島根県益田市、課題解決型スマートシティ ―桃栗三年柿八年、スマートシティ(柚子)の大馬鹿十八年― 益田サイバースマートシティ創造協議会 豊崎禎久氏インタビュー | EnergyShift

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島根県益田市、課題解決型スマートシティ ―桃栗三年柿八年、スマートシティ(柚子)の大馬鹿十八年― 益田サイバースマートシティ創造協議会 豊崎禎久氏インタビュー

島根県益田市、課題解決型スマートシティ ―桃栗三年柿八年、スマートシティ(柚子)の大馬鹿十八年― 益田サイバースマートシティ創造協議会 豊崎禎久氏インタビュー

2020年03月04日

これからの都市の在り方として、日本各地で、政府の支援を得てスマートシティを推進する動きがある。環境・エネルギー問題や高齢化社会をにらみ、ICTなどを活用した取り組みだ。スマートシティといっても、地域ごとに抱える課題は異なり、取り組むテーマも変わってくる。重要なことは、地域のニーズに合致していることだろう。同時に、開発した技術の水平展開を通じた、地域経済への寄与も期待される。
島根県益田市での取り組みは、地域の特性を生かした課題解決型のスマートシティだ。どのような取り組みなのか、一般社団法人益田サイバースマートシティ創造協議会専務理事の豊崎禎久氏に話をおうかがいした。

全戸に整備された光ファイバー

―あらためておうかがいします。今、なぜスマートシティが求められているのでしょうか。

豊崎禎久氏:グローバルな視点からいえば、近年、国連のSDGsに対応した取り組みが求められるようになってきました。SDGsには17のゴールがあり、これらをどのように実現していくのかが課題となってきます。個々のセグメンテーションを実現するだけではなく、重ね合っているセグメンテーションもあります。住み続けられるまちづくりというだけではなく、エネルギーや気候変動、貧困や水の安全、平和と公正などのゴールがあります。スマートシティに導入されるテクノロジーを通じて、これらを全て融合させ実現していく、というのが我々の考え方です。

―そうした背景があって、なぜ益田市を選び、スマートシティ事業を推進したのでしょうか。

豊崎氏:益田市は、人口4万6,000人強ですが、2030年における日本の高齢化社会が既に顕在化しています。平成の大合併により島根県一の面積となりましたが、その9割は山林で、市街地はすでにコンパクト化しているという特徴があります。市の職員は約440名、互いに顔の見える組織になっています。また、テレビの難視聴地域が多かったので、ケーブルテレビ用に光ファイバーが全戸に整備されています。とはいえ、高額なプロバイダーのWi-Fiがすべての世帯で利用されているわけではなく、通信インフラとして有効に使われていませんでした。したがって、BCP(事業継続計画)対応出来るLPWA(Low Power Wide Area*1)と光インフラをハイブリッドに通信をベースにしたスマートシティ事業を展開していくインフラが整っているという点が、スマートシティ事業を展開する上での優位性をもたらしています。

益田サイバースマートシティ創造協議会専務理事 豊崎禎久氏
  • *1 Low Power Wide Area 消費電力を抑えながら遠距離通信を実現する通信方式

リサーチを重視した課題解決型事業

―日本でも、さまざまなスマートシティ事業が行われてきました。益田市の事業はどのような特徴があるのでしょうか。

豊崎氏:これまでのスマートシティ事業は、技術主導型の展開をしてきたことから、成果よりも課題を多く残してきたと思っています。例えば、経済産業省の主導で行われたスマートシティ事業がありました。エネルギーを軸とした事業ですが、大企業論理での技術の押し売りとなってしまった面があったと思います。これは、総務省主導のスマートシティ事業でも同様だったと思います。

そうした中、都市を直接所管する国土交通省がスマートシティ事業を行うことになりました。そこで私たちは、これまで行われてきた事業とは異なり、技術の押し売りではなく、市民中心の課題解決型のスマートシティ事業を提案しました。逆に言えば、国土交通省だからといって、電気自動車などのモビリティありきのような事業にしなかったということです。課題解決型の計画を立案した結果として、令和元年度国土交通省スマートシティモデル事業「先行モデルプロジェクト」のひとつに選定していただきました。

ポイントとなったのは、ユーザーが欲しいものを現場で時間をかけて、きちんとリサーチし、それをプロダクトの中心にしたことです。日本におけるR&Dでは、D(開発)を優先して、R(調査)をおろそかにしている傾向があると思います。その結果、マーケット・インではなく、プロダクト・アウトの製品やサービスが作られることになります。そこで私たちは、D(開発)ではなくR(調査)の方に力を入れ、市民のための、自治体や国のグランドデザインを実現するものとして考えてきました。

―具体的に、どのように進めてきたのでしょうか。

豊崎氏:2016年にプロジェクトをスタートさせましたが、この時に益田市長にスマートシティ事業の推進についてコミットしていただきました。その上で、2017年から、全職員を対象にIoTなどについての教育をボランティアで展開しています。同時に、益田市の未来はどうなるか、あるいは自治体として何が必要かを、共有しました。
実際に、市の職員にセクションごとの課題を書き出してもらいました。さらにワーキンググループをつくり、ヒアリングを行います。そして、課題について、民間でできるものと、市がやるべきものを分けます。このような取り組みを通じて最初に浮かび上がってきたのが、災害対策とヘルスケア、インフラ保全であり、ここから取り組むことにしました。

