エナシフTVスタジオから(7)
YouTube番組「エナシフTV」のコメンテーターをつとめるもとさんが、番組では伝えていない、脱炭素の話題について、お話しします。今回は、2021年7月12日に経済産業省の審議会で公表された発電コストです。原子力よりも太陽光発電の方が安い、ということで話題になりましたが、そもそも発電コストだけの議論でいいのでしょうか。
2021年7月12日、経済産業省の発電コスト検証ワーキンググループ(以下、WG)において、2030年時点の火力や原子力、太陽光、風力などの発電コストの試算が公表されました。経産省の試算として、初めて原子力の発電コストが風力や太陽光を上回ったとして、メディアでも大きく取り上げられました。この試算に対し、原子力推進派の人は「前提がおかしいんじゃないか」と思っているかもしれませんし、自然エネルギー推進派の人たちは「ようやく自分たちの言っていることが認められた」と思っているかもしれません。でも、それはちょっと単純すぎる見方ではないかと思います。それはどういうことかといえば、電力を使う側にとっては、市場価格がどうなるかが知りたいところだからです。
とりあえず、WGで公表された試算価格は下の表の通りです。
出所:発電コスト検証WG
確かに、陸上風力と太陽光は下限価格が1桁で、火力発電よりも安くなっています。経産省がこうした数値を示したということは、これから経産省としても風力と太陽光をもっと推進していきたい、という表明だと考えていいかもしれません。
それはさておき、この試算結果の前提について、押さえておきたいと思います。
発電コストの試算は次のようなプロセスで行われます。まず、モデルプラントを決めます。事業用太陽光発電では2030年に主流になるであろう規模として250kWを想定します。これに対し、パネルや工事、維持管理などさまざまな費用を積算した上で、設備利用率や稼働年数を設定することで、発電コストが計算できます。もちろん、将来のことですからさまざまなシナリオが考えられますし、そのために試算結果も幅があるものになります。
事業用太陽光発電の場合、パネルを含めた設備費は、2020年には13円/kWだったものが、2030年には9.4円/kWになると想定しています。これは、IEA(国際エネルギー機関)が設備費のコスト低減率を試算しており、それに基づいているということです。一方、工事費は変化しないという想定です。こうした前提での試算結果が、下限で8円台前半/kWhになるということです。これでも、世界平均よりは高いのです。
風力発電についても同じようなプロセスで試算を行っています。本当にそんなに安くなるのか、と思われるでしょうが、過去を振り返ると、実はIEAの予想にしたがった低減率で、日本での再エネの発電コストが下がっているということです。したがって、この先も同様に下がるという見通しなのでしょう。
しかし、いくら8円台だといっても、太陽光発電は夜は発電してくれません。夜も使うためには、蓄電池や揚水発電が必要になります。そのコストはどのように考えればいいのでしょうか?
火力発電の燃料費や設備利用率は適切なのか?
火力発電についても、同様のプロセスで試算されています。石炭火力発電やLNG火力発電についても、モデルプラントを設定し、燃料費や運転維持費、さらにCO2対策費として、EUの排出権価格なども参考とされています。その結果、LNG火力は下限が10円台後半/kWh、石炭火力に至っては13円台後半/kWhとなっています。
しかしここで疑問があります。まず燃料費ですが、ガス田などの新規開発が行われなくなると、短期的に値上がりしそうです。それ以上に疑問なのが、設備利用率です。LNG火力については、再エネの増加にともなって、50%程度に下がっているのです。さらに、CO2対策費ですが、直近ではEUの排出権価格は想定以上に上がっています。
参考として、CCS(CO2回収貯留)付きの火力発電についてのコスト試算例も示されていますが、CCSは発電コストを2.7円~7円程度/kWhも押し上げます。CO2回収コストが高いのです。せっかくなので、グラフを示しておきましょう。CCSへの期待は少ししぼむかもしれません。
出所:発電コスト検証WG
火力発電は今後、CO2対策コストが高くなっていくでしょうから、2030年以降はさらに発電コストが上昇すると思われます。
原子力についても、同様にモデルプラントを設定して試算しています。そして、以前の試算と比較して発電コストを押し上げることになったのが、追加安全対策費と事故リスク対応費用です。
追加安全対策費は、原子力規制委員会による新安全基準への対応です。モデルプラントに対し、1基あたり1,369億円のコスト増になるということです。
一方、事故リスク対応ですが、これは東電福島第一原発事故のケースをもとに、損害費用を15.7兆円とした上で、事故が起こる確率は、4,000基の原子炉があれば年に1回事故が起きるという設定です。とすると、確率が低いように思われますが、40年間運転するとすれば、100基の原子炉をつくると、1つは事故を起こすという確率です。低いとはいえないと思います。
コストとしては、15.7兆円に事故の確率をかけたものを、モデルプラントの発電電力量で割ったものとなります。
出所:発電コスト検証WG
この他、核燃料サイクルの費用も追加されていますが、青森県六ケ所村のいまだに未完成の再処理工場の事業費は以前よりも増額されており、わずかですがコスト増になっています。
実際には、既設の原子力の新安全基準に対応した工事費用はもっと高いものになっていますし、それは日本だけではなく欧米でも同様です。また、廃炉費用は750億円とされていますが、そもそも高レベル放射性廃棄物の処分などは確立されていません。したがって、11円台後半/kWhでもまだ安く見積もっているのではないかと思われます。
しかし、ここまで書いてきたことは、最初に示した違和感の原因ではありません。
発電コストが安いからといって、市場価格が単純に安くなるわけではない、ということが問題なのです。
電力の卸取引所での価格は、30分ごとに変化しています。すなわち、午後1時と午後7時の電力の市場価格は異なるということです。今回の試算では、太陽光や風力の発電コストには、蓄電池などのコストは含まれていませんが、それはまだ蓄電池を必要としない電源構成という前提だからです。したがって、将来は、太陽光の電気も、午後7時に買おうとしたら、蓄電池のコストがかかるかもしれません。その一方で、LNG火力の電気は昼間は発電しなくなったために、発電コストが上昇すると考えられます。原子力の電気も、5月の連休には0.01円/kWhで売ることになるでしょうから、その分を他の時間帯の売電で取り戻すことになります。実際に、卸電力市場に出されている火力発電の電力は、採算割れで取引されているのではないでしょうか。それでも運用上は、石炭火力などは止める方がコストがかかる、ということでしょう。
発電コストを考える上で、これから必要なことは、どのような電源構成であれば、発電コストが最適化するのか、ということだと考えられます。そして、そのコストをさらに下げていくために、どのように蓄電池などを入れていけばいいのか、ということが検討されるべきです。そうしないと、いくら太陽光や風力が安いからといって、そればかりを入れることになったら、夜間は高い電気料金を支払うことにもなりかねないからです。また、火力が高いといっても、予備力としてCCS付きで、あるいはアンモニアや水素を燃料として、準備することが必要になるかもしれません。
そうした視点が欠落していることが、今回の発電コスト試算に対する違和感なのです。
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