9月7日、トヨタ自動車が会見を開き、蓄電池の戦略を発表した。1.5兆円という投資額を発表したことで、金額ばかりが取り沙汰されているが、記者会見を全部見ると、実際には、テスラやフォルクスワーゲン(VW)がやっているような、包括的なバッテリー戦略の詳細説明だった。トヨタここにありを示した会見で、これはまさにトヨタ版「バッテリーDAY」といえる。今回は、トヨタの蓄電池戦略について、ゆーだいこと前田雄大が解説する。
目次[非表示]
すでに、いくつか報道されており注目論点も多い。そこで、今回は次の6つについて、一つずつ、解説していきたい。
それでは、①1.5兆円の蓄電池投資について解説していきたい。
トヨタは電動化が基軸だと分かっている。そして、その中でコアとなるのは次の図のとおり、モータ、パワーコントロールユニット、そして、蓄電池である。
出典:トヨタ自動車
それは、BEVはもちろんのこと、FCVだろうがPHEVだろうが、HEVだろうが、蓄電池は使う。そのため、この蓄電池は、これから非常に大事になる。
そこで、トヨタはシンプルに「蓄電池生産に新規投資します」と宣言した、という格好だ。その額が1.5兆円。そして、それは2030年までのタイムラインで投資がされていくことになる。
内訳だが、5,000億円が研究開発。そして、1兆円が生産ラインの増強になる。
5,000億円の研究開発の中には、後述するが、一台あたりの蓄電池のコスト低減も含まれている。
そして、設備増強の1兆円。一気に全額投資するのではなく、毎年コツコツと投資して、段階的に生産ラインを増やしていくという形になる。ちなみに、トヨタの2021年3月期の電池向け投資額は800億円。この額を増やし、そして継続して積み上げていく。今後は年1,000億円超の水準を2030年まで続け、その合計が1兆円になる。
元々は2030年までに180GWhの生産能力を目指すとしていたトヨタだったが、昨今の脱炭素、車の電動化の波を踏まえて、今回の投資で増強。2030年までに200GWhの生産能力にする、とした。
あれだけバッテリー工場を作るといったVWも欧州全体で240GWhの目標だ。200の大台に載せた、ことは評価できる。もちろん、仮にBEVの普及が予想よりも早い場合は、200GWh以上とすることも想定している。
その増強スケジュールだが、まず2025年までにBEV用の蓄電池ラインを10本増強、2026年以降、毎年10本以上の生産ラインの増強を行い、トータルで70本程、BEV用として用意していく予定だ。
トヨタもかなり軸足がEVに移ってきた感がある。
続いて世間で関心を集めている②全固体電池の現状、こちらについてお伝えしたい。
まず全固体電池、これは次世代電池として、各国の企業が競争しており、開発・導入を急いでいる。
トヨタは世界で一番、全固体電池の特許を持っており、その観点ではフロントランナーでもある。
さまざまな特性を持つ全固体電池だが、次の図のように整理できる。
出典:トヨタ自動車
イオンの動きが速い、高電圧に耐えられる、高温への耐性があるという特徴から、高出力で、航続距離が長くなり、また充電時間を短くすることができる、という夢のような特性がある。
プラス、安全性も高いと一般にはされている。
さて、その全固体電池、開発状況について発表があったのだが、二重の意味で意外な発表であった。
まず一つは進捗という意味での意外性だ。
全固体電池搭載の車がナンバーを取得して、日本の道路を走っていることが会見で言及された。
全固体電池搭載の車のナンバー取得は世界初。
去年6月に試作車を作成し、走行データを入手。それらを踏まえて8月にナンバーを取得し、一般走行をし、さらにデータを取得していったという。
その結果、判明したことがこれだ。
出典:トヨタ自動車
元々特性としてイオンの動きが速いことは分かっていたが、それが想定以上に速いことが分かった。イオンが高速で移動するということは、それだけ出力が高くなるという特性が出てくる。しかしその一方で、寿命が短くなるという欠点も出てくる。
そうした特性から、全固体電池については、BEVではなく、まずはHEVから搭載をし、そこでデータを溜めながら、改善をしてBEVにつなげていくという発表がされた。
てっきり、全固体電池はBEV用かと思いきや、まずはHEV、ここが2点目の驚きだ。
ただ、見えてきた特性と課題を踏まえ、しっかりロードマップを描く。しかも、世界に先駆けて導入していくというから、さすがトヨタというところではないか。
