ドイツは新型コロナウイルスの危機による経済への影響から立ち直るため、大規模な景気刺激策を閣議決定した。その中には、気候変動対策にかかわる政策も含まれている。具体的に、どういった対策が実施されるのか、ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏が詳しくお伝えする。
『ドカーン』という音とともに危機を克服
コロナ危機のロックダウンにより、ドイツ経済は深刻な打撃を受けた。こうした中、メルケル政権は2020年6月3日に総額1,300億ユーロ(15兆6,000億円・1ユーロ=120円換算)の規模を持つ景気刺激策を閣議決定した。
オラフ・ショルツ連邦財務大臣はベルリンで行われた記者会見でこのコロナ対策を公表し、「今回の景気刺激策の目標は、『ドカーン』という音(ドイツ語でWumms)とともに危機を克服することだ」と語った。
雇用維持と企業・家庭の支援をめざす
財務省が公表した「Konjunkturpaket(景気パッケージ)」という文書は、57項目の対策を列記している。最大の目標は企業と家庭の支援によって、景気後退に歯止めをかけること、さらに雇用を維持することだ。
ドイツでも3月中旬からのロックダウンにより約6週間にわたって経済活動が停止させられたために、小売店、飲食店、ホテル、イベント関連企業などの売上高が激減した。
そこでメルケル政権は、コロナ危機で売上高が大幅に減った商店や企業に対し、3ヶ月につき最高15万ユーロ(1,800万円)まで事業費をカバーする方針を明らかにした。たとえば売上高が70%減った企業には、国が事業費を80%まで支払う。メルケル政権は、この「つなぎ援助金」のために250億ユーロ(3兆円)を投じる。
多くの市民が雇用について不安を抱いているので、消費意欲が減退している。このため政府は「家族ボーナス」と銘打って、子ども1人につき300ユーロ(3万6,000円)の給付金を払い、国内消費を増やす。このための出費は43億ユーロ(5,160億円)にのぼる。
多くの企業は今年ロックダウンのために赤字に陥っているが、2019年の所得税を申告する際に、今年発生した赤字を計上できるようにして、2019年の税負担を減らす配慮も行っている。
小売店や企業の売上が激減したために、地方自治体の営業税収入も減っている。このため連邦政府は、地方自治体の営業税収入を最大59億ユーロ(7,080億円)補填する。
地方自治体は、長期失業者に「ハルツIV」と呼ばれる給付金を払うだけではなく、家賃も支払っているが、連邦政府は40億ユーロ(4,800億円)を投じて、長期失業者の家賃を支払い、地方自治体の負担を軽減する。
多くの対策がエネ事業・環境対策と関連
興味深いのは、57項目の景気対策の内16項目(28%)が、電力、エネルギー転換や地球温暖化・気候変動対策に関係がある点だ。
たとえば政府は、ドイツの歴史で初めて日本の消費税にあたる付加価値税を引き下げる。ドイツの付加価値税は、日本の消費税よりもはるかに高い。メルケル政権は、今年7月~12月に限って付加価値税率を19%から16%に下げることを決めた。ドイツでは日本と同じく、パンや牛乳など食料品には7%の軽減税率が適用されているが、これらの商品については5%に引き下げる。
ドイツの付加価値税は内税だ。政府は企業に対し、減税分を消費者に還元して商品の値段を下げるよう強制することはできない。しかし多くの経済学者は、「企業は売上高を増やすために、商品の値段を値下げするだろう」と予想している。
減税規模は200億ユーロ(2兆4,000億円)に達する。政府は特に低所得層の負担を減らしたり、コロナ危機によって減退している市民の購買意欲を高めることにより、景気の底上げを図る。
ドイツの電力料金にかかる付加価値税も19%なので、この措置は消費者のエネルギーコストを引き下げる可能性もある。
また政府は、消費者の再生可能エネルギー関連費用の軽減策も打ち出した。ドイツでは消費者が電力料金とともに負担する再生可能エネルギー賦課金が年々上昇しているほか、託送料金も増える傾向がある。今年1月には多くの電力販売会社が、電力料金を約9%引き上げている。市民のエネルギー費用負担は増える一方だ。
脱炭素社会の為に2年間にわたり再エネ賦課金に上限
産業界や消費者団体からは、コロナ危機によって可処分所得が減った市民の負担を軽減するために、電力料金に加算される再生可能エネルギー賦課金を廃止するべきだという意見が出ていた。
