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カーボンプライシング(炭素税)に踏み切るドイツ

カーボンプライシング(炭素税)に踏み切るドイツ

2019/08/22

激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第7回

好評連載の熊谷徹氏の欧州エネルギーレポート。スイスではすでに導入されている炭素税の導入が、ドイツでも検討されています。しかし、フランスでは市民負担が増大し、導入延期に追い込まれました。ドイツ、EUのカーボンプライシング導入の背景とその影響を解説します。

当たり前になった、再エネのある風景

先日バイエルン州北部のフランケン地方を訪れた。多くの建物の屋根に太陽光発電パネルが取り付けられているほか、田園地帯の真ん中にもメガ・ソーラー(大規模太陽光発電施設)が設置されているのを見た。地平線には、巨大な風力発電プロペラがゆっくりと回っている。ドイツのあちこちでは、もはや珍しくない光景だ。

筆者撮影

「2050年までに温室効果ガス正味ゼロ」をめざす

ドイツで現在消費される電力の約38%は、太陽光や風力などの再生可能エネルギーで作られている。メルケル政権は、この比率を2030年までに65%、2050年までに80%に引き上げることを目標にしている。これらの数値目標は、再生可能エネルギー促進法(EEG)という法律の冒頭に明記されている。

さらにドイツ政府は、CO2など温室効果ガスの排出量を、2030年までに1990年比で55%、2050年までに80%~95%減らすことを目指している。

これだけではない。メルケル政権は今年になってCO2削減目標をさらに厳しくし、「2050年までに温室効果ガス排出量を正味ゼロにする」という方針を明らかにしている。正味ゼロとは、人間が排出する温室効果ガスの量と、植林などによって大気中から回収する温室効果ガスの量が同じになるという意味だ。

ドイツは2000年にEEGを施行させることにより、発電事業者に自然エネルギーによる電力の固定価格による買取りを義務付けた。この法律は、ドイツで爆発的な再生可能エネルギーブームを引き起こした。

2000年には再生可能エネルギーが発電量に占める比率は6.6%だったが、2018年にはその比率が5.3倍の35.2%となり、褐炭・石炭火力の比率(35.3%)とほぼ横並びになった。

資料=エネルギー収支作業部会

電力会社以外のCO2削減も重要

ドイツ連邦環境局(UBA)によると、ドイツで2018年に排出された温室効果ガスの量は、8億6,600万トン。このうち、電力会社などエネルギー部門からの温室効果ガスは35.9%と最も比率が大きい。

だが温室効果ガスを出すのはエネルギー部門だけではない。製造業(22.6%)、交通(18.7%)、建物の暖房(13.5%)などから排出される温室効果ガスも減らす必要がある。

資料= 連邦環境局(UBA)

これらの排出源の内、エネルギー部門と製造業は、EUのCO2排出権取引制度(EU-ETS)への参加を義務付けられている。この制度によると、EU域内の全ての電力会社とメーカーは、CO2を排出する場合には、そのための権利を証書(certificate)として購入しなくてはならない。

EUは「企業は排出権を買うためのコストを節約するには、CO2排出量を減らす努力をするだろう」と考えたのだ。しかも企業は自社のビジネスモデルに合わせて、CO2を減らす手段を自由に選ぶことができるので、企業にとっても余計なコストが生じないという利点がある。

低迷から脱した排出権価格

EU-ETSは2005年に導入されたが、この制度は長年にわたって温室効果ガスの削減につながらなかった。その最大の理由は、EUが企業に無償で供与する排出権の量が多過ぎたことである。

EUは域内の企業の競争力が低下することを恐れたために、排出権を多く供与してしまったのである。このため排出権市場は供給過多状態に陥り、排出権1トンあたりの価格は5ユーロ(550円・1ユーロ=110円)前後に低迷していた。

これに対し、ドイツなどの要請によって、EUは制度改革に踏み切った。EUの欧州理事会と欧州議会は、2017年11月にETS改革計画を発表。この合意によると、EUはCO2排出権の余剰分*を2019年から毎年24%ずつ(2024年からは12%ずつ)市場から排除する。

さらに通常EUは排出権の量を毎年1.74%ずつ減らしているが、2021年以降は毎年2.2%ずつ減らす。EUはこれらの措置によって、2030年の排出権の量を2005年比に比べて43%減らす方針だ。

この計画が発表されて以来、排出権価格は急上昇。2017年1月には約5ユーロだった排出権価格は、今年8月9日の時点で1トンあたり約28ユーロ(3,080円)に達している。EUは温室効果ガスを排出するためのコストがこの水準になれば、企業がCO2排出量削減のための努力を強めると予想している。