HEVに搭載し多くのデータが取れれば、それを改良につなげられる。上図右のとおり、隙間の発生を抑えるなどして、高出力の特性を活かしながら、高寿命を両立させる。その先に、優秀なBEV用蓄電池の完成が待っている、そういうロードマップだ。
ちなみに、実際の全固体電池の投入時期は2020年代前半と、こちらは従来の目標を維持した格好だ。
とはいえ、全固体電池もかなり形が見えてきたのではないか。
蓄電池投資と全固体電池について、解説したわけだが、今回はトヨタにとってのバッテリーDAYだ。実際にはもっと奥深い、重要な情報があった。次にそれらを解説していきたい。
③トヨタの蓄電池に関するこだわりと考え方だ。
いま、車載用蓄電池は航続距離、高速充電、そしてコストが注目を浴びることが多い。
もちろん、トヨタはそこも意識しているのだが、それだけでは車づくりはダメだ、安全、長寿命、高品質、良品廉価、高性能、この5つをしっかり高いレベルで実現することが重要だとした。
出典:トヨタ自動車
これだけを見ると当たり前じゃないかとなるのだが、明示的にトヨタは会見で、例えば高速充電は電圧を高めれば可能だし、高出力だけを求める、ということも当然可能だ。しかし、電池特性として、それらを追い求めると、安全性がついてこない、と指摘した。
いま、実際に、韓国LGの蓄電池の発火が問題となっている。現代もGMもリコールにまでなり、そして、GMと蓄電池プラットフォームを共同開発するホンダも影響を受ける可能性がある。
トヨタは、今回の会見で、暗にそこに釘を刺したのではないか。分かりやすい性能だけを求めると、必ず弊害が出る。
だが、車は、安全安心と性能が両立してこそ、であると。
その上で、トヨタの求める電池の安全についても言及した。
次の図のとおり、高負荷が電池に与える影響を分析し、そのデータをとにかく集める。そうしたデータを元に、電池は高負荷がかかれば、不具合が生じる傾向のあるものだが、そうならば、それをしっかり監視することで、異常・発熱などを検知して、事故を未然に防ぐ仕組みを作り上げた、とした。
出典:トヨタ自動車
トヨタのこだわり、2つ目は長寿命だ。
長寿命については、HEVのときから培ってきたものを昇華させ、BEVにも活かすとし、劣化物抑制などの技術によって、新たに投入するBEVに搭載される蓄電池については10年後の容量維持率を世界最高レベルの90%にする、という目標設定に言及した。
このレベルの寿命をトヨタが実現している、というのは新発見であり、驚きでもあった。これはBEVにおいても、市場は高く評価するポイントになるはずだ。
その上で高品質にも言及。生産工程や、構造がしっかり設計されていなければ、正極と負極の接触が生まれ、これが故障の原因となる。そのため異物の発生を防ぐことが重要であるとして、トヨタはそこを徹底し、故障が発生しない高品質の電池を提供するとした。
これらは、充電や出力、航続距離に隠れがちな論点であり、確かにいま、立ち返らないといけない論点である。
こうした論点でも高いクオリティを出しながら、航続距離、出力、充電でも高い答えを出す、それがトヨタの目指すところであり、実際にそれが実現できたら、脱炭素時代においても「トヨタ強し」、になるのだろう。
こうした蓄電池の根底思想を共有した上で、④トヨタの電池のフルラインナップと、バイポーラ電池の採用について触れたい。
これがトヨタのフルラインナップだ。
出典:トヨタ自動車
HEVの場合は瞬発力が重視される。その特性を踏まえて開発されたニッケル水素電池、リチウムイオン電池、それらを進化させるとともに、今年から新たにバイポーラ型ニッケル水素電池を搭載する。
対して、持久力が重視されるBEVやPHEVについてはリチウムイオン電池を進化させるとともに、全固体電池を含む次世代電池を投入していく、とした。
それぞれ求められる車の特性によって、使い分ける、というトヨタ鉄板の「オールメニュー」対応になっている。蓄電池でオールメニュー、これは競争上強いし、かつ、脱炭素にしっかり乗ってきた感がある。
そして、次世代の電池がこれだ。
いまのリチウムイオン電池は液系だが、それに対して先述した全固体電池がある。
ただし、全固体電池だけではなく、液系電池についても、材料の進化という方向性、そして、新構造の両方を模索するとした。これを2020年代後半投入に向けて開発をしていく、という。
それに加えて、世界で初めてバイポーラ型の蓄電池を車に投入する。
バイポーラ型は構造が異なり、その結果、従来型だと電流が多くの経路をたどるが、バイポーラはストレートに大電流を流すことができる。そのためコンパクト化とともに、高出力が実現できる格好だ。
バイポーラ型蓄電池は今年から新型アクアに搭載され、同じ体積で2倍の出力を実現するに至っている。