ドイツは、欧州で電力料金が最も高い国のひとつだ。電力コストの高騰は、可処分所得が低い家庭にとって特に重い負担となる。
出典:Eurostat
連邦統計庁によると、2020年の再生可能エネルギー賦課金は、1kWhあたり6.76ユーロセント。自然エネルギーを拡大するために消費者が負担する賦課金の額は、2008年からの12年間で5.8倍に増えたことになる。
メルケル政権は再生可能エネルギー賦課金の廃止は見送ったものの、額の高騰を防ぐ措置に踏み切った。具体的には連邦政府が再生可能エネルギー賦課金の一部を負担する。現在、再生可能エネルギー賦課金は電力1kWhあたり約6.8セントだが、政府の補助によって2021年は6.5セント、2022年は6セントを超えないようにする。連邦政府はこの措置のために11億ユーロ(1,320億円)を投じる予定だ。
政府が賦課金を廃止しなかったのは、電力消費量に再生可能エネルギーが占める比率(2019年末の時点で約42.1%)を2030年までに65%に引き上げるという目標を達成しなくてはならないからだ。
新車購入補助金をエコカーに限定
ドイツ政府は、自動車業界の支援策にも気候変動防止の原則を盛り込んだ。物づくり大国ドイツにとって自動車産業は重要な柱のひとつだが、コロナ危機のために欧州だけでなくアジアや米国でも車の販売台数が激減した。車に関連する業界で働く人の数は、約80万人にのぼる。
当初メルケル政権は、苦境にある自動車メーカーを支援するために、あらゆる新車を購入する市民に補助金を出す方針だった。大連立政権の内、キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)は全ての車種の購入について補助金を出すべきだとしていた。これは、自動車業界が激しいロビー活動を行った結果だった。自動車業界は、「内燃機関を使う車が補助金を受けられなければ、各メーカーは従業員数の削減を迫られる」と訴えた。
これに対し、連立パートナーである社会民主党(SPD)は、「温室効果ガスの削減努力をしている時に、ディーゼル・エンジンやガソリン・エンジンを積んだ新車にも補助金を出すのはおかしい」と反対した。野党・緑の党や環境保護団体からも、CDU・CSUの方針に対する批判の声が上がった。
その結果、メルケル政権は内燃機関を持つ車には新車購入補助金を出さず、価格が最高4万ユーロの電気自動車(EV)やプラグイン・ハイブリッド車(PHV)を買う市民だけに補助金(最高6,000ユーロ=72万円)を出すことを決めた。そのために22億ユーロ(2,640億円)の予算が投じられる。ドイツ自動車工業会(VDA)は、内燃機関の車が補助金を受けられないことについて、強い失望を表明した。
またメルケル政権は、EV普及を促進するために25億ユーロ(3,000億円)を投じて病院、学校、体育館などの公共施設の充電インフラの建設を加速するほか、自動車メーカーや部品メーカーがモビリティー変換に合わせて構造変革を行えるように、20億ユーロ(2,400億円)の予算を投じる。
さらに政府は、航空機や船舶からのCO2を減らすための技術の研究開発のために20億ユーロ(2,400億円)、バスやトラックの電化推進のために12億ユーロ(1,440億円)を準備した。
また前回の当コラムでお伝えした、水素エネルギーの実用化、インフラ構築、国際協力(90億ユーロ)も今回の景気パッケージの中に含まれている。
コロナ危機においても気候保護を忘れない
メルケル首相は景気パッケージについて「現在ドイツは、気候保護やデジタル化など様々な変化に直面している。したがって我々は、単に景気を下支えするだけではなく、未来の成長の基盤を作るためのパッケージを用意することにした」と説明し、莫大な資金を雇用維持や内需拡大だけではなく、気候保護対策にも回すことを明らかにした。
ドイツは2014年以来財政黒字を記録している。だが今年はパンデミックという100年に1度の異常事態に直面したため、2度にわたる補正予算を組み、2,185億ユーロ(26兆2,200億円)という巨額の借金を行って企業と市民を支援する。
ドイツ人たちがコロナ危機という緊急事態においても、市民の日々の生活を支えるだけではなく、地球温暖化と気候変動に歯止めをかけるという長期的な環境対策への配慮を忘れていない点は、興味深い。