FCV「MIRAI」の陰謀 EVサバイバー 第5回 | EnergyShift

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FCV「MIRAI」の陰謀 EVサバイバー 第5回

FCV「MIRAI」の陰謀 EVサバイバー 第5回

2021/09/05

前回は「EVに本気を出していない」「EV時代に乗り遅れるのではないか」と世間から心配されているトヨタ自動車は、「カーメーカー」から「モビリティカンパニー」への方向転換という大きなビジョンが進行しはじめていることを「トヨタイムズ」での豊田章男社長の言葉から読み解きました。

主題のEVの話題に進む前に文字数がかなりオーバーしてしまいましたので、今回は後半としてトヨタの電動車として注目されている燃料電池自動車(FCV)「MIRAI」や静岡県裾野市に建築途中の「ウーブンシティ(Woven City)」について考察してみたいと思います。

世界初である量産燃料電池自動車である初代MIRAIが登場したのは2014年。しかし、自動車業界のメディアは1999年から公道で走る燃料電池実験車両に接してきており、15年間あたためていたものが、慎重を期して登場してきたのだというイメージをもったことを思い出します。

1997年に登場した初代プリウスがカローラクラスの車格で登場し、2003年の2代目プリウスで車格をコロナクラスにワンランク上げてきたことに対して、初代MIRAIはもうワンサイズ大きいトヨタが世界で販売する主力セダンの「カムリ」のクラスでした。そして早くも2020年に登場した2代目MIRAIは、もうワンサイズあげて後輪駆動とした「クラウン」クラスとして登場しています。


写真参照出典:TOYOTA_ニュースルーム_新型MIRAIを発売より

プリウスは代を重ねるごとに販売を伸ばし、THS2と呼ぶプリウス発のハイブリッドシステムは、細かい熟成を積み重ねながら、ヤリスのようなコンパクトカーから、レクサスLSのようなビッグセダンににまで搭載されています。

一方、MIRAIに使われた燃料電池(FC)システムは別の展開をみせています。

  • FCフォークリフトと水素を製造・貯蔵・供給できる小型の水電解式水素発生充填装置「SimpleFuel(シンプルフューエル)」の市販
  • 米LAでの米トラックメーカーのケンワース(Kenworth)と共同で開発したFC大型商用トラックの実証導入
  • 燃料電池車技術を用いた、月面での有人探査活動に必要なモビリティ『有人与圧ローバ』のJAXAとの開発
  • FCバス「SORA」の市販
  • 定置式のFC発電機の本社工場やトクヤマ徳山製造所内への設置
  • フランスの自立エネルギー型FC船「エナジー・オブザーバー号」向けのFCシステムを開発
  • デンヨーとのFC電源車の共同開発
  • 日野とのFC大型トラック(日本国内向け、アメリカ向け)を共同開発
  • JR東日本、日立との燃料電池ハイブリッドシステム鉄道試験車両の開発および運行
  • FCシステムのパッケージモジュールを開発

そして、8月25日にはケンタッキー州ジョージタウン工場に、トラックなど大型商用車向けのデュアルFCモジュールの専用ラインを設置し、2023年に組み立てを開始すると発表しました。

「MIRAI」はクルマじゃない

これらからわかることは2つあります。ひとつは、乗用車領域ではFCVの採用は大きめの車体の車両の一部に限られ、トヨタも小型車、中型車は、バッテリーEV(以下BEV)を考えているということ。もうひとつは、トヨタは自動車向けに開発した燃料電池ユニットを、定置型発電機に構成し直して販売したり、ユニットを外販して、他社モビリティにパワーユニットとして提供することを考えて、着々と実行しているということです。

逆に言えば、FCV乗用車であるMIRAIはトヨタにとってぜんぜん本命ではなく、燃料電池開発を通じて、単なる自動車メーカーを脱してカーボンニュートラル時代のエネルギー企業との複合体を目指していると考えられます。1,000万台を生産する巨大自動車メーカーに出資していると思っている株主たちにとっては「えっ?燃料電池の開発って自動車のためじゃなかったの?」と戸惑う部分だと思います。豊田社長は、連載前回でもありましたように”だから自動車の量産ではなく幸せの量産といったでしょ”と、確信犯で抽象的な目標を示しているわけなのです。

さて、静岡県裾野市のトヨタ東富士工場跡地につくられるウーブンシティの注目もやはり水素エネルギーです。

私は幸運にもコロナ禍が始まる直前の2020年1月にアメリカ・ラスベガスで行われた、CES 2020におけるウーブンシティの発表イベントに立ち会うことができましたが、そこでは、以下のように語られました。

