1,100兆円がうごめく「水素バブル」岩谷産業の戦略は? -シリーズ・脱炭素企業を分析する(2) | EnergyShift

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1,100兆円がうごめく「水素バブル」岩谷産業の戦略は? -シリーズ・脱炭素企業を分析する(2)

1,100兆円がうごめく「水素バブル」岩谷産業の戦略は? -シリーズ・脱炭素企業を分析する(2)

エナシフTVの人気コンテンツとなっている、もとさん、なおさん、やこによる「脱炭素企業分析」シリーズ、特に好評だった企業事例を中心にEnergyShiftではテキストでお届けする。第2回は岩谷産業である。

シリーズ・脱炭素企業を分析する(2)

岩谷産業ってどんな会社?

岩谷産業はもともとLPガスの元売り会社なのだが、世間に広く認知されているのはカセットコンロ。岩谷産業と聞いてピンとこない人でも、冬の鍋などでよく使われるiwataniと書かれたカセットコンロを知っている人は多いだろう。

もちろん、LPガスの供給も行っており、家庭用ブランドとして「マルヰガス」という名前で展開している。その他、意外な事業としては、ワクチンの保冷箱も製造。当然、コロナワクチンの保冷庫なども展開。こうした事業が出来るのは、岩谷がもともと冷たい温度を扱うのに慣れている会社だというところがある。もちろん冷たい温度という中には、液体水素も含まれている。

昨年後半から急伸した株価

岩谷産業の株価は2013年~2015年に一度大きく上昇している。これは、水素関連技術が注目されたからだ。再び注目されるのは、2020年後半。ここからの急伸でほぼ2倍の株価になっているのは、政府によるカーボンニュートラル宣言が大きく影響しているためだ。グリーン成長戦略となれば真っ先に出てくるのが水素であり、後述するように、岩谷産業は水素の分野では日本のトップである。

沿革:溶接からスタート

沿革は1930年創業、1945年設立。設立当初は酸素、溶接棒、カーバイド(アセチレン)などを製造、アセチレンの原料であるカーバイドなども扱い、溶接などを行っていた。

LPガスに参入したのは1953年。前回の東京オリンピックの聖火にも採用されており、聖火の火はイワタニが供給していた。

1978年に液化水素プラントを製造。液化水素はロケット燃料にも使われている。岩谷産業の圧縮水素のシェアは70%、そして液体水素のシェアは100%となっている。

2002年には「水素ステーション大阪」を開設。当時の燃料電池車は一億円くらいの価格だったため事実上購入できる人がいなかった時代に、すでに着手している。

岩谷産業はその後も水素ステーションを積極的に展開し、2015年には「水素ステーション芝公園」を開設、東京タワーの南側だ。

2017年には関西電力と業務提携、関西電力はガスの保安を岩谷産業に依頼。一方、岩谷産業は関西電力のガスを通じて都市ガス事業に進出。また、同年には「水素ステーション有明」も開設、燃料電池バスを対象とした水素ステーションで、稼働率が高い施設となった。2020年東京五輪のレガシーとして、燃料電池バスの利用が都営バスなどで進められてきたが、その一環でもある。

2020年には福島水素エネルギー研究フィールドに参加し、太陽光発電を利用したグリーン水素を扱うようになる。このように岩谷産業は徹底して水素にこだわってきた。

一方、LPガス業界の脱炭素の行方は?

水素こそ明るい話題だが、そもそもLPガス業界は多くの問題を抱えている。LPガス供給のピークは1992年の1,981万トンで、2019年には1,414万トンと約500万トン以上も下がっている。要因としてはオール電化によるガス離れやエコジョーズなど周辺機器の効率化などがあげられる。機器の効率化という点では、エコジョーズにするだけで使用するガスはおよそ15%減る。消費者にとっては嬉しいことだが、売り上げはそのまま15%減ってしまう。都市ガスのパイプラインが広がり、LPガスよりも都市ガスを求める人が増えたことなどもあげられる。ハイブリッド自動車の普及も大きな要因で、燃費が向上したため、タクシーなどでもあえてLPガスを使う必要がなくなってきた。

同時にLPガスの販売店も経営者の高齢化や後継者不足などで減少。元売りや卸売は直売を拡大し、短期的には利益につながっている。

そうした中、全世界的な脱炭素という要請に対し、燃焼するとCO2が発生するLPガスは、カーボンニュートラルへの道筋はなかなか描けない。このことが、岩谷産業が水素に注力する背景でもある。

脱炭素を目指す中期経営計画

2021年5月に公表された岩谷産業の中期経営計画では、「オールイワタニで「脱炭素社会の実現」を目指す」ことが示された。

LPガスの脱炭素化としてバイオマスや水素、植林によるオフセットを行っていくという。バイオマス利用については、食品事業を抱えているという理由もある。

そうした中で、本命の水素事業はどうなのか。

カーボンニュートラルな水素については、グリーン水素だけではなくブルー水素にも取り組む。ブルー水素とは、化石燃料由来でCCUS(CO2回収利用・貯留)を組み合わせたものだ。

これまでの実証事業としては、横浜の風力発電ではグリーン水素製造の実証、燃料電池でフォークリフトを動かした事例がある。また、北海道では褐炭からブルー水素製造を検討するなどでCO2を減らしていく。海外でも展開しており、オーストラリアでもグリーン水素の製造が検討されている。

さらに大きな展開として、トヨタ自動車、三井住友FGと「水素バリューチェーン推進協議会」を設立。さらには先程述べた福島での実証、東芝エネルギーシステムや、東北電力と「福島水素エネルギー研究フィールド」を展開している。

水素事業に岩谷産業は600億円規模で投資している。その1つが純水素エネファームだ。家庭用燃料電池コージェネレーションシステムであるエネファームは、通常は都市ガスかLPガスを燃料としている。燃料を水素にすると、CO2が発生しないというメリットがある。

岩谷産業の脱炭素の課題

しかし、岩谷産業の水素戦略には課題もある。

例えば、火力発電用の燃料としては、日本に限れば輸入燃料として取り扱いやすいアンモニアに優位性があることだ。

一方、都市ガスの燃料としては、水素とCO2からメタンをつくる、いわゆるメタネーションが注目されている。これは都市ガスのインフラを利用できる強みがある。

したがって、インフラで水素を使う場面は限られてくるかもしれない。

また、水素の最大のライバルである再生可能エネルギーの電気にどのように対抗していくのかも課題だ。お湯を沸かすのであれば、オール電化でも問題ない。

再エネの電気に勝つ価値を水素が持てるかどうかが重要であり、水素がどこまで経済性を獲得できるのかが重要。

その一方、暮らしを支えてきたのが、LPガス事業でもある。LPガス販売店のネットワークを使い、生活者に新たな価値を提供できるのであれば、今後も暮らしを支える産業として残っていくだろう。

そうした中、まだまだ高い水素については、何よりも経済性を確保できるかが今後のカギになってくる。

(Text:MASA)

 

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もとさん(本橋恵一)
もとさん(本橋恵一)

環境エネルギージャーナリスト エネルギー専門誌「エネルギーフォーラム」記者として、電力自由化、原子力、気候変動、再生可能エネルギー、エネルギー政策などを取材。 その後フリーランスとして活動した後、現在はEnergy Shift編集マネージャー。 著書に「電力・ガス業界の動向とカラクリがよーくわかる本」(秀和システム)など https://www.shuwasystem.co.jp/book/9784798064949.html

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