日本でもシェル石油でお馴染みのロイヤル・ダッチ・シェル。製油所は世界47以上を持ち、グループ企業は145の国にあるスーパー石油メジャーだ。そのシェルが、オフカーボンへの取り組みを強化している。石油メジャーの次の狙いは何か。日本サスティナブル・エナジー株式会社の大野嘉久氏が解説する。
創業186年の歴史を持つ超石油メジャー
英蘭系石油大手ロイヤル・ダッチ・シェルは1907年に設立されてから今年で112年目となる老舗企業だが、その母体となった事業の創設から通算すると186年にもなる。
しかしただ古いだけでなく、2018年には世界最高額となる160億ドル(約1兆7,400億円)を株主に支払った世界有数の優良企業でもあるうえ、さらに過去70年間にわたり一度も減配していないという。この比類なき盤石な利益体質を築き上げた石油メジャーはいま、地球温暖化への対策や各国で急速に進むEV化など、化石燃料に対する逆風に向かうための事業再構築に挑んでいる。
既存事業については需給動向を見極めつつ、"新規エネルギー事業"を広く展開
シェルは天然ガスの生産量と販売量では世界最大を誇り、2015年には英天然ガス生産事業大手のBGグループを470億ポンド(約8兆4,000億円)で買収した。また石油については2019年6月に米メキシコ湾の深海油田開発に24億ドル(約2,611億円)の投資を決めている。同月には2025年までに35もの新規油田・天然ガス田の開発プロジェクトに着手する計画を明らかにするなど、同社は石油・ガス事業への積極姿勢を少しも崩していないが、それらの投資については需給動向を限界まで見極め、「過剰投資も過少投資も容赦しない」という厳しい姿勢で臨んでいる。
ベン・ファン・ブールデン最高経営責任者(CEO)は2019年10月、ロイター通信のインタビューにおいて「環境活動家などは様々な予測を発表しているが、世界的な石油および天然ガスの需要がなくなることはないので、新規の投資を続けることは合理的である」と、化石燃料に反対する風潮にのって安易に投資規模を縮小させることに警鐘を鳴らした。
しかしその反面、「見通しを誤って既に需要がなくなった製品に投資してしまうと、主力事業を想定より早く手放すことになる」と、過剰投資を慎む判断力も持たなければならないことも指摘した。
その一方で、地球温暖化対策にもコミットしている。シェルは販売する石油製品の温室効果ガス排出係数を2035年までに現在の20%減、2050年までに50%減へ引き下げる目標を2017年に発表しており、具体的には電力・風力発電・太陽光発電・エネルギーアクセス(未電化地域への電力供給)・EV充電・燃料電池車・バイオ燃料などを従来の事業に代わる「新規エネルギー事業(New Energies)」として位置づけている。目下、この達成に向けて低炭素エネルギー技術を開発するために年間あたり20億ドル (約2,180億円)を投資しており、世界中の有望なエネルギー技術に対して投資や事業提携などのかたちで技術開発を進めている。もはや従来の姿であった“石油・ガス会社”からは一線を画していると言って良いだろう。
その新規事業の中心となっているのが2016年に設立された「Shell New Energies」であり、手掛ける分野は「次世代燃料」および「電力(発電、売電、買電、配電の全て)」の二つに大別される。このほか「Shell Energy Inside」、「Shell Ventures」、そして「Shell Energy Retail Limited」が、シェルの新規エネルギー事業を展開する組織となっている。
電力事業をめぐる幅広い展開
実際に、シェルは、電力事業に対して、幅広い事業を展開している。以下、どのような状況なのか、紹介していく。
●小売り 電力事業として最初に手掛けたのは“First Utility”として知られる英国の電力・ガス小売り業者Impelloの買収であり、2018年2月9日をもってシェル・ペトロリアムの完全子会社とした。 しかしFirst Utilityはシェルに買収されてから価格競争力が大幅に落ちてしまい、805,000件あった顧客のうち7%に相当する55,000件が離脱してしまった。その後も離脱は続き、ピーク時の920,000件と比べると多くの顧客を失ってしまったので、この買収は失敗だったとの評価も見受けられた。
しかしシェル傘下となったFirst Utilityはそののち、再生可能エネルギー100%の電力供給やEV充電割引、3年間の固定価格メニューを選んだ顧客へのサーモスタット無料設置、そしてシェルの給油所における月あたりガソリン60リットル分の無料給油など様々な販促キャンペーンを展開した結果、2019年5月には顧客数が700,000件以上にまで戻っている。したがって買収後に落ち込んでしまった同事業も今後は伸びが期待できると見て良いだろう。
●スマートホーム 2018年11月にはShell New Energies社が、スマートホーム事業者の米GridPointおよびサブスクリプション・サービスのプラットフォームを提供する米Sparkfundと共同で、HVAC照明や電力貯蔵、EV充電、スマート制御、デマンドレスポンスなど一般消費者に近いスマート・エネルギー事業を開始した。そして同じくスマートホーム技術において、2019年10月に次世代ヒートポンプを用いた家庭用暖房技術を開発している英PassivSystems社とともにB-Snugというハイブリッド暖房システムの販売を開始した。
●データ・センター冷却技術 データ・センターを冷却するための電力は世界の電力消費の3~5%を占めているとされ、IT機器の効率的な冷却技術が望まれていることを背景に、シェルは革新的な冷却技術を開発している蘭Asperitas社に2019年9月、出資した。大量の冷気が必要なため、大手IT企業はフィンランドなどの寒冷地にデータ・センターを設置するケースも少なくないが、Asperitasは「室内の空気を冷やすのではなく、液体冷媒でより高率的に冷却する」という技術を実用化している。
