環境対応に本気を出したフォルクスワーゲン。フランクフルトモーターショーのプレスカンファレンスで打ち出されたコミットメントを読み解けば、その後の脱炭素戦略が見えてくる。一方、メルセデス・ベンツはPHEVを重視した戦略だ。このどちらもが、CO2対策であり、マーケティング戦略でもあるのだ。
環境対応に本気を出したフォルクスワーゲン。フランクフルトモーターショーのプレスカンファレンスで打ち出されたコミットメントを読み解けば、その後の脱炭素戦略が見えてくる。一方、メルセデス・ベンツはPHEVを重視した戦略だ。このどちらもが、CO2対策であり、マーケティング戦略でもあるのだ。
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フランクフルトモーターショーでは、ドイツ系の自動車メーカーや部品メーカーまでもが、口を揃えてCO2削減に取り組む強い意志を示したのが印象的であった。もちろんそれは、世界一厳しいと言われるEUの自動車CO2排出規制に対応するため、というのが一つの理由である。
厳しい規制に対する各メーカーの具体的なアプローチを紹介する前に、EUのCO2排出規制の内容をおさらいしておこう。
EUの自動車CO2排出規制は、時系列で2段階の目標値が設定されている。最初の目標値は、2021年までに1km走行あたりのCO2排出量を95g以下(メーカーごとに新車の加重平均)にするというもの。これを日本風の燃費で表現すると、25km/L以下ということになる。もしも目標値に届かなかった場合は、1g超過ごとに一律95ユーロの罰金が課せられる。
(ちなみに日本でも目標値が設定されているが、2020年時点で122g(燃費では20.3km/L)というもので、欧米中と比べて最も緩い規制値だ)
現時点での達成度ではトヨタが先行しており、2018年のCO2排出量は101.3g、罰金額の見込みは5.5億ユーロとなるが、いっぽうフォルクスワーゲングループはとても厳しい状況で、2018年のCO2排出量は121.2g、罰金額の見込みは91.9億ユーロであり、これは同社の昨年の年間利益の4分の3にあたるほどの大きな額だ*1。
かように厳しい目標値が課せられているわけだが、2段階目の目標値はさらに厳しい。2030年までにさらに37.5%減の60g/km以下という目標値を、欧州議会は昨年12月に議決した。
なぜここまで自国の企業に厳しい目標を設定するのか。たとえば日本において、このような厳しい規制を自動車メーカーに行政が課する、という状況が想像できるだろうかーーー。この疑問を解くためには、ドイツの国民意識が参考になるかもしれない。
ドイツにおける支持率第一位の政党をご存知だろうか。緑の党(同盟90/緑の党)である。もちろん環境保全を旗頭にしている政党だ。この緑の党の支持者層は20〜30代の若年層であるという。
日本人の政治嫌い(あるいは無関心)はよく言われることだが、日本にいる限りそれが当たり前なので、そのことを意識することはあまりない。しかし、EUのCO2に対する動向を理解するには、そのような常識をまず取っ払って考える必要がある。
ドイツの政治に対する関心は非常に高く、例えば、国政選挙の投票率は毎回70%を大きく超える水準をキープしているし、日常会話のなかで政治議論を交わすことも当たり前だという。そのような、政治に強い関心をもつ国民が支持しているのが緑の党なのだ。
つまり民意が、環境保全・CO2削減というプレッシャーを行政に掛けており、いっぽう支持率が必要な政権が、環境保全を政策として推し進めている、という構図なのである。
そして自動車産業は、行政からの規制を受けるのと同時に、消費者に対するブランドイメージ向上を図るために、自らCO2削減を謳う必要があるということだ。
日本にいるとCO2削減に対するプレッシャーを感じることがあまりないため、環境保全=綺麗ごと、と考える向きもあろうが、欧州、特にドイツにおいては、CO2削減は綺麗ごとではなく、罰金を減らすために、またマーケティングとして必要だからやっているのだ。
このような状況をふまえ、フランクフルトモーターショーでドイツ系自動車メーカー各社はこぞって環境対策の強化を強調した。まず、今回のショーの目玉となった新型EV「ID.3」を発表したフォルクスワーゲンの取り組みから紹介していきたい。
ID.3のお披露目に先立ち、フォルクスワーゲンはプレスカンファレンスで環境対策のコミットメント*2を発表した。今回のショーに際するドイツ自動車メーカーの思いを代弁するかのような内容だ。
「フォルクスワーゲンはこれまでも人民のためのブランドであった。Beetleは個人の移動を実現した。Golfはイノベーションを人民のものにした。しかし我々は、厳しいレッスンを受けることになった(ディーゼルゲートのことを指している)。」
「我々は巨大であり、ゆえに大きな責任が求められる。世界のCO2排出量の1%はフォルクスワーゲンの車両によるものだ。これを減らすのは我々の責任である。パリ協定のコミットメントを達成するために、そして子供たちによりよい世界を残すために。」
「だからこそ我々は人民のための電動車を作った。新型のEV専用プラットフォームを最速で作った。今後6年で20車種の新型電動車をリリースする。2025年までに100万台の電動車を生産する。我々の車両のCO2排出量を30%削減する。サプライチェーンを再生可能エネルギーに再構成する。2025年までに生産車両のCO2排出量を50%削減する。新しい電動モビリティのサービスに投資する。2050年までにカーボンニュートラルを達成することを約束する。我々にはエミッションのないモビリティをすべての人に届ける義務がある。」
このコミットメントの中で注目したいのは、2025年までに100万台の電動車を生産し、生産車両のCO2排出量を50%削減する、という点だ。もちろんこれは、前述したEUのCO2規制に則したものである。
