かつて世界を席巻した国内半導体産業に今やその面影は殆どない。しかしパワー半導体は三菱電機、富士電機、東芝、ルネサスエレクトロニクス、ロームの5社が世界的な大手として今も活躍している。
EVの普及とともに今後市場の拡大が予想されるパワー半導体について、開発・製造を手掛ける国内5社を株価の比較とともに解説する。
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EVの普及予想や脱炭素の加速とともに、“パワー半導体は脱炭素の鍵を握る製品”と紹介されるケースが増えている。パワー半導体は“直流を交流にする”、“電圧を下げる”など電力制御を行う半導体だ。電力制御は古くから電子部品のダイオードやトランジスタで行われてきたが、一定の電力ロスが生じる。パワー半導体を利用することで、従来に比べ電力ロスを抑えた電力制御が可能となる。電力消費を抑制できるパワー半導体は脱炭素に欠かせない製品であり、電気自動車にも必要不可欠だ。
“半導体”という名前が付くものの、パワー半導体はダイオードやトランジスタの代替品として利用されるため電子部品に近い。また半導体には莫大な設備投資が必要だが、パワー半導体はCPUやメモリーに比べ設備投資額を大幅に抑えることができる。毎年数千億円から兆円単位の投資が必要となるメモリー投資やロジック半導体(CPU)に比べ、パワー半導体に注力する富士電機の2023年までの4年間の投資額は1,200億円である(当初5年の計画を1年前倒し)。
かつて世界を席巻した国内半導体メーカーに現在その面影は殆ど残っていないが、パワー半導体は今も国内企業が世界的な有力企業として存在する。ただし世界No.1のパワー半導体企業はドイツのインフィニオン・テクノロジーズ(Infineon Technologies AG、フランクフルト証券取引所:IFX)であり、国内勢はトップを取れていない。
矢野経済研究所の予想では、2021年までパワー半導体の世界市場は170億ドル前後で推移するが、2022年からコロナ禍の影響を脱し市場成長が予想されている。2023年には市場規模が200億ドルに到達する予想である。
また次世代のパワー半導体原料であるSiC(シリコンカーバイド)製のパワー半導体は、2022年から着実な市場拡大が予想されている。ただし当面はこれまで通りSi(シリコン)製中心の出荷が見込まれている。
パワー半導体の主な用途は「情報通信」「民政」「産業」「自動車」の4分野だが、「自動車」向けのパワー半導体市場が大きく伸びる予想であり、「自動車」=EV向けの市場の伸びがパワー半導体市場全体の伸びを牽引する。
市場動向調査会社の英Omdiaによると2015年から2020年までのパワー半導体企業の売上トップ10は下記と発表されている。
国内勢は3位三菱電機、5位富士電機、6位東芝、7位ルネサスエレクトロニクスが登場する。また電子部品としてのパワーダイオードも含む場合は10位にロームが入る。
上記のように、今でもパワー半導体市場では国内メーカーが一定の存在感を発揮している。ただし1位、2位は海外勢であり、3位の三菱電機は国内第1位ながらパワー半導体専業メーカーではない。(尚、三菱電機は半導体事業を分社化する際にパワー半導体事業は手元に残した経緯がある。また三菱電機から分社化された半導体事業を源流の一つに持つルネサスエレクトロニクスも現在は世界的なパワー半導体メーカーとなっている)
国内パワー半導体各社の状況は下記となっている。
・三菱電機<6503>
国内パワー半導体最大手。シャープの広島県福山市の半導体工場を買い取り、本年11月からパワー半導体の工場として再稼働を予定するなど、パワー半導体への投資を積極化している。
パワー半導体が属する電子デバイスセグメントは2021年3月期売上高2,052億円(対前年同期比▲2%減)、営業利益62億円(対前年同期比▲24億円)である。
・富士電機<6504>
2023年度までの中期経営計画において売上高1兆円、営業利益800億円を計画している(2021年3月期売上高8,759億円、営業利益485億円)。中期経営計画の達成はパワー半導体の成長が鍵を握る状態であり、2023年までの5年間で1,200億円の投資計画を、4年間に前倒しを表明し実施している。
パワー半導体が属する半導体セグメントは2021年3月期売上高1,575億円、営業利益177億円である。
・東芝<6502>
パワー半導体最大手のインフィニオンに続き、大口径の300mmラインの稼働を2023年上期に予定している。2019年から2023年度の5年間で総額1,000億円の投資を行い、2023年度にはパワー半導体の元となる素子の生産能力を2020年度比で約1.3倍にする。
半導体事業について、メモリー事業はキオクシアとして分社化したがパワー半導体は現在も東芝本体で手掛けている。