「様々なものがつながり合い、デジタルで、そしてトヨタの燃料電池技術を原動力にした持続可能な未来のインフラを作り上げることができます。」

「屋根には、太陽エネルギーを収集するため、太陽光発電用のパネルが敷き詰められています。」

「地下には、水素燃料発電や雨水ろ過システムをはじめとする街のインフラがすべてあります。」

私は、そこで語られた「地下の水素燃料発電所」が一体どういうものなのか、大変興味をもってその後の発表に注目していました。トヨタの燃料電池技術を元に大規模な都市型発電所を構築するのは、日立や東芝のような重電メーカーではないかと予測していましたが、見事に裏切られたようです。結局、パートナーに選ばれたのはエネオスでした。

エネオスが建設・運営するウーブンシティ近隣での水素ステーションに設置した水電解装置にて、再生可能エネルギー由来の水素(グリーン水素)を製造し、ウーブンシティに供給すること。そして、トヨタは定置式FC発電機をウーブンシティ内に設置し、グリーン水素を使用した電力供給を行うことが明らかになりました。

前回のウーブンプラネットの設立背景と今回のウーブンシティでの水素燃料電池への傾倒を考えるとトヨタが見据える未来の姿は、モビリティとエネルギーに独自の強みを持ち、それを統合コントロールするICT技術におけるソフトウェアを自前で構築・運営できる企業群ということになります。

トヨタ流のカードゲームとは

「FCVはBEVに対してコストや炭素排出で不利。水素発電は、太陽光発電や風力発電に対してコストや炭素排出で不利。トヨタは悪手に力を入れている」という意見がありますが、私にはトヨタが、トランプカードで言うところのジョーカーを持ちたがっていると理解しています。

現状、欧米を中心にほとんどの自動車メーカーがBEVへの移行もしくは完全移行を宣言しています。ジャガー・ランドローバーやアストンマーチンなど、車両が大型高価でかつ生産台数が少なく独自性を持つ内燃機関エンジンの開発が重荷になっている自動車メーカーにとってBEV化は最高の選択です。

一方でテスラをはじめBEV専門の新興企業も中国、アメリカ、ヨーロッパでどんどん生まれています。今後は東南アジアやインドからも含めて、BEVへの新規参入組は増えるでしょう。もちろんトヨタもBEVに関しても全固体電池やバイポーラ型など独自の技術で競争力を持たせようとしてくるのでしょうが、現在の内燃機関自動車とは比べ物にならないほどのレッドオーシャンでの戦いになることは確定です。利益率は低くならざるを得ません。

ならばそういう自動車メーカーと同じカードだけで戦うのではなく、差別化された領域、ジョーカーを持つことがカードゲームを有利にするのです。世界の需要の3%かもしれない燃料電池車両の技術を持つニッチナンバーワン戦略がそれにあたります。

すでに2023年からの供給を宣言している、大型車向けのFCパワートレーンモジュールを提供してゆくような、多方面へのFCサプライヤー戦略も可能になります。バッテリー技術は競争が激しいため、優位を得られたとしても他社に提供するより自社の競争力アップに利用したほうが有利かもしれませんが、ライバルが少ないFCシステムでは圧倒的な技術を背景にサプライヤーにもなることで量産数を増やし、その後のコスト競争力でさらに有利になることもできるのです。

そして大型車向けのFCモジュールを使った定置型発電機の存在も、トヨタをエネルギーカンパニーに押し上げるジョーカーとなります。もちろん発電機単体としてはコモディティ化している太陽光や風力発電とのコスト競争は不利かもしれませんが、グリッド単位でのエネルギー供給やエネルギーセキュリティを考えた場合、太陽光、風力、蓄電池、そしてFCを統合したハイブリッド運用がシステムとしての強みを発揮する、そのようなシナリオを描いていると考えています。ジョーカーは単体で切り札となるだけでなく、他のカードとの組み合わせでも価値を発揮するのです。

ウーブンシティ内ではBEVが走行する

これらの水素エネルギー戦略を具体化し、実証実験としてもショールームとしても機能させてゆこうというのがウーブンシティだと思います。ウーブンシティは水素燃料電池を切り札にしたハイブリッド再生可能エネルギー都市となるはずです。

大きなコンセプトとして街全体を支える巨大な発電所を持たない分散型スマートグリッドの街となるでしょう。当然太陽光や風力の発電施設はつくられるでしょうが、そこに蓄電池と燃料電池が組み合わさったFCハイブリッド定置型発電機が街に点在して、地区のエネルギー需要と自然エネルギー発電の予測を行いつつ、蓄電池をハブにして燃料電池からのエネルギー供給を組み合わせながらオフグリッドを形成するのではないでしょうか。高級車くらいの価格や大きさの定置型発電機はトヨタが量産するにあたって最も得意とするサイズ感です。

