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CO2排出に値札を! ドイツ政府、気候保護をめざす新法制定へ

CO2排出に値札を! ドイツ政府、気候保護をめざす新法制定へ

今年(2019年)10月9日に、ドイツは二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス削減のための努力を一段と強める決定を行った。この日メルケル政権は、2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で55%減らし、再生可能エネルギーが消費電力に占める比率を65%に高めるために、「連邦気候保護法」という新法を閣議決定したのだ。政府は今後連邦議会と連邦参議院で法案を審議し、今年末までに可決させる方針だ。

今後11年間でCO2排出量を35%削減へ

ドイツ連邦環境局によると、2018年のドイツの温室効果ガス排出量は約8億6,560万トンだった*1。メルケル政権はこの法案により、2030年までにCO2の年間排出量を8億6,560万トンから5億6,000万トンへ削減する方針だ。今後11年間にCO2などの排出量を約35%減らすのだ*2

重点は交通と建物

この法案の最大の特徴は、自動車や河川を航行する船などの交通部門、そして建物の暖房からのCO2の削減に力点が置かれていることだ。

2000年にシュレーダー政権が再生可能エネルギー拡大を始めて以来、ドイツのエネルギー転換の中心は電力などのエネルギー部門に置かれてきた。ドイツ政府は再生可能エネルギーによる電力の買取価格を20年間固定することによって、再エネブームを引き起こした。消費者は毎年多額の再生可能エネルギー賦課金を負担することによって、エコ電力の普及を支えてきた。

しかもEU域内の電力会社などエネルギー産業と製造業界は、2005年にEUが始めたCO2排出権取引(EU-ETS)にも参加を義務付けられている。発電所や製鉄所を運営する企業はCO2を排出する場合、原則として排出権の証書を買わなくてはならないのだ。(2012年からは、EU諸国間を飛ぶ国際線を運営する航空機会社もEU-ETSに加わった)

その結果、ドイツの太陽光や風力などの自然エネルギーが電力消費量に占める比率は、今年上半期の時点で約44%に達した。(ドイツ連邦エネルギー水道事業者連合会調べ*3

Bdewウェブサイトより*3

さらに今年1月にドイツ政府は、2038年までに褐炭と石炭を使う火力発電所を全廃する方針を明らかにしている。来年からはまず旧西ドイツを中心に、褐炭・石炭火力発電所のスイッチが切られていく。

しかし電力業界からは、「エネルギーだけではなく交通や建物の分野でも、CO2削減措置を進めるべきだ」という声が強かった。交通や建物に使われる化石燃料に白羽の矢が立ったのは、そのためだ。

交通と暖房に排出権取引を導入へ

具体的には車のためのガソリンや軽油、建物の暖房用の灯油など化石燃料を販売する企業に対し、2021年から2025年までCO2排出権証書の購入を義務づける。政府はその価格を初年度に1トンあたり10ユーロ(1,200円・1ユーロ=120円換算)に設定して毎年引き上げ、4年後には35ユーロ(4,200円)とする。

資料=2030気候保護プログラム*4から筆者が抜粋

さらに2026年以降は政府が毎年の排出量の上限を設定し、その量を毎年引き下げていく。

企業は国内の排出権取引市場での入札により、排出権証書を購入する。つまり2026年からは、交通と建物部門のCO2価格が、需要と供給という市場メカニズムで決められるのだ。ただし政府は最低価格を35ユーロ、最高価格を60ユーロに設定する。

ドイツの経済界、学界では「排出権取引によるCO2削減は、国民経済への負担が最も少ない」という意見が有力だった。その理由は、企業がCO2排出量を減らす上で、自社に最も適した方法を自由に選ぶことができるからだ。企業にとっては、CO2排出量を減らせば排出権証書を買うコストを節約できるので、収益が増える。政府による禁止措置よりは、CO2削減のコストは相対的に少なくて済むわけだ。

さらにメルケル政権は、まず国内で始める交通と建物の排出権取引を、EU-ETSにも含めるべくEUと交渉を行う予定だ。

建築:建物の暖房効率改善へ大きな一歩

もう一つ画期的なのは、メルケル政権が、建物の密閉性を高めて暖房効率を改善するための費用について、課税対象額からの控除を始めることだ。

ドイツには19世紀末から20世紀初頭に建てられ、第二次世界大戦での空襲による破壊を免れた建物が多く残っている。これらの建物は、今もアパートやオフィスとして使われている。こうした建物は天井が高く、今日のアパートにはない歴史の重みを感じさせるので、市民の間でも人気がある。

しかし古いアパートでは、21世紀に建てられたアパートとは異なり、窓などの密封性が悪い。特に冬のすきま風は大きな問題だ。

このため暖房効率を高め、灯油などの消費量、そしてCO2排出量を減らすためには、窓の密封性を高める工事を行う必要がある。だが改修工事には多額のコストがかかるため、古い建物の暖房効率改善はなかなか進んでいなかった。

こうしたリフォームにかかった費用を、所得税の課税対象額から控除することが許されれば、暖房効率の引き上げによって所得税を節約できることになる。この点は、メルケル政権の英断である。

また灯油を使う暖房装置を再生可能エネルギーによる熱を使う暖房装置などに更新するための費用も、政府が40%まで補助する。2026年以降は、灯油を使った暖房装置の新設は禁止される。

モビリティ:空の旅を割高に、列車の旅を割安に

今回の法案は、モビリティ革命のための第一歩だ。たとえば国内で移動する際に飛行機ではなく列車を使う市民を増やすために、列車の切符の付加価値税を19%から7%に引き下げる。逆に国内便の航空運賃を新税により割高にする。