そしてもうひとつ、2050年までにカーボンニュートラルを達成すること、それに伴い、サプライチェーンにおいても再生可能エネルギーを求めるという点だ。近い将来、自動車メーカーがサプライヤーに提示する要件として、カーボンニュートラルであることが求められるようになるだろう。
そしてお披露目された「ID.3」は、フォルクスワーゲンがゼロから作り上げたEV専用のモジュール式プラットフォーム「MEB」を用いた最初のモデルであり、フォルクスワーゲンのEVブランド「ID」シリーズの名を冠した最初のプロダクトモデルとなった。
そのプロポーションは独特で、全長は4,261mmと「ゴルフ」とほぼ同じであるが、側面から見ると、短いエンジンベイとオーバーハング、それと同時に長いホイールベースが際立っており、EV独特の存在感を主張するもの。
パワートレインは、コンパクトなeAxle(モーター・トランスアクスル・インバーターが一体化した電動車軸ユニット)がリアの車軸上に搭載され、リアを駆動する。いわゆるRRレイアウトだ。eAxleは全高を低く抑えられており、トランクを開けても、言われなければその下にeAxleが収まっているとは気づかない。
ID.3はバッテリー容量によって3つのグレードが用意される。45kWh・58kWh・77kWhの3種類で、航続距離はそれぞれ330km・420km・550km(WLTP基準)。最廉価グレードは3万ユーロ以下(ドイツにおける価格)と発表された。
初期ロットとなる3万台限定の特別仕様車は、中間グレードがベースとなり、最大出力は150kW、最大トルクは310Nmとなかなかにパワフル。2020年半ばに出荷が開始される予定だ。価格は4万ユーロ未満で、登録日から1年間で最大2,000kWhの無料充電が含まれる。
充電規格はCombo(CCS)が採用された。急速充電はDC125kW。フォルクスワーゲンはダイムラーやBMWとともにIONITY(Combo規格を推進する団体)を結成している。
そしてもう一台のショーの主役、メルセデス・ベンツ「EQS」を紹介しよう。ID.3と同じように、EQSもゼロから作ったEV専用プラットフォームを用いた新世代EVである。
この新設計のEVプラットフォームは「ビジョンEQSテクノロジープラットフォーム」と名付けられ、ホイールベース・バッテリーサイズ・そのほか多くのシステムコンポーネントは可変可能で、さまざまな車両コンセプトに対応できるものだ。
現時点ではコンセプトカーなので、もちろんこのまま市販されるわけではないが、多様なモデルに対応するEV専用シャシーや、350kWという急速充電に対応するという点は注目に値する。
メルセデス・ベンツについては、PHEVのラインナップを大幅に強化していること、そしてそのPHEVのバッテリーの大型化を進めていることについてもぜひ言及しておきたい。この背景には、EUのCO2排出規制において、PHEVは有利な計算式が適用されることがある。
前述の通り、2021年に1km走行あたり95g以下(燃費でいうと25km/L以下)という目標値があるが、これに対して、PHEVのCO2排出量は以下の計算式で計算されることになる。
PHEV換算係数=25km+EVモード航続距離/25km
例えば、EVモードで30km走行可能なPHEVの場合、(25+30)/25=2.2となり、その車のHEV走行時のCO2排出量を2.2で割ることができる。つまり、エンジン走行時の燃費が悪くても、EVモードの航続距離を長くすれば(≒バッテリーを大きくすれば)規制値をクリアできるということだ。
今回発表されたメルセデス・ベンツAクラスの新型PHEV「A250e」は、15.6kWhもの大型バッテリーを搭載し(参考までに、これはプリウスPHVのバッテリー容量8.8kWhの倍近い大きさである)、EVモードの航続距離は70-75km(グレードにより差異がある)とされている。これにより、A250eのCO2排出量換算値は33−34g/km。目標値の95gを大幅に下回ることになる*3。
メルセデス・ベンツは、さらに大型車用(GLE 350 de 4MATIC)のPHEVユニットも用意しており、そのバッテリーはなんと31.2kWhもの大容量。ピュアEVのバッテリーと勘違いするほどの大きさで、EVモードの航続距離は106kmを実現する。
メルセデス・ベンツはこのようなPHEVモデルを、EVと共通のブランドイメージで訴求するため「EQ Power」と名付け、各モデルライン(A・B・C・E・S・GLC・GLEの各クラス)すべてにPHEVモデルを用意した。PHEVのラインナップ強化とバッテリー大容量化を目指すものだ。
そしてこのような動きはメルセデス・ベンツだけでなく、BMWやフォルクスワーゲン・アウディでも進められている。
ここまでの内容を簡単にまとめると、以下のようになる。
自動車メーカーが追い込まれていることは確かだ。しかし、EVがいきなり販売の主力になることは考えにくい。世界一のEV販売政策が敷かれている中国においても、EVの販売比率は3%に満たない程度である。現実解として、PHEVのバッテリーを大型化し、CO2排出量換算値を大きく引き下げる作戦に出ているということだ。
しかしこれだけバッテリーが大きいと、コストや重量だけでなく、製造時のCO2排出や、エンジン走行時の燃費悪化にもつながる恐れもあり、議論の余地が残る。そのような矛盾をはらみながらも、強力なCO2削減政策が進められているということだ。
本稿では欧州の動向を説明してきたが、仮にアメリカでトランプ政権が交代することでもあれば、これは世界的なトレンドになり、日本もその流れに取り込まれることになるだろう。自動車メーカーはもちろん、サプライヤーも含めた自動車産業界全体での取り組みが求められそうだ。
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