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卒FITによるVPP建設で、 ドイツ電力業界の脱炭素化をめざすsonnen

卒FITによるVPP建設で、 ドイツ電力業界の脱炭素化をめざすsonnen

2019年10月03日

激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第9回
卒FITによるVPP建設で、
ドイツ電力業界の大改革をめざすsonnen

ドイツ南部・バイエルン州。アルプス山脈を望むアルゴイ地方は、酪農で知られるのどかな田園地帯だ。この一角に、ヴィルトポルツリートという人口約2,600人の村がある。なだらかな丘の上には風力発電のためのプロペラが立ち並び、屋根に太陽光発電パネルを取り付けた民家が目立つ。ヴィルトポルツリートは、住民の電力需要を再生可能エネルギーによって完全にカバーしている自治体として知られる。さらにこの村には、VPP(バーチャル発電所)ビジネスの先駆者として、世界中のエネルギー業界が注目している企業がある。

分散型発電ビジネスの先駆者・ゾネン

このヴィルトポルツリート村で2010年に太陽光による電力の蓄電池メーカーとして産声を上げたスタートアップ企業ゾネン(sonnen)は、太陽光の自家発電装置を持つ市民の蓄電池を接続してバーチャル発電所を建設し、この国の電力市場を根本的に変革することを目標としている。ドイツで最も重要な分散型発電ビジネスの推進企業である。同社はドイツの太陽光による電力の蓄電池メーカーとしては最大のマーケットシェアを持つ。

資料 Statista

同社はドイツ以外に米国、オーストラリア、イタリア、英国にも拠点を持ち450人の従業員を擁している。さらにスイス、オーストリア、アイルランドなど欧州の10ヶ国でサービスを提供している。

https://sonnen.de/ueber-uns/

ゾネン社の究極の目標は、伝統的な電力料金の体系を廃止することにある。市民は自宅に太陽光発電パネルと蓄電池を持っていれば、ゾネンの顧客として「コミュニティー」に加わることができる。

コミュニティーに参加する市民は、同社のバーチャル発電所の一環になるので、自宅の蓄電池の電力の残量がなくなっても、ゾネンのネットワークの電力を使うことができる。市民は自分の蓄電池をゾネンのバーチャル発電所に接続することで、余った電力をシステムに供給しているからだ。

これは電力消費者(consumer)が供給者( producer )にもなるprosumerの構想の第一歩である。ドイツが目指す再生可能エネルギー中心の電力市場では、スマートメーターを通じて消費者が電力を消費したり、供給したりする柔軟な構造が不可欠だとされている。つまりゾネンのビジネスモデルは、この国のエネルギー転換にとっても重要なコンセプトを提供しているのだ。

電力フラットレートを部分的に実現

確かにゾネンの料金メニューは、革命的だ。たとえばゾネン社の「エコ8」型蓄電池を購入し、「ゾネンフラット・ホーム4250」というメニューを選んだ顧客は、使用電力量が4,250kWh以下の場合、電力料金を支払う必要がない。電力使用量が4,250kWhを超えると、初めて1kWhあたりの電力料金が課される。ゾネンは部分的にとはいえ、電力のフラットレート化を実現しつつあるのだ。

ゾネン ウェブサイトより

また自宅に太陽光発電装置や蓄電池がない家庭でも、「ゾネンシュトローム」という料金メニューを選び、毎月9.99ユーロの会費を払ってゾネン・コミュニティーの会員になれば、1kWhあたり26セントに固定された太陽光による電力を買うことができる。ゾネン社は「このメニューを選べば、大手電力会社への依存から脱却できる」と説明している。

https://sonnen.de/stromtarife/sonnenstrom/

2020年の卒FITを射程に

ゾネンのバーチャル発電ビジネスは、卒FITがはじまる2020年から大きく拡大すると予想されている。

ドイツ政府は2000年に再生可能エネルギーの本格的な助成を開始。政府は再生可能エネルギーへの投資を促進するために、送電事業者に対し再生可能エネルギーによる電力を需要の有無にかかわらず、政府が決めた法定価格で買い取ることを義務付けた。しかもこの価格は20年間にわたり固定された。この期間には、自宅に太陽光発電装置を取り付けた多くの消費者が、電力を販売して収益を得た。

しかし2020年には、20年前に設置された発電装置について、固定価格の適用が終わる。

つまり2020年以降は、電力を売るのではなく自宅で使用する家庭が徐々に増えていく。ゾネンはこうした家庭にバーチャル発電所への参加を呼びかけることによって、巨大な太陽光電力プールを築こうとしているのだ。

系統の安定化にも貢献へ

さらに興味深いのは、ゾネンが再生可能エネルギー中心の電力市場で、変動を緩和し系統を安定化させるという重要な役割を期待されていることだ。

ドイツ政府は2050年までに消費電力の80~95%を再生可能エネルギーによってカバーすることを目標にしている。しかし風や太陽光による自然エネルギーは、変動にさらされる。

