脱炭素で深まる“企業間格差”と“自治体間格差”とは | EnergyShift

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脱炭素で深まる“企業間格差”と“自治体間格差”とは

脱炭素で深まる“企業間格差”と“自治体間格差”とは

2021年09月16日

2050年カーボンニュートラルに向けて、民間も自治体も動き出している。企業の温室効果ガス排出削減の主要な取組みとしてサプライチェーン対策が注目されるようになり、中小企業も脱炭素への取組みの重要性が高まった。一方、全国の基礎自治体にとっても、産業政策としての脱炭素は重要なものとなっており、政府も力を入れ始めている。こうした動きについて、日本再生可能エネルギー総合研究所の北村和也氏が解説する。

カーボンニュートラルに向け、落ち着き始める

2020年10月末の政府のカーボンニュートラル宣言は、久しぶりに日本が発信したポジティブなインパクトであった。発した主役は早くも権力の舞台から消えようとしているが、皮肉なことに脱炭素の意義はさらに強くなっている。

当初、一種のパニックに陥ったような企業や自治体の動きが、ここにきてやや落ち着きを見せてきている。

カーボンニュートラルって何だ? と大慌てだった時期を経て、さて具体的にどうしようかと冷静になってきた部分も大きい。実際にNDC(2030年の中間目標)まで9年ほど、最終ターゲットの2050年は30年近くある。本格的な検討の中で課題の整理が進んだ企業も見られる。

一方、最初から大慌てせず、いまだに何をするか考え中という会社や自治体も少なくない。背景には脱炭素を巡る情報の格差が見え隠れする。大慌てしなかったのではなく、大慌てすることもできなかった者も少なくない。

脱炭素にもある「K字」格差

K字経済という言葉を最近よく聞く。いくつかの経済の動きを示す折れ線グラフで、アルファベットのKのようにグラフの右側が上下に別れて広がる様子をビジュアルに表している。一般には、所得格差が広がり、富裕層と貧困層が二極化することを指す。つられて最近の不動産価格の動向も同様である。裕福な層が買う都心の高級マンションの値上がりが続く一方で、サラリーマンが多い郊外の戸建ての値段が下がる現象がそれにあたる。

カーボンニュートラルへの対応でも、K字化が始まっているように見える。例えば企業では、急速に再生エネ電力の確保などの手当てを進める脱炭素先進企業とこれから検討を始めるという企業の差は開く一方かもしれない。

確かに脱炭素化に必要なコストを負担する余裕の差はある。しかし、最も重要なのは脱炭素の必要性の切迫感である。

ここでは、『2つの情報』が重要となる。ひとつは、脱炭素が企業の将来に欠かせないものであることを理解する情報であり、もうひとつは政府などの施策の情報である。前者の情報はそろって「脱炭素必須」の方向を示しており、後者では、矢継ぎ早の制度変更や手厚い支援策に関する情報が含まれる。

金融が先導して示した強いシグナル

2015年のパリ協定締結の際、現地に多くの金融関係者が集って重要な決定を行った。石炭関連事業への融資を大きく制限する動きであった。その時点で企業の脱炭素は必須となった。以降、転がり落ちるようにファイナンス側による企業の選別が進んでいる。当然のように脱炭素の柱となる再生エネ関連企業の株価は上昇を続け、脱炭素と企業評価が直結するようになった。投資や融資をする側に立ってみればよくわかる。

残念ながら日本はパリ協定締結という重要な情報を当時は深刻に受け止めることができず、今、多くの日本企業は周回遅れでの競争を余儀なくされている

ここにきて、大手の、特に製造関連の会社が目の色を変えて脱炭素に取り組む姿が顕著になってきた。サプライチェーンでの脱炭素圧力が増しているからである。私が関わるある業界では、特に国際的な要請で再生エネ電力を導入するケースが飛躍的に増えている。自社製品のユーザーがカーボンニュートラルを強く求めているのである。そして、連鎖反応的に国内の企業が同調を始めている。

脱炭素は、温暖化を防ぎ地球を持続可能なものにするためという重要な目的に沿っている。一方で、企業活動の基本ともなり、その存続と直結し始めているのも事実である。

広がる脱炭素の波紋に例外なし

世界のトレンドと産業界のニーズ 出典:資源エネルギー庁
世界のトレンドと産業界のニーズ 出典:資源エネルギー庁

地方で話を聞くと、CO2フリーの製品などのニーズをまだ聞かないという声が強い。トレンドには、時間差があるのは当然である。しかし、今回の脱炭素化というトレンドは、地方や中小企業などを含めて120%拡散していく。なぜなら、必ずサプライチェーンを通じてあまねく行きわたるからである。

同じ業界の中でも、脱炭素の取り組みに落差が見られる。まだ、ユーザーからの要請を受けていないところも少なからずあって、「まあこれからで」とのんびりしている。

ただし、上図で示した「トレンドとニーズ」に例外はない。静かだった水面には、すでに脱炭素という一石が投じられている。その波紋はサプライチェーンを通じて急速に広がり続けている。

自治体の脱炭素への対応“格差”

