脱炭素エネルギーや、CASEという文脈で語られることが多い電気自動車(EV)だが、自動車としてあらためて評価した場合、「どうなの?」という見方もあるだろう。モータージャーナリストである大田中秀一氏が、あくまでクルマとしてのEVにこだわってみた試乗レポートをお届けする。第1回で取り上げるのは、テスラ・モデル3。クルマ好きの正直な感想は「イーロン・マスクファンならどうぞ」であった。それはどういう意味なのか。
シリーズ:EVにややロングに乗ってみた
クルマ好きの私、不肖オオタナカが予備知識を持たずにEVに乗ったら、クルマとしてどんな印象を持つのか? EVに興味がない身として何を感じたのか?
こんなスタンスでEVに乗ってみた印象を感じたままに綴るシリーズを何台かお届けいたします。あくまでも“旧来のクルマ好き”という観点を土台にしていることを予めお断りいたします。
さて、一台目はテスラ・モデル3です。
EVをメジャーな舞台に押し上げたメーカーとして歴史に名を刻んだテスラにまず乗らねばならないでしょう。たまたま知人の会社で所有しているクルマを借りられたのでワクワクしながら乗りました。
乗ったのはテスラ・モデル3・ロングレンジという655万2,000円のモデルです。
街中→都市高速→東名→中央高速→街中を1時間半ほどいろいろ試しながら確かめながら走りました。
結論から言うとこれはやはりクルマではなくタイヤが4つ付いたタブレットです。
ただ、テスラという新しい乗り物だと思えばこんなものだとも言えます。
だから、会社としてのテスラをトヨタと比べたりテスラ車を従来の自動車メーカーが作ったEVと比較したりするのも無意味、ナンセンスです。思想も何もかもが根本的に違うのですから。
なんでそう思ったのか? 乗りながら感じたことを綴ってみます。
① 前進中にいきなりバックする
別のドライバーが運転中に間違ってシフトレバーに手が触れてしまったのですが、その瞬間テスラは即座に、いきなりバックを始めたのです。これはほんとうにびっくりしました。自社駐車場内で操車中のことだったので大事には至りませんでしたが、軽いパニックを起こす危険性がありますし、一般の駐車場でもし後にクルマがいたらそちらの方が驚いて急なアクションを起こすなど事故を誘発する危険性もあります。
時速8キロ未満なら操作できてしまうということを後から取説を読んで知ったのですが、書いてあるということはわざわざそうしてあるということ。なんでそんなことをしたのかイーロン・マスクを問いただしたい。
ソフトウェアで簡単に変えられるはずなのでまずは改善して欲しいと強く願います。
② ハザードランプスイッチが見つからない
走り出してすぐにスイッチオンしたい局面に遭遇したのですがありそうなところを探してもスイッチが見つからない。結局見つけることができず、降りてから245ページのpdfマニュアルをダウンロードして調べたらルームミラーの上にあることがわかりました。まさかそんなところにあるなんて。
探し方がヘタでどんくさいだけであり、オーナーは何の問題もないと言われればそれまでです。
しかし、必要な局面で最小の視線移動で指をそこに付けるという点でもあの場所はどうかと思います。
③ 加速力が爆発過ぎる
試しに一気にアクセルを床まで踏み込んでみたのですが加速が暴力的過ぎ。脳が置いていかれて頭蓋骨にぶつかって痛い感覚を味わいました。
いつだったか富士スピードウェイで日本を代表するレーサーで内外の数々のレースでの輝かしい戦績を誇る関谷正徳氏がドライブするマクラーレンF1に乗せてもらったことがありますが、その時の全開加速並の感覚でした。そんな加速一般道で必要かな。
それに間違えて全開になってしまったときに安全デバイスの制御で間に合うとはとても思えません。
特に①②については従来の自動車メーカーではあり得ないことです。
たくさんありますが代表的なものをご紹介いたします。
① タッチスクリーン操作が・・・
ここに必要な情報が集中表示され、操作もほぼ全てこれで行うのは、スマホ慣れしている現代人にはそこだけとってみれば親和性もあり使いやすいのかもしれませんが、それが車載となるとどうでしょうか。違うなと思います。ワイパーの動作モードを変えるだけでもメニューを辿っていかねばならず苦労しました。
クルマの操作系は運転中でも最小限の視線移動やステップで操作できるように配置されています。表示系も然り。従来のクルマの評価軸にもこの点が含まれていました。
ところがこれはそうではありません。深い階層にまで進んでいかなければならないこともあり、それだけでも操作手順が増えて集中力がそがれてしまう。
すべてがボイスコントロールできればまだいいですがそんな機能はありません。
② タッチスクリーンが目障り
センサーやカメラが捉えた周囲の状況がモニターに表示されているので目視した状況と照らし合わせて「ああちゃんと見てくれているな」と思えるのでそれはそれで安心できそうな気もしますが、通常運転時にその情報必要? と思います。第一そんなものを見ていたら危ない。
法律的な懸念もあります。
今の道交法では運転中のスマホ操作も画面の凝視も違反になりますが、これは? これ自体はスマホではないので字面の解釈としてはセーフなのかもしれませんが、“注視してはならない”という部分と精神の切り口ではアウトですねきっと。総合判定はグレーというところでしょうか。スマホとのリンクもできるわけですし。助手席に誰かいればと言うのでしょうけど、一人のときは?