原子力や火力発電と異なり、需給に応じて人間が発電量を調整することが難しい。

これまでは、需要が少ない日に強い風が吹いた時などは、送電事業者が発電事業者に風力発電プロペラを停止するよう要請しなくてはならなかった。需要が少ない時に大量の電力が送り込まれると、系統が不安定になる可能性があるからだ。

こうした発電抑制措置はリディスパッチ(Re-dispatch)と呼ばれるが、送電事業者は発電事業者に対して補償金を払わなくてはならない。この補償金は託送料金として需要家が負担させられる。

去年(2018年)12月、ドイツの送電事業者テネットは、IBMと協力して、ゾネンの電力蓄積システムをブロックチェーンを使ったリディスパッチに使用することを明らかにした*。一方、ゾネンは去年12月5日にテネットに運転予備力を提供する資格を取得した。家庭の蓄電池によるバーチャル発電所が、運転予備力を提供する資格を獲得したのは、同国で初めてだ。

*テネットのリリース

3万世帯、出力300MWのVPP

テネットによると、この資格取得によって、ゾネンはスイスのスタートアップ企業「ティコ・エナジー・ソリューション」とともに、電力需給が急激に変動した時に予備力を提供するための入札に参加できることになった。テネットによると、ゾネンはドイツを中心に約3万世帯の家庭の太陽光発電装置と蓄電池を接続して、出力300MWのバーチャル発電所を運営している。世界中でゾネンから電力を買っている市民の数は6万人にのぼる。

テネットウェブサイト

このバーチャル発電所の特徴はデジタル技術を活用していることだ。電力需給が逼迫して系統のバランスが崩れそうになると、ゾネンのネットワークが感知して、システムの人工知能(AI)が自動的に巨大なバーチャル蓄電池を構成する。

各家庭の蓄電池に蓄えられた電力の量は異なる。このためAIは個々の蓄電池の電力量を瞬時にキャッチして、最低1MWの蓄電池ブロックを自動的に形成し電力市場に予備力を提供する。テネットが行った試験では、ゾネンのシステムは30秒以内に予備力を提供したり、系統から余分な電力を蓄積したりすることに成功した。

逆に電力需要が少ない日に、強い風が吹いて大量の電力が系統に送り込まれた時には、余分な電力がゾネンのバーチャル発電所が持つ多数の蓄電池ネットワークに送り込まれる。こうすれば、送電事業者は発電事業者に発電プロペラを止めるように要請する必要はない。つまり無駄になる電力量が減り、リディスパッチによる託送料金の上昇も防ぐことができる。

運転予備力をVPPで

テネットは「これまで運転予備力の供給は、主に火力発電所によって行われてきた。しかしゾネンのシステムの導入によって、今後は化石燃料を使う発電所を太陽光発電所によって代替し、CO2の排出量を減らすことができる」と説明している*。

テネットのレックス・ハルトマン社長は、「多数の蓄電池から成るバーチャル発電所を系統の均衡確保に使えることが初めて実証された。このことは、再エネの電力市場への統合を促進する。ゾネンの分散型の蓄電池ブロックは柔軟性が高いので、ドイツのあらゆる地域で使用することができる」と語った。

*テネットのリリース

再エネ拡大をめざすシェルの傘下に

この会社は、世界中のエネルギー業界の注目を浴びている。たとえばゾネンは2016年に、マサチューセッツ工科大学(MIT)によって、アマゾン、フェイスブック、テスラなどとともに「世界で最もイノベーティブな企業50社」の1社に選ばれた。

さらに石油企業ロイヤル・ダッチ・シェルはゾネンの技術力に注目し、今年2月に同社を完全に買収することを発表した。買収価格は公表されていない*。

世界でエネルギーの非炭素化が進む中、欧州の石油企業は再生可能エネルギー関連事業の拡大に力を入れているが、シェルによるゾネンの買収はその一環である。シェルで新エネルギーを担当するマーク・ゲインズボロー執行副社長は「ゾネンは、デジタル化された分散型エネルギー貯蔵システムの分野では世界的なリーダー企業の一社だ。顧客を中心にしたイノベーションにおいては、すでに実績がある。ゾネンが傘下に入ることで、シェルはこれまで以上に顧客にクリーンなエネルギーを提供することが可能になる」と述べている。同社は米国のGEなどとともに、2018年5月からゾネンに資本参加していた。

*Shellのリリース

来年始まる卒FITとともに、ゾネンのビジネスモデルが大きく羽ばたくかどうか、世界中のエネルギー関係者が注目している。

熊谷徹
熊谷徹

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。 ホームページ: http://www.tkumagai.de メールアドレス:Box_2@tkumagai.de Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai
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