今回のテーマは、民間企業にとどまらない。地方自治体の対応に差が見え始めている

新年度を迎えて政府の施策が次々と示された。改正温対法、地域脱炭素ロードマップなど、よく読むと2030年に向けての脱炭素の取り組みの方向性が明快に示されている。当面、2030年のNDC(中間目標)達成は、地域主導で進めるとはっきり書かれている。国はそれを全面的に支援し、それによって地域活性化が図れるとある。8月末にまとまった環境省の概算要求の目玉は「再エネ推進交付金」であり、これから選定される100を超える「先行地域」をベースに配られることになる。

 

環境省、令和4年度環境省重点施策集
出典:環境省、令和4年度環境省重点施策集

これらの施策が発表される2ヶ月以上前に、ある自治体が「先行地域」を前提とした調査事業の公募を行った。手続きなどを考えると昨年度の早い時期に動きを始めていたと推測される。驚くべき情報収集能力である。

そこまでいかずとも、地域脱炭素ロードマップは再生エネやSDGsに関心の強い自治体の間ではかなり読み込まれてきたように感じる。その傍ら、いまだ勉強にも至らない自治体も少なくない。

情報が氾濫する現代、重要かどうかの判断が将来の行く末を決める。断っておくが、先進自治体は人口規模とは重ならない。小さい村や町からも「先行地域」を目指す声が確実に上がっている。今、脱炭素のトレンドに乗れない地域は、ちょうどパリ協定の価値を正しく評価できなかった当時の日本政府に似通っている。

脱炭素の取り組みによる地域の選別

政府が進める地域主導の脱炭素施策は、みんな仲良くそろって頑張ろう、というものではない。

先行地域が100超選ばれ、そこに特別な交付金が支給されるというのは、選ばれない自治体が生まれるということでもある。国は、選別と知りながら、地方自治体に競争をあおっている。脱炭素という高いハードルを越えるためには、アメとムチという強い政策が必要だと考えているのである。

のんびりしている自治体が存在する背景にあるのは、民間企業と違って直接モノを売っていないと思っているからかもしれない。しかし、実態は違っている。

例えば、ほぼすべての自治体が大きな力を注いでいる企業立地、誘致を見てみよう。

2021年7月21日付日本経済新聞の記事に、「産業立地、脱炭素で再編 再生エネ不足なら空洞化」とある。再生エネ電源を求めて企業が工場立地を検討する実例をいくつか紹介している。海外が多いが、北海道の石狩市のように、国内でも再生エネを目玉にした企業誘致の動きは決して珍しくない。

ふと気づけば、税の優遇や水道料金などの減免などで一生懸命集めた、誘致企業がごっそりいなくなって“空洞化する工業団地”になりかねないのである。横浜市は、この恐怖から再生エネ電力のポテンシャルの高い東北地方の自治体と連携協定を結んだ。前市長は、この点に関しては先んじた眼を持っていたといえる。

自治体でも企業と同様に、脱炭素が地域の将来にかかわる重要課題なのである。

広い情報収集と的確な判断、そしてスピード感を持った対応策

脱炭素に関するK字格差は、すでに始まっている。企業も自治体もK字の上に開く側を目指さないと衰退する。

そのためには、まず、なぜ脱炭素が企業や地域に必要かという情報を正しく集める必要がある。情報はいくらでもあるが、それを選ぶことができなければ、アクセスしていないのと同じことになる。

そして、次々と変わる政府などの施策や制度のフォローも欠かせない。なぜなら、国が選別を厭(いと)わない限り、早いもの勝ちになるからである。

脱炭素の勝負には2050年というゴールがある。2030年の中間地点の重要性は何度も書いている。期限のある競争が熾烈(しれつ)さを増すのは当然である。

情報を集めた後の具体的な対応策実施の段階で、もう一度、改正温対法やロードマップが強調する地域主導を考えてもらいたい。

カギは「地域において、行政・金融機関・中核企業等が主体的に参画した体制構築」である。自治体や中核企業、さらに進出してきている会社などを含めた地域でのコラボが、強い突破力になると信じてやまない。

北村和也
北村和也

日本再生可能エネルギー総合研究所 代表、株式会社日本再生エネリンク 代表取締役。 1979年、民間放送テレビキー局勤務。ニュース、報道でエネルギー、環境関連番組など多数制作。番組「環境パノラマ図鑑」で科学技術映像祭科学技術長官賞など受賞。1999年にドイツへ留学。環境工学を学ぶ。2001年建設会社入社。環境・再生可能エネルギー事業、海外事業、PFI事業などを行う。2009年、 再生エネ技術保有ベンチャー会社にて木質バイオマスエネルギー事業に携わる。 2011年より日本再生可能エネルギー総合研究所代表。2013年より株式会社日本再生エネリンク代表取締役。2019年4月より地域活性エネルギーリンク協議会、代表理事。 現在の主な活動は、再生エネの普及のための情報の収集と発信(特にドイツを中心とした欧州情報)。再生エネ、地域の活性化の講演、執筆、エネルギー関係のテレビ番組の構成、制作。再生エネ関係の民間企業へのコンサルティング、自治体のアドバイザー。地域エネルギー会社(地域新電力、自治体新電力含む)の立ち上げ、事業支援。

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