また夜間は光る大判タブレットが目障りです。これは私ではなく、夜間走行したことがある別の人に聞いた感想です。何かをかぶせて運転していたと言っていました。
③ 運転に関わる操作がゲーム機
上に挙げたシフトもそうですが特にステアリングが。ステアリングを回したときの感覚、路面への意思の伝わり方、路面状況のフィードバック、全てがロジクールのフォースフィードバックプロ(ゲーム機のコントローラー)と同じようなフィーリング。現実味がありません。また、遊びが少なく反応が機敏すぎて疲れます。レーンキープやこの先に目指している自動運転を睨んでいるからこういうセッティングになるのだと思いますが、制御で簡単に変えられるのでそこは別々の味つけにしてもらいたい。
ドライバーの操作をステアリングを通して路面に伝え、またステアリングを通じて路面の状況やタイヤと路面のコンタクト状況を知ることがより良く安全な運転につながります。だからこれは大事なことなのです。
④ 回生ブレーキが強すぎて
標準モードでは強すぎ、アクセルペダルをもどした瞬間にガクンと急激に利くので驚くし危ない。いかに電力回生のためとは言え利きすぎ。
⑤ 進路も変えない、向きも変えないのにステアリングを動かす違和感
オートステアリングが作動させている場合でもステアリングに手を添えていなければなりませんが、その証拠として定期的にステアリングを動かさなければなりません。遊びが消える程度の軽微な操作ですが、右にも左にも行く気がないのに時々ステアリングを動かすなんて。前述の通り遊びが極めて少ないのでかなり気を遣います。
ハイテクなテスラなので、センサーやカメラなど別の方法で解決する技術はあるはずです。
⑥ テスラに報復される
オートステアリング状態で「ハンドル動かせ」という指示が出たとき(画面が部分的に青くなる)それを無視すると次は赤い警告がでてオートステアリングがキャンセルされ、画面が赤く点滅して自動で強制的に減速そして停車します。そこまでいかずともマニュアルで走行を継続し、しばらくしてからオートステアリングをオンにしようとしても反応しません。おや? と思って画面を見ると、
「さっき私の指示を無視したからその機能はもう使わせません」
というようなアラートが出ています。仕返しか?
一度停車し一旦システムオフオンするまでは使えなくなるのです。気難しい彼女か! と思いました。
⑦ ベータ版の機能がある
ワイパーコントロールはまあいいとしてもオートステアリングというテスラの目玉と言える機能がベータ版。Windowsじゃないんだからと思います。
Windowsはクラッシュしても痛くもかゆくもないけれどクルマはそうはいかないので、未完成品をユーザーにテストさせるのはやめてもらいたい。
テスラに任せるモードだと信号機や標識を検知してそれに合わせて減速、停止、加速もしてくれるようですが、その動きが実情に合わない場合、ドライバーの意思に合わない場合は操作が必要になります。一事が万事この調子。
元々の制限事項もあるし、ほんとにちゃんとやってくれるのかと心配しながら場合によっては自分で操作を加える・・・・・・実際疲れます。クルマからの修正動作も強すぎることも疲れる要因です。
だったら最初から自分の意思だけで運転した方が楽。
オーナーたちも支援デバイスを使わず、ただのクルマとして運転しているんじゃないでしょうか。
いわゆる自動運転レベル5になるまではクルマ自体がベータ版だからこうなるのです。
先入観を排除して、とはいうものの従来のクルマを知っているわけですから排除はしきれないという立場で絶対評価を試みましたが、やはり安っぽいクルマっぽいものとしか思えなかった。
ベータ版だと明言している機能もそうですが、ベータ版ぽい部分が多くあるし、「そんな機能くらい付けられるやろ」と思うことも多く、歴史に刻まれる革命的製品で味わったようなワクワク感がないし、絶対的革命感もない。「これええやんか!」と無条件で欲しくなることがなかったのが残念。
タッチパネルで全て操作するのは先進的に見えますが、ここに集中させることでかなりコストが節約できているはず。コストを削った跡があからさまに見えているのも革新的と思えない部分。
操作はすべてボイスコントロールで行ない、大判ディスプレイには必要なときに必要な情報だけを表示するようにすればいいと思うのですがそれができない。ミラーもカメラを使ったいわゆる“ミラーレス”ではなく鏡面タイプ。
とにかくとてもアンバランスです。
以上、何もいいところがなくボロカスという感じですが、それはあくまでも従来、旧来のクルマの経験が土台にあるためなので、初めて乗ったクルマがテスラだという場合は特に問題ないでしょう。
ITを使いこなす人たちなら不具合や機能追加のアップデートが当たり前なので、ベータ版の何があかんのと思うでしょうし。
それにクルマというアイテムはアイコン、自身のアイデンティティやスタイルの表現手段でもありますし、世間体というのもクルマ選びに影響を与えます。
世の中クルマ好き、運転好きばかりではありません。新しい物好き、自分をテスラに乗るような人だと見せたい人、イーロン・マスクに心酔している人、テスラの株主も多くいます。そんな人たちが買うのはいいと思います。
ただ、一度テスラに乗った人は従来のクルマに乗り換えるのはやめた方がいいかもしれません。同じ感覚で運転するとちょっと違ったことが起こりますきっと。全く別の思想で作られた乗り物なので。
クルマ好きが乗ったらただの使いにくい安っぽい乗り物ですが、テスラの存在意義や理由は別のところにありますので、とりあえずはああそうですかと見守るのがいいかなと思います。
ここまで書いた時点で先日開催された展示会で話すきっかけがあった数人のEVや自動運転の開発に携わる技術者にテスラのことを聞いてみました。曰く、
そうなんですね!
今後世に出るといわれているIT系によるEVは移動できるIoTデバイスの切り口で見て評価しなければならないでしょうし、その点ではプラットフォーマーの戦略によって想像もしない製品が生み出されワクワクさせられることが起きるかもしれません。
ちょっと楽しみになってきました。
(取材・写真・文:大田中秀一)
モビリティの最新記事