各オフグリッドはモビリティが繋ぎます。BEV自動運転シャトルは人だけでなく、エネルギーの運搬も担うわけです。ちなみにウーブンシティと外部との物流は大型FCトラックによる物流を考えているようです。


写真参照出典:TOYOTA_ニュースルーム_トヨタ、「コネクティッド・シティ」プロジェクトをCESで発表より

各グリッドはエネルギー的にはオフグリッドであっても、データはクラウドで繋がっています。全体のAIはモビリティの運行状況を把握しながら次の移動とエネルギー需要を予測します。エネルギーとモビリティ、光や風の地球の営み、そこに暮らす人の営みを、AIで予測しながらソフトウェアがコントロールするウーブン都市OSの姿をイメージしてみました。

ウーブンシティだけでは足りない!

今回の記事の最後になりますが、トヨタには以前からリクエストしていることがあります。ウーブンシティは新規で作るグリーンフィールドスマートシティゆえ、箱庭的にキレイに、理想的な未来都市の姿を提示するのが目的のプロジェクトかもしれませんが、私はトヨタにとっての最大の街づくりの課題は、城下町豊田市だと思っています。

大東建託が2021年6月に発表した「街の住みここち&住みたい街ランキング2021・愛知県版」では、愛知県の住みたい街ランキングで豊田市は30位以内に入っていません。トヨタの社員ですら豊田市に住みたがらず、わざわざ名古屋からの通勤を選ぶ社員も多いと聞きます。もしトヨタがエクセレントなモビリティカンパニーを目指しスマートシティに食い込みたいと思うのならば、例えば東急電鉄のように、誰もが住みたいと思う魅力的な街を作ることができるノウハウを身につける必要があると考えています。それが、モビリティの整備とエネルギーマネジメントされたカーボンフリー技術とそれを統合する都市OSで可能なのかを、まずお膝元の街で、ブラウンフィールドスマートシティを作ってみてはどうかと思うのです。

トヨタ生産方式(TPS)は工場生産の徹底的な効率化が信条です。工場跡地につくられるウーブンシティもDNAを引き継ぎ、おそらくエネルギーやモビリティが徹底して効率よく運用される街になると思います。しかし、先進的で効率的な街、というだけでは人を惹きつけ、住んでいる住民のQOLを最大化するには不十分です。

前回ウーブンプラネットが多様性を核にしたイノベーションが起き、誰もが働きたいと思う社風を目指していると書きましたが、人々が住みたいと思う街の要素は何でしょうか。豊田市をスマートシティ化してゆく過程で、都市OSは何を考慮しなければならないのでしょうか。

アート・カルチャー・ホビー・スポーツ・ネイチャー・ヘルスケア・エンターテイメントなど、これらすべてをウーブンシティに組み込むのは大変ですが、じつは豊田市にはすべてがあります。立派なスタジアムやコンサートホール、美術館、病院、商業施設、広大な森など自然も豊かです。それでも人気がない。

ウーブン都市OSの応用編として、豊田市が快適なモビリティと脱炭素を両立しつつ、人を惹きつける魅力を放つことができるのか、いつか住んでみたい街と呼ばれるのか。とても興味深いと思いませんか。

第6回につづく 【次回掲載 9月中旬予定】

 

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三浦和也
三浦和也

⽇本最⼤級のクルマ情報サイト「レスポンス」編集⼈、社⻑室⻑ アスキーにてWEBメディア編集を経て、1999年に⾃動⾞ニュースサイト「オートアスキー」(現レスポンス)を⽴ち上げ。2000年にはiモードでユーザー同⼠の実燃費を計測する「e燃費」を⽴ち上げる。IRIコマースアンドテクノロジー(現イード)に事業移管後は「レスポンス」の編集⻑と兼任でメディア事業本部⻑として、メディアプラットフォームの構築に尽⼒。2媒体から40媒体以上に増やす(現在は68媒体)。2015年にイードマザーズ上場。2017年からはレスポンス編集⼈、社⻑室⻑として次世代モビリティアクセラレーター「iid 5G Mobility」を開始。既存⾃動⾞産業へのコンサルティングと新規モビリティベンチャーへの投資や協業を両⾯で⾏い、CASE/MaaS時代のモビリティを加速させる⽴場。最後のマイカーはプリウスPHV。現在はカーシェアやレンタカーを利⽤するカーライフ。