日本のカーボンニュートラルの実現にとって欠かせないのが、鉄鋼と石炭火力の脱炭素だ。いずれも多くの石炭を使うため、CO2の排出量が多い。経済産業省は8月24日、脱炭素技術の開発を支援する総額2兆円の基金から、水素や電気から鉄をつくる製鉄技術に対し1,935億円、石炭火力にかわるアンモニア発電に688億円をあてる方針を決めた。
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鉄鋼業界は自動車や鉄道、建設などあらゆる産業に鋼材を供給している。
戦後、海外にも輸出を拡大させ、2018年時点での国内総出荷額は19兆円、22万人の雇用を抱えている。最大手の日本製鉄は、前身の新日本製鉄から3人の経団連会長を輩出するなど、鉄鋼業界は長らく日本の経済成長を支えてきた。
日本経済を支える鉄鋼業界が抱える最大の課題が脱炭素だ。
製鉄の過程で多くのCO2を排出するため、日本全体の排出量のうち14%を占めており、産業部門でもっとも排出量が多い。
日本の製鉄技術は「世界でも最高水準」とされ、普通鋼板の3倍の強さを持つ超ハイテン鋼板やEVモータの性能を左右する電磁鋼板など、高級綱で高いシェアを持つ。
また日本が強みを持つ高級綱は、脱炭素社会においても欠かせない。IEA(国際エネルギー機関)は、2050年における自動車分野での鉄鋼需要は年間約2〜3億トンと予測し、また洋上風力の基礎などで大きな鉄鋼需要が見込まれている。
一方、トヨタ自動車が直接取引する主要部品メーカーに対し、2021年のCO2排出量を前年比3%減らすよう求めるなど、サプライチェーン全体の脱炭素化を目指す企業は増加中だ。トヨタに連なる素材メーカーは3万社ともいわれており、日本の鉄鋼各社はたとえ高級綱であっても、グリーンでなければ取引先から外され、ビジネス機会を失うかもしれないという危機感が高まっている。
IEAでは、製造工程で排出されるCO2が実質ゼロである「グリーンスチール」の市場が、2050年時点で約5億トンになると予測。2070年にはほぼすべてがグリーンスチールにとって代わるという。
鉄鋼業界にとって、脱炭素は喫緊の課題なのだ。
なぜ、鉄鋼業界はCO2排出が多いのか。その理由は製鉄技術の「高炉法」にある。
日本では鉄鉱石に石炭を原料とするコークスを混ぜて、酸素を取り除く「還元」で製鉄する高炉法から、粗鋼生産の70%が生産されている。高炉設備は耐久性があり、高級綱の大量生産が可能だというメリットを持ち、日本の製鉄技術の根幹である。
しかし、この高炉法には、1トンの鉄をつくるのに約2トンのCO2を発生させてしまうという大きな課題がある。そのため、「不変の製鉄法」とされた高炉法からの大転換を図らなければ、日本の脱炭素は実現できないとさえ言われている。
政府は2020年12月、グリーン成長戦略をまとめる。その中で、石炭を使う高炉と比べ70%削減できるとされる、鉄スクラップを溶かして再利用し、電気を使って鉄をつくる「電炉法」の技術革新や、高炉排ガスからCO2を回収し、再利用するCCUS、そして石炭からつくるコークスに代わって、水素から鉄をつくる「水素還元製鉄」を脱炭素の切り札に掲げた。
政府方針を受け、鉄鋼業界も対応を迫られている。
2021年2月、鉄鋼連盟はCO2実質ゼロ目標を従来の「2100年」から「2050年」へと50年前倒しした。3月には、業界最大手の日本製鉄が2050年脱炭素の目標を掲げ、研究開発に5,000億円以上を投じると発表し、JEFホールディングス、神戸製鋼所も相次ぎ2050年脱炭素を表明した。
政府や鉄鋼各社が、脱炭素への切り札と位置づけるのが、先の電炉法と水素還元製鉄の2つだ。
まず電炉だが、鉄スクラップには不純物が含まれているため、生産する鉄の品質が低いという課題がある。そこで、不純物を除去する技術開発によって、電炉でも自動車向けなどの高級綱を大量生産しようというもの。日本製鉄では2030年までに年間の粗鋼生産能力400万トンと高炉に匹敵する電炉を建設する計画だ。
水素還元製鉄は、水素で鉄鉱石から酸素を取り除くため水しか発生しないため、「ゼロカーボン・スチール」の実現に向けた切り札として期待値が高い。しかし、水素による還元は熱を吸収するため高炉が冷える、あるいは生産性が落ちるという課題があり、300年以上の歴史を持つ製鉄法を根本から変える「史上初のチャレンジ」とされている。
実用化に向けては、世界に先駆け2008年から日本製鉄やJFEスチール、神戸製鋼所などが共同で研究開発を進めている。COURSE50(CO2 Ultimate Reduction System for Cool Earth 50)と呼ばれるプロジェクトでは、コークスと水素の両方を使う方法で、CO2排出量の10%削減が可能だと検証済みだ。
政府も、世界に先駆け水素還元製鉄などを確立し、グリーンな高級綱に特化した生産・供給体制を構築することが、日本の鉄鋼業の「勝ち筋」だと定めている。