つまりドイツ国内では空の旅のコストが増え、列車による旅が割安になるのだ。

しかし、現在のドイツの鉄道網では、利用客の大幅な増加に対応できない。近年ドイツの長距離鉄道では、列車の遅れが目立ち乗客の不満が高まっている。

そこで連邦政府とドイツ鉄道会社(DB)は、2030年までに鉄道網の更新、拡充のために総額860億ユーロ(10兆3,200億円)を投資する。また連邦政府はすでにDBの大株主だが、2020年から2030年までに毎年10億ユーロ(1,200億円)ずつ増資する。これによってDBが鉄道網の拡充に多額の投資を行えるようにする。

ドイツの都市部では米国と比べると、バスや路面電車など公共交通機関が発達しているが、メルケル政権は今後マイカーの使用を減らすために、公共交通機関をさらに充実させる。

たとえば連邦政府は公共交通機関を拡充して市民にとって魅力的にするために、2021年から毎年10億ユーロを投資する。2025年以降は、毎年の投資額を20億ユーロに倍増させる。公共交通機関の拡大に際しては、CO2排出量が少ない路面電車を優先する。さらに市バスなどをEV、もしくは水素自動車に変更するための助成も強化する。

EV:EV拡大へ向けた野心的な計画

メルケル政権は電気自動車(EV)普及についても野心的な計画を打ち出した。ドイツ連邦自動車局によると今年7月の時点では、ドイツで走っているEVの数は約8万3,000台にすぎない*5。その理由は充電スタンドが少ないことと、内燃機関を使った車に比べて価格が高いことだ。

政府は2030年までにEVの数を1,000万台まで引き上げる方針だ。そのために充電ポイントの数を現在の約1万7,000個(ドイツ連邦エネルギー水道事業者連合会調べ*6)から2030年には100万個に増やす。

また物資の長距離輸送に使われるトラックについても、非炭素化の努力を強める。連邦政府はトラックについてEV、水素自動車の調達を支援し、そのための充電・燃料補給施設の建設を助成する。メルケル政権は、2030年までに道路の貨物輸送の3分の1を、電化されたトラックなどによりカバーするという目標を打ち出している。

CO2排出量がゼロ、または少ないトラックについては、高速道路料金を引き下げる。逆に2023年からはCO2排出量が多いトラックの高速道路料金を引き上げる予定だ。

市民の負担軽減策を実施へ

さてガソリンや軽油の値段が上がると、車で職場に通う市民の負担が増大する。ドイツでは郊外に住んで、毎日車で都市の職場へ通う市民が少なくない。

また冬の寒さが厳しい北国ドイツでは、暖房のための灯油の値上げは市民の懐を直撃する。庶民の間では「地球温暖化に歯止めをかけるために、我々の出費が増えて生活が苦しくなるのは、不当だ」という批判が上がる可能性がある。

隣国フランスは、すでに苦い経験を持っている。2018年秋にマクロン政権が、「自動車燃料の環境税を2019年1月1日から引き上げる」という方針を発表したところ、市民の抗議デモが全国に拡大した。首都パリでは、暴徒が凱旋門など歴史的文化遺産を傷つけたり、高級ブティックを破壊するなどして、大きな被害が出た。マクロン大統領は環境税の引き上げ措置を延期せざるを得なかった。

ドイツの政治家の間では、この「黄色いベストの乱」の苦い経験から「燃料引き上げの際には、市民の負担軽減が極めて重要だ」という意識が浸透している。

このためメルケル政権は、今回の法案の中に、低所得層の市民の負担を軽減するための様々な措置を盛り込んだ。

政府はガソリン、軽油、灯油の価格上昇による負担を緩和するために、電力料金に含まれている再生可能エネルギー拡大のための賦課金を引き下げる。引き下げは2021年から始まり、1kWhあたりの再エネ賦課金を毎年0.25セント(約3円)ずつ減らす。

また長期失業などの理由で、国から家賃補助を受けている低所得層を対象に、暖房費の上昇の影響を和らげるために、家賃補助金を10%増額する。さらに車で職場へ通う市民が、通勤にかかる燃料費などをこれまでよりも多く課税対象額から控除できるようにする。

現在でもドイツの所得税法には、職場からの距離に応じて課税対象額が減る制度がある(ドイツ語でPendlerpauschaleと呼ばれる)。現在その額は、通勤距離1kmあたり30セント(約36円)だ。たとえば職場から50km離れた所に住んでいる市民の1日の控除額は15ユーロ。上限は、毎年4,500ユーロ(54万円)。ドイツではサラリーマンも含めて毎年納税申告を行わなくてはならないが、税務署にこの通勤距離を申告すれば、その分税金が安くなるわけだ。(ドイツの会社では日本と異なり、通勤のための定期代が会社から社員に支給される制度はない)

メルケル政権は、市民の負担軽減措置の一環として、2021年1月1日から2026年12月31日までは、通勤距離1kmから20kmまで30セントとし、21km以上の部分については35セントに引き上げる。つまり課税対象額から控除できる金額が増えるわけだ。*7

この記事の著者

熊谷 徹(くまがい・とおる)

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。
ホームページ: http: //www.tkumagai.de
メールアドレス:Box _ 2@tkumagai.de Twitter:@ToruKumagai

Facebook:https://www.facebook.com/toru.kumagai.92/
ミクシーでも実名で記事を公開中。


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