●電力貯蔵 シェルは2018年5月、家庭用電力貯蔵設備のリーディングカンパニーである独ソネン(sonnen)に6,000万ユーロ(約72億円)を投資していたが、その一年後となる2019年5月には残りの株式をGEベンチャーや他のファンドから買い取り、完全子会社化した。ソネンは2017年の時点で40,000個の家庭用電池を世界中に販売している業界大手であり、シェルは同社を迎え入れることでスマート・エネルギー事業の強化を狙う。
電力貯蔵においては、シェルはこのほかにも2019年8月に電池の制御システムを販売しているカナダのCorvus Energyへ投資しており、これによって先に買収したsonnenのシナジー効果を高める見通し。
●太陽光発電 シェルは2018年1月に米国で880MW相当の太陽光発電事業を展開しているSilicon Ranchの株式43.83%を取得したほか、東南アジアやインドにおいて太陽光発電資産を有するシンガポールのCleantech Solarについても、49%の株式を2018年12月に取得した。またインドでも屋根置き型太陽光発電事業を進めているOrb Energy社の株式20%を買い取っている。
シェルは2002年に独シーメンスから太陽光発電機器事業を買収し、一時は世界的にも有力なサプライヤーとなっていたが、2008年に売却を余儀なくされた経緯がある。そのため、今回のSilicon Ranchへの投資はシェルにとって12年ぶりの太陽光発電マーケットへの復帰となった。
●風力発電 2018年10月、シェルは独電力大手イノジーおよびデンマークの洋上風力発電機器開発会社Stiesdal Offshore Technologies(SOT)と共に、SOT社が開発した浮上型洋上風力発電用架台の実用化に向けて総額1,800万ユーロ(約21億円)を投資すると発表した。持ち株比率はシェルとイノジーがそれぞれ33%、SOTが34%。
海上に設置される風力発電設備は一般的に陸上よりも強い風が安定して吹くため風況はよいものの、海底への固定が必要となることで水深50メートルが限界とされていた。浮上型の洋上風力設備も開発されたが、コストや安定性の面が課題とされ、普及が進まないのが現状であった。しかしこのたび、シーメンス・ウィンド・パワーの最高技術責任者(CTO)を務めていたHenrik Stiesdal氏が独自に開発した「インフロート」技術により、50メートルに制限されていた水深がもっと深くまで可能となった。さらに運搬や組み立てを大幅に簡略化したことでコストも引き下げられた。
このシェルらの投資により、2019年にノルウェー沖10キロ、水深200メートルの地点で実証試験に乗り出すことが可能となった。試験機の出力は3.6MWで、シーメンス・ガメサが製造する(SOT社は設計のみ)。
●次世代モビリティ 2017年10月、シェルは蘭EV充電大手NewMotionを取得した。同社はV2G(Vehicle-to-Grid、EVから電力系統への送電)などのスマート・チャージングについての高い技術を持っているほか、欧州全体に3万箇所以上のEV充電スタンドを設置しており、シェルとは高速充電技術の開発にも参画するという。またEV充電では他に米Greenlotsも2019年1月に買収している。
20世紀には車を動かす燃料の供給に徹していたシェルが、21世紀になって自動車そのものの技術にも広く関わっていることは象徴的である。他にも2018年12月に燃料電池車向けの水素圧力技術を開発している蘭High-Yield Energy Technologiesへの投資や、自動運転関連技術の米Sense Photonics、英・イスラエルRavin.AIそして米Auroraへの投資に乗り出している。
●AI、ブロックチェーン シェルは人工知能(AI)やブロックチェーンなどの最新技術をエネルギー事業に活用する事業も支援している。2019年1月には分散型エネルギー源(DER)と組み合わせてリアルタイムで需給を調整するAI技術を開発している米AutoGridに出資したほか、2019年7月には自動的なプログラミング実行機能を備えた改良型ブロックチェーン“イーサリアム”をマイクログリッドにおける電力取引に活用している米LO3 Energyにも投資している。
注目は、各事業の見極めか
電力事業以外に、新燃料事業にも取り組んでいる。シェルはガス事業会社である仏エア・リキード、燃料開発会社のカナダEnerkem、化学品メーカー、蘭ヌーリオンそしてロッテルダム港と共同で、廃棄物を化学品と燃料にリサイクルするWaste-to-Chemicals (W2C)事業に出資すると発表した。各社の持ち株比率は同じ。このプラントが完成すると、36万トンの産業廃棄物から22万トンのメタノールが生成され、化学品および燃料として再利用することができる。
以上のとおり、シェルは再生可能エネルギーや自動車などにおいて手広く投資しており、現時点でその数は45件にのぼる。これほどの種類と数のエネルギー技術開発に同時進行で乗り出した企業は、これまで例を見ないのではなかろうか。
つまり、シェルは石油や天然ガスへの投資で見せた厳しい姿勢とは逆に、今の段階では有望と睨んだエネルギー技術に対しては国や分野にこだわらず広く支援している「寛容なエンジェル」としてふるまっているように見える。しかし、それは今が“種を撒く”段階だからであり、恐らく今後はその中から中核として本体に残す事業を選別し、それ以外は売却するのではないか。そして残された事業は現在の石油・ガスと同じような非常にシビアな管理がなされるが、それが21世紀におけるシェルの姿になるであろう。