* 市場安定化リザーブ(MSR: Market Stability Reserve) として

欧州CO2取引権価格の推移

資料= FINANZEN NET

ドイツ政府、今年秋に「気候保護法案」閣議決定へ

さて、ドイツのメルケル政権は、現在はエネルギー部門と製造業部門だけに適用されているCO2排出権取引を、将来建物と交通にも適用し、CO2の価格設定、つまりカーボンプライシングを断行する方針だ。

ドイツ政府は2019年9月後半にCO2排出権取引の拡大、もしくは炭素税を含む「気候保護法案」を閣議決定しようとしている。

つまり、再生可能エネルギーの振興、助成が中心だったエネルギー転換に加えて、CO2への価格設定が拡大される。

メルケル首相は「法案には、2030年までにCO2排出量を90年比で55%削減するという目標を達成するための対策を盛り込むが、その中にはカーボンプライシングのための行程表も含む」と述べた。

ドイツ政府は、EU-ETSを建物と交通に適用することが最も理想的だと考えている。しかしEUには28ヶ国(英国離脱後は27ヶ国)が加盟しているので、その変更には時間がかかる。このためメルケル政権は、ドイツだけがまず建物と交通に排出権取引を適用するか、EU-ETSが拡大されるまで、つなぎの措置として炭素税を導入することを検討している。

炭素税の還元が重要 −フランスの教訓

だがカーボンプライシングは、政府にとって両刃の剣になりかねない。排出権取引や炭素税が導入された場合、ガソリンやディーゼルなど自動車の燃料が高くなる。ドイツでは毎日郊外から都市へ車で通勤している市民が少なくない。市民の経済的な負担が増える可能性がある。

このため首相は「カーボンプライシングが市民の可処分所得を減らすことを避けるために、負担緩和措置を導入する。都市部と農村部の違いにも配慮する」と述べ、気候変動対策が国民経済に過重な負荷をかけないよう注意する、という姿勢を明らかにした。

市民の負担軽減は極めて重要だ。フランスのマクロン大統領は、化石燃料がエネルギー消費に占める比率を減らすために2018年秋にディーゼル燃料など化石燃料にかかる税金を引き上げた。だが、フランス政府は、市民の負担を軽減する措置を導入しなかった。このため車で通勤している市民らが抗議デモを開始。反対運動は全国に広がって、パリの一部の地区では暴動に発展して、凱旋門などの歴史的な文化財や商店に大きな被害が出た。このためフランス政府は、炭素税の導入を延期せざるを得なかった。

メルケル首相が、カーボンプライシングの方針を発表した際に、市民への還元措置を前面に打ち出したのは、フランス政府の苦い経験があるからだ。

どのように市民の負担を軽減するかは決まっていないが、毎年市民全員にクーポン券を配布するか、現在電力消費にかけられている電力税を廃止・軽減することなどが検討されている。

ドイツ政府は、気候保護法案を策定する際に、7月12日に経済諮問会議が提出したカーボンプライシングについての鑑定書を参考にする方針だ。

同会議のクリストフ・シュミット委員長らはこのように提案する。

「国民経済への負担が最も少ないCO2削減策は、現在電力と産業だけに適用されているEUのCO2排出権取引(EU-ETS)を、交通と建物にも拡大することだ。だが、EU-ETSの変更には他国の同意が必要なので実現までに時間がかかる。このため、過渡的な解決策として、ドイツだけがまずCO2排出権取引を交通と建物に拡大するか、交通機関、暖房用の燃料に炭素税を導入するべきだ」。

委員会は1トンあたりのCO2課税額を25〜50ユーロとし、削減効果を見ながら順次引き上げることを求めている。

スイスはすでに炭素税を実施

炭素税導入により、自動車・航空業界に大きな影響が出ることは確実だ。

経済諮問会議の鑑定書は「炭素税の目的は税収を増やすことではない。したがって、市民の理解を得られるように、炭素税の税収を電力税引き下げなどによって消費者に還元するべきだ」と説明している。

ちなみにドイツの隣国スイスは、2008年にすでに炭素税を導入している。企業や市民は1トンのCO2につき96スイス・フラン(1万368円・1スイスフラン=108円 / 88.31ユーロ、1スイスフラン=0.92ユーロ)の炭素税を払っている。炭素税収の内3分の1は、建物の密閉性の改善などに投資され、3分の2は全市民に還元される。税収還元は、毎月健康保険の保険料を還付する形で行われている。スイスでは国民全員が健康保険に加入しているからだ。

今年の秋に、メルケル政権がどのような形でカーボンプライシングに踏み切るか、大いに注目される。

熊谷徹
熊谷徹

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。 ホームページ: http://www.tkumagai.de メールアドレス:Box_2@tkumagai.de Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai
 Facebook:https://www.facebook.com/toru.kumagai.92/ ミクシーでも実名で記事を公開中。

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