高出力以外にもバイポーラには利点があり、まず構造がシンプルであること、シンプルゆえに部品点数が減る、という利点もある。メディアとの質疑応答でも、「BEVに使えるのか」という質問に対し、「使える」とトヨタは回答。ただし、「あくまで選択肢の1つである」としたところが、オールメニューのトヨタらしい。
いずれにしても、蓄電池の世界で注目されるバイポーラ型、これも車搭載世界初であり、いかにトヨタが蓄電池でも進んでいるかが分かる。
ここまでの解説に対して、「技術は分かった、でもコストは?」と思う読者も多いだろう。
そこで次に⑤トヨタによる蓄電池のコスト低減、電費改善について解説したい。
概念はシンプルだ。
出典:トヨタ自動車
まず電池そのもののコスト低減をはかる。
高価なコバルトやニッケルなどはできるだけ使わず、別の材料を模索し、材料費を安くしていくというのが一点。次に、いまは電池パックを作っているが、これをパックレスにして、車と一体構造にすることで、無駄を減らすなど、構造からのアプローチがある。
またいまは、電池は寿命追及との両立の観点から、電池容量を100%使い切らないエネルギーマネージメントにしているが、寿命を追求しつつ、使用可能容量比を高めるとも言及。
それら改善を行うことで、2020年代後半には30%、電池そのもののコストを下げる、とした。
加えて、車における電費改善も盛り込んだ。
走行抵抗の低減のほか、車の軽量化や、高効率のパワー半導体の導入にも言及。車の電費を30%改善するとした。電費が30%改善するとは、同じ航続距離実現のための蓄電池容量を30%減らせることであり、車一台あたりのコスト改善にもつながる。
トヨタは、電費改善も合わせて、トータルで車1台あたりのバッテリーコストを2020年代後半までに50%下げると発表した。
EVは蓄電池のコストが全体の3割を超えると言われている。蓄電池が50%低減するということは、車自体の価格が15%以上下がることになる。
品質を高めながら、同時並行でコストを下げる。ここは日本メーカーが頭ひとつ抜け出しており、テスラやVWの発表と比べても引けをとらない。さらに、安全・品質という論点では上をいく印象すら与える。
このバッテリー戦略を携えて、トヨタはどう戦うのか。
最後に⑥トヨタの蓄電池戦略を通した全体の考え方について解説する。
トヨタが会見冒頭で示した図がこれだ。
出典:トヨタ自動車
トヨタはあくまでもカーボンニュートラルの実現に貢献する。その中で、再エネが進んでいる地域はゼロエミッションヴィークル、それ以外のところは移行期としHEVも含めた電動化である、とした。
こうした地域事情の差、そして、ニーズが異なる中、トヨタは、電動化という中で、オールメニューでやっていくと強調した。
やはり、根底にある考えは、そこにあるニーズ、それに細やかに答えるために、オールメニューを用意する、ということだ。
BEVであれば、アメリカは航続距離を求める、中国はそこまで航続距離はいらない、といった差も出てくる。とすれば、適する蓄電池も異なる。そうした異なる事情、ニーズに、蓄電池レベルでもオールメニューで細やかに柔軟に対応する、それがトヨタだとしたわけだ。
今回の一連の蓄電池戦略を聞けば、いかに、この精神でトヨタがやってきたかが分かるだろう。
たしかにHEVに傾倒し過ぎた時期があった。BEVについては若干読みを誤り、後発になり、いまもチャージ中だ。ただ、その肝となる蓄電池については、しっかりと論点を押さえてやってきた、この部分については十分見えたかと思う。
あくまでも指標の一つに過ぎないとしながらも、電池関連の特許数でも世界1なのだという点もトヨタはアピールしていた。これも一つの裏付けにはなるだろう。
出典:トヨタ自動車
しかし、全て自前でやるのか。この問いについてはパートナーシップを広く持つと説明。中核となるのは、トヨタ・パナソニック連合だが、CATLなどの中国企業とも提携をする絵図が示された。その上で、パートナーシップも車のニーズも、地域によって使い分けるとしている。
出典:トヨタ自動車
車の電動化はまさに群雄割拠。テスラ、VWが先行する中、上海ウーリンのような中国の新興勢力も急成長している。少なくともBEVのセールスでは、いまは後発のトヨタ。
だが、今回の戦略には巻き返しに十分な材料があったのではないか。コストを下げ、性能を上げ、安全性は引き続き維持して、いい車を作る。
重要な論点をしっかり押さえて、「トヨタ強し」、この姿を世界に示してほしい。
今回はこの一言でまとめたい。
『バッテリー戦略もトヨタはすごかった』
エネルギーの最新記事