ドイツでは、2020年に電気自動車(EV)の販売台数が急増した。実に昨年比で3.6倍の多さでEV+PHVの新車が売れている。日本にいると想像つかない数になる。その背景には、政府の補助金だけではなく、インフラの整備など、さまざまな施策がある。なぜ、ドイツはEVの導入が進んでいるのか、ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏が報告する。
ディーゼル・ガソリン大国だったドイツに、突然電気自動車(EV)ブームがやって来た。同国は、モビリティー電化の時代へ向けて、大きな一歩を踏み出した。
なお、本稿では、ドイツ政府の定義に基づき、バッテリーだけを使う電気自動車=BEVと、基本的にバッテリーで走行し、補助的に内燃機関を使うプラグインハイブリッド=PHVをEVと呼ぶ。
私が住むミュンヘンでは、地元の公営電力販売会社(シュタットヴェルケ・ミュンヘン=SWM)が歩道に設置した充電スタンドにケーブルを接続して、充電中の車を見かけることが増えた。ドイツでは日本と異なり、路側にマイカーを駐車することが許されている。このため、EVを持っている人は、車を路側に駐車している間に、バッテリーに充電することができるのだ(写真参照)。
ミュンヘンのEV充電器 著者提供
SWMは、ミュンヘン市内に570台の充電スタンドを持っている。1つのスタンドは2個の充電端末を持っているので、1,140端末となる。このスタンドから販売される電力は、再生可能エネルギー100%である。SWMは、スペイン、ポーランドなど欧州各国にある再生可能エネルギー発電設備に投資し、グリーン電力を輸入している。
EVを持っている市民がこの充電スタンドを使うには、SWMに連絡を取って、充電用カードを郵送してもらう必要がある。もしくはスマートフォンにSWMの充電アプリケーションをダウンロードして口座を開設すれば、携帯電話を充電スタンドにかざすだけで、電力を買うことができる。SWMは200社の充電スタンド運営企業と提携しているので、SWMのカードがあれば他社の充電スタンドを利用することもできる。
またSWMは、自宅や企業に対してEV用の充電器を販売したり、貸し出したりするサービスも行っている。車を駐車場に停めている間に充電すれば、効率が良いからだ。同社はEVの普及を促進するために、市内のマンションの地下駐車場などに、無料でEV充電インフラを設置するサービスも始めている。
SWMの画面
日本の陸運局に相当するドイツ連邦自動車庁(KBA)が今年1月に発表した統計は、電力業界や自動車業界で大きな注目を集めた。2020年にBEVとPHVの新車の販売台数が、前年比で3.6倍に増えたからだ。同国でEVの販売が始まって以来、これほど急激に販売台数が伸びたことは、一度もなかった。
KBAによると、BEVの新車販売台数は、2019年には6万3,281台だったが、2020年には約207%増えて、19万4,163台となった。またPHVの新車は、2019年には4万5,348台売れたが、去年は342%増えて20万469台売れた。
2019年に売れた新車の内、BEVとPHVの比率は3.1%だったが、2020年にはその比率は13.6%に増えた。逆にガソリン・エンジンかディーゼル・エンジンを使う車の比率は、91.2%から74.8%に激減した。
日本の経済産業省によると、2019年に日本の新車販売台数の内、BEVとPHVの比率は0.9%だったので、ドイツは一昨年の時点でもすでに我が国に水を開けていたことになる。
2020年、BEVとPHVがドイツで爆発的に売れた最大の原因は、政府がこの2種類の車について、新車購入補助金を増やしたからだ。
メルケル政権はコロナ不況に対抗するための景気刺激策の一環として、2020年7月8日から2025年末まで、BEV(燃料電池車を含む)かPHVを買う市民への購入補助金(環境ボーナス)の内、政府負担額を2倍に増やした。政府はこの政府補助金をイノベーション・ボーナスと呼んでいる。補助金の残りの部分は、自動車メーカーが負担する。
これにより価格が4万ユーロ(504万円・1ユーロ=126円換算)までのBEVを購入する際に、市民が受け取れる補助金の総額は、最高9,000ユーロ(113万4,000円)になった。新車を買う際に、政府とメーカーの支援措置によって価格が113万円も安くなるというのは、大きな魅力である。価格が4万ユーロを超える車の場合、政府とメーカーからの購入補助金の総額は7,500ユーロ(94万5,000円)になる。
ただしPHVではないハイブリッド車と内燃機関の車には、購入補助金は出ない。この事実には、EVとPHVをドイツのモビリティーの中心に据えることで、交通部門からの二酸化炭素(CO2)の排出量を大幅に減らそうというメルケル政権の意図が含まれている。
また、車を購入する市民だけではなく、BEVやPHVをリースする市民にも、補助金が支給される。政府はこれらの支援措置のために、22億ユーロ(2,772億円)の予算を投じている。
ドイツのBEVとPHVの新車購入補助金
(2021年1月22日現在)資料=ドイツ連邦経済エネルギー省・ADAC
この政策は大きな反響を呼んだ。2020年7月の補助金申請件数は1万9,993件だったが、同年8月には2万7,436件に増えた。2016年に新車購入補助金制度が導入されて以来、これほど申請件数が多かったことは一度もない。
メルケル政権は、この対策を発表した去年6月には、イノベーション・ボーナスによる補助金倍額措置を、2021年末までに限っていた。しかしこの政策が市民の間で予想以上に公表だったために、連邦経済エネルギー省は2020年11月に、この措置を2025年末まで延長することを発表した。
ただし2022年以降補助金倍額措置の適用を受けられるPHVは、バッテリー機構による最低走行距離が60キロメートル以上の車に限られる。2025年以降は、補助金の対象は最低走行距離が80キロメートル以上のPHVに限られる。
また政府が去年7月から12月末まで付加価値税を19%から16%に引き下げたことも、この年に購入者が特に増えた理由の1つだ。
写真: Bundesregierung/Tybussek
メルケル政権は、2030年までに運輸部門からのCO2排出量を、1990年比で40~42%減らすことを目指している。しかし電力部門に比べると、運輸部門からのCO2排出量は近年の減少率が少ない。
このため政府は、2030年までに700万台~1,000万台のEVを普及させることを目標にしている。ドイツの自動車税は、元々排出する有害物質が少ないほど、税率が低くなる。連邦財務省は、EV普及目標を達成するために、2020年から2025年までに新車として登録されたBEVについては、自動車税を免除している。
2014年から2020年末までに売られたEVの数の合計は、約69万台。そう考えると、2030年までにEVのための電力需要が急増することは確実だ。しかもEVが使う電力が100%再生可能エネルギー由来でなくては、モビリティー電化の意味は減る。その意味でも、ドイツの電力業界にとっては、再生可能エネルギーの設備容量を今後8年間に大幅に増やすことが極めて重要になるだろう。
参照
SWMのアプリ"MVG more"
ドイツ連邦自動車交通局 2020年12月の自動車登録台数
ドイツ連邦経済・輸出管理庁 補助金情報
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