事業の推進にあたって、その核となる一般社団法人益田サイバースマートシティ創造協議会(MCSCC)を設立したのは、2018年10月になります。また、医療ヘルスケアについては、オムロン ヘルスケアがファンドし、島根大学医学部が設立した、一般社団法人益田ヘルスケア推進協会と再連携して推進するという形をとっています。

出典:一般社団法人益田サイバースマートシティ創造協議会

―それぞれの実証事業は、どのようにICTを活用しているのでしょうか。

豊崎氏:水害対策として、用水路の水位を測定するシステムに、IoTを導入しました。リアルタイムで何か所もの水位を測定し、樋門の開閉を行うことで、水位を調節します。電源がない屋外での測定について、技術開発を行っています。スマートフォンでいつでも水位が確認できるので、増水前に素早く効果的な対応ができます。

また、益田市の住民は壮年期に血圧が高い傾向があり、脳卒中のリスクなどが高くなっています。そこで、市民にIoTの血圧計で測定していただき、データを管理、分析することで、個人の健康を見守るだけではなく、研究開発にもつなげるしくみにしています。2018年に職域ステップ1で310名を実施し、2019年10月からは市民を対象に1,000~2,000人規模で展開しています。
市道の保守管理にあたっても、目視ではなく、市のパトロールカーにセンサーを31個搭載してモニタリングする、という実証試験もおこなっています。
今後の取り組みとしては、高齢者のひとり歩きの認知症の方を対象とした事業を進めています。

―開発した技術は水平展開していくということでしょうか。

豊崎氏:例えば、認知症は世界中で増加していきます。日本全国でも同様です。徘徊する方に対応しているのは、警察署です。したがって、認知症の方が増えると、警察の負担が増えることになります。こうした課題を解決する民間による支援技術は、新たなビジネスになりますし、新しい産業において、ブルーオーシャンだといえます。
とはいえ、ビジネスにならないなどのリスクもありますから、徹底したリサーチを行い、マネタイズできるモデルにしていく必要があります。同時に、さまざまなプロジェクト開発が進みますから、益田のスマートシティは技術のショーケースにもなり、関係人口増加も期待できます。

データ利活用と個人情報保護

―ビッグデータを活用していくことになりますが、課題はないのでしょうか。

豊崎氏:個人情報を取り扱うので、その点では注意が必要です。例えば、スマートシティの運用にあたってマイナンバーの利用というのは利便性がある一方、プライバシーの問題もあります。個人の同意がなくては利用できません。
他にも、車両データとしてECUやOBD2*2などからの詳細な走行データも、取り出して活用するということができていません。利用にあたっては、自動車業界の標準化や法律の改正が必要なものもあります。

―スマートシティの当面の目標は。

豊崎氏:どの事業もしっかりと事業として実装していきたいと考えています。例えば健康増進事業では、市民が抱える高血圧などを未病化することで、医療費を将来的に削減できる可能性があります。そのためには、安心して生活できる環境にしていく必要があります。

人と人の触れ合いは技術で解決できるものではありません。機械にできることは機械が行い、ケアサービスなどアナログな事業を職員が対応すればいいということです。ICTは市民に見えない形で実装し、デジタルとアナログを結合させていくことが重要です。益田のスマートシティは、日本の強みであるアナログ部を重視した感性工学(Kansei Engineering)をしくみに組みこんでプロジェクトを推進しています。

―益田市のスマートシティとしての将来像をお願いします。

豊崎氏:若い世代に仕事がきちんとあって、人々が移住してくるまちにしたいと思います。大企業と益田市が連携し、ベンチャーキャピタルを呼び込み、起業家を支援するという姿も描いています。仮に本社が大都市にあったとしても、スマートシティはテストベッドになりますから、そこできちんとしたR(調査)を実施し、全力でD(開発)を行っていけば、益田発の新しい産業ができると思います。

あわせて、他自治体との広域都市間連携も進めていきます。既にMCSCC学術会員である八代市産業振興協議会・IoT八代同盟を通じて熊本県八代市と連携を進めており、こうした拡大は、アジア・アフリカなど新興国にも視野に入れています。

  • *2 ECUやOBD2:ECUとはElectronic Control Unitの略で、自動車のシステムのこと。OBD2とはOn Board Diagnosis first generationの略で、ECUなどの自己診断システム
豊崎禎久
豊崎禎久

米フェアチャイルド社、ソニーセミコンダクタ社、米シグネティックス社、蘭フィリップス・セミコンダクタ社などを経て、米LSIロジック社でストラテジック・マーケティングとして活躍。その後、米ガートナー社のプリンシパル・アナリストなどを歴任。慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科 特別招聘教授を務めた。現在、アーキテクトグランドデザイン株式会社ファウンダー チーフアーキテクト。2018年10月に一般社団法人益田サイバースマートシティ創造協議会の専務理事に就任。

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