尚、2021年3月期のパワー半導体部門が属する半導体事業は売上高3,133億円、営業利益137億円。
・ルネサスエレクトロニクス<6723>
自動車メーカーを取引先に多く持つ半導体(主にマイコン)メーカー。売上の48%(3,410億円)が自動車向け事業の同社は、EVの急速な普及を背景にマイコン及びパワー半導体の出荷増による成長を目指している。
・ローム<6963>
パワー半導体市場への参入は後発ながら、今後本格的な拡大が見込まれるSiC(炭化ケイ素、シリコンカーバイド)のパワー半導体に特化する形で事業を行う。2025年までにSiC市場において世界シェア30%を得るという目標を持ち、2025年までに合計600億円の投資により生産能力を17倍に向上させる計画に基づき事業を進めている。SiCウエハーは競合にも提供することでSiC市場自体の拡大を促す。
上記で取り上げた国内パワー半導体銘柄の予想PERとPBRは下記となっている。(2021年10月18日終値)
銘柄 | 予想PER | PBR |
三菱電機<6503> | 16倍 | 1.2倍 |
富士電機<6504> | 17倍 | 1.7倍 |
東芝<6502> | -倍 | 1.9倍 |
ルネサスエレクトロニクス<6723> | -倍 | 2.6倍 |
ローム<6963> | 28倍 | 1.2倍 |
尚、2022年3月期決算について当期純利益予想の開示がなされていない東芝とルネサスは予想PERが算出できない。
上記のうちロームは半導体銘柄の一角として約30倍の高PER銘柄だ。また三菱電機と富士電機は予想PER16~17倍であり類似の水準である。
ただし予想PERは5銘柄の中で、算出不可2銘柄、高倍率1銘柄のため、パワー半導体銘柄の標準数値を探るには材料不足だ。
一方でPBRを見ると、三菱電機1.2倍からルネサスエレクトロニクス2.6倍の間に収まる。経営危機後に大規模な増資を行った東芝(1.9倍)や投資ファンドが関与する(株式の20.26%を持つ筆頭株主は株式会社INCJ、旧産業革新機構)ルネサスエレクトロニクス(2.6倍)を除くと、パワー半導体銘柄のPBRは1.2~1.7倍の間にある。
東証1部全銘柄の平均PBRは1.34倍(2021年10月18日終値)であり、特殊要因のない三菱電機(1.2倍)、富士電機(1.7倍)、ローム(1.2倍)の中では、PBR1.7倍の富士電機が若干買われ過ぎの状態にあるといえよう。
国内パワー半導体の5銘柄の株価の値動きについて、2020年以降のTOPIXと比較したチャートが下記である。
(TOPIX-黒、ルネサス-紫、富士電機-緑、東芝-青、ローム-赤、三菱電機-水)
TOPIXに比べパフォーマンスが劣後するのはローム<6963>と三菱電機<6503>である。ただし三菱電機は検査不正などの不祥事が発覚した2021年7月以降の株価下落が顕著であり、同銘柄の下落は個別要因によるものと考えられる。
一方でTOPIXを上回る銘柄では、上昇率1位のルネサスエレクトロニクス<6723>は本年の海外企業のM&A(Dialog社、2021年2月発表)やそれにともなう第三者割当増資が材料視されての上昇が否定できない。ルネサスエレクトロニクスを除くと、上昇率2位である富士電機の上昇率が他の銘柄を引き離している。
個別事情のあるルネサスエレクトロニクスを除くと2020年以降のパワー半導体関連銘柄では、富士電機のパフォーマンスが最も良好だ。
また2021年1月以降の同様のチャートは下記である。
2021年1月以降では東芝<6502>のパフォーマンスが1位である。ただし東芝は2022年3月期の増配(2021年6月に発表)という個別事情がある。そして第2位は2020年以降と同様に富士電機だ。
2020年以降と2021年以降のパワー半導体銘柄の株価推移を見ると、富士電機が安定的に良好な株価推移を見せており、パワー半導体事業の成長を織り込みつつあると考えることができる。
パワー半導体は半導体の中でも電子部品に近く、CPUやメモリーに比べると地味な存在だ。しかし国内企業が今も世界で互角に戦う分野であり、更にEV市場の拡大とともに今後の市場の拡大が予想されている。
国内にはパワー半導体の専業会社はないものの、世界的大手企業が多数存在する。株価の面では個別の銘柄の事情で左右されている面があるが、三菱電機に次いでパワー半導体事業の規模が大きい富士電機は2020年以降安定的に良好なパフォーマンスを維持している。
EVの普及とともにパワー半導体市場の拡大が予想されており、今後もパワー半導体への注目は高まると考えられる。市場拡大を追い風に業績が向上して株価も上昇することになるのか、国内パワー半導体銘柄の動向は引き続き注目されることになりそうだ。
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