しかし、これら革新技術の開発には、新たな設備の建設など巨額な投資が必要だ。また、海外メーカーとの開発競争も激化しつつある。
世界大手のアルセロール・ミッタルは水素還元製鉄などの実用化に向け、およそ5兆円の投資を行うと表明している。アルセロールを抜き、世界最大手となった中国の宝武鋼鉄集団も水素を使った製鉄技術の開発に取り組む。
日本製鉄の橋本英二社長は4〜5兆円の費用がかかるとし、経産省の基本政策分科会などで「カーボンニュートラルの実現は、どれだけ研究開発に費用とマンパワーをかけられるかだ。政府の理解を得て支援をいただきたい」と繰り返し述べてきた。
こうした中、経産省は8月24日、第5回 産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト部会 エネルギー構造転換分野ワーキンググループにおいて、脱炭素技術の開発を支援する総額2兆円の基金から、鉄鋼の脱炭素に向け、総額1,935億円を支援することを決めた。2026年までに小規模試験炉で約50%のCO2削減を実現させるといった目標を掲げている。
経産省は鉄鋼への支援とともに、石炭火力にかわるアンモニア発電に688億円をあてる方針を決めた。
石炭火力もまたCO2排出量が多く、ヨーロッパを中心に全面廃止の動きが広がっており、フランスは2022年、イギリス2024年、ドイツは2038年までに廃止する方針だ。
日本においても、2030年までに効率の悪い石炭火力を廃止する方針だが、2020年7月時点でもまだ150基の発電所があり、電源の32%を占めている。さらに、天候などで出力が変動する再生可能エネルギーを調整する役割があるとして、2030年時点でも19%の電源を残さざるを得ない状況だ。そのため、石炭に代わり、燃焼時にCO2を排出しないアンモニア発電の実用化が急がれている。
アンモニアは多少の圧力を加えれば常温で管理できるため、大量輸送や貯蔵に既存のインフラが使えるという利点がある。政府は2016年ごろから世界に先駆け、石炭にアンモニアを混ぜて発電させる実証試験を支援しており、大手電力会社の石炭火力すべてにアンモニアを20%混焼すれば、CO2排出量を1割削減でき、100%にすれば電力部門の5割を削減できると試算する。
また発電コストも、水素発電が10%混焼で1kWhあたり20.9円、100%で97.3円に対し、アンモニアは20%混焼で12.9円、100%で23.5円と安い。そのためアンモニアは、水素発電が本格実用されるまでの切り札とされ、2030年の電源構成にはじめて水素・アンモニアで1%を目指すことが盛り込まれた。
2030年の実現に向けては、石炭火力6基で20%混焼を行うことが必要だ。そこで2021年度から、JERAが持つ愛知県の碧南火力発電所で20%混焼の大規模実証がはじまっており、2024年度までに成功させる計画だ。
参考1: 実証事業を行う碧南火力発電所(愛知県碧南市)
しかし、アンモニア発電には課題も多い。
そのひとつがアンモニアの生産量の少なさだ。世界全体の生産量は年間約2億トンで、貿易量は約2,000万トンにとどまる。日本のアンモニア消費量は2019年で約108万トン、そのうち2割をインドネシアやマレーシアなどからの輸入に頼っている状況だ。
一方、20 %混焼だけでもアンモニアの消費量は約2,000万トンにのぼり、世界の貿易量に匹敵する。100%になれば約1億トンと世界生産量の半分を消費する計算で、アンモニアの生産量がまったく足りない。
本格導入に向けては、日本が世界規模で生産体制を拡大し、火力発電比率の高いアジア各国にも導入を働きかけながら、大規模な需要をつくり出さなければならない。政府はグリーン成長戦略において、世界のアンモニア生産、利用に向けてイニシアティブを取るという絵姿を描いている。
また、アンモニアはその製造過程でCO2を排出してしまうという課題もある。
天然ガスなど化石燃料から水素をつくり、窒素と反応させて合成するのが一般的だ。アンモニアを完全な脱炭素燃料とするには、再エネを使った電気で水を分解してつくった水素から合成するグリーンアンモニアの合成技術が欠かせない。
さらにアンモニア発電には、燃焼速度が低く着火が難しい、多くのNOxが発生するといった課題もある。
そこで経産省は石炭火力でのアンモニア混焼やガスタービンでの専焼技術の開発に456億円を投じるなど、合計688億円をあてることで、石炭火力の脱炭素を進める方針だ。
鉄鋼と石炭火力の脱炭素が実現できなければ、日本のカーボンニュートラルの達成も危ぶまれる。
しかし、水素還元製鉄やアンモニア発電などを日本発の脱炭素技術として確立できれば、新たな成長の原動力ともなる。経産省では約2,620億円の予算を投じ、鉄鋼と石炭火力の大転換を促す考えだ。
(Text:藤村朋弘)
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