら輸出国とトルコの間の緊張は高まっており、2021年3月11日にはギリシャやキプロスの合同軍事演習がフランスの参加のもとで実施された。
これに加わっているのが米軍の動きであり、在トルコ米空軍基地の機能をギリシャ領クレタ島にあるNATO最大の海軍基地「クレタ海軍基地」に移管させる準備を米国が進めている、と報じられて注目を集めている。2020年9月にはポンペオ国務長官がギリシャのクレタ海軍基地を訪問しており、トルコとギリシャの関係は東地中海におけるパワーバランスの変化に大きく左右されるであろう。
キプロスとトルコで領有をめぐり係争中の天然ガス田「アフロディーテ」とは言うまでもなくキプロスの象徴とされるギリシャ神話の女神にあやかっているが、そのアフロディーテは現在でいうところの場所にあるギリシャとトルコに相当するそれぞれの地域の戦争を引き起こす原因を作ったことでも知られている。
したがって3200年以上ものあいだ対立を続けている現在のギリシャとトルコに相当するそれぞれの地域は、近いうちに和解することは期待できないから、緊張状態を高めつつ着々とケーブルを海底に敷いて運用してゆくことが最善であろう。
エネルギーの最新記事