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EU指令で始まったドイツの電力自由化

EU指令で始まったドイツの電力自由化

電力自由化の先進国であるドイツ。長い地域寡占の後、EU設立後には自由化へと舵を切り、今では完全自由化となっていることは周知の通りです。
このシリーズでは、日本の未来を予見するドイツのエネルギー事情を、元NHKワシントン特派員のフリージャーナリストで、在ドイツ歴30年近くになる熊谷徹氏がリポートします。
第一回となる今回は、完全自由化になった経緯と社会の変化を振り返るとともに、国やEUがとってきた政策の流れを詳しく紹介します。

地域独占の時代:1935年の法律の影響が1990年にも残っていた

私はNHK記者として8年間日本や米国で働いた後、1990年からはドイツのミュンヘンに住んで働いている。

ドイツにやって来た頃、この国の電力市場は地域独占状態だった。たとえばミュンヘンに住んでいる市民は、地元の電力会社からしか電気を買うことができなかった。ベルリンやハンブルクなど別の町の電力の方が安いという理由で、そこから電気を買うことは禁止されていた。

当時ドイツの国土はいくつかの「供給地域」に分割されており、特定の電力会社だけが、独占的に供給を許されていた。これは、1935年にナチスが導入したエネルギー経済法*1の名残であり、電力産業を国家の完全な統制の下に置き、競争を禁止するという意図を反映している。戦後の西ドイツ政府も、基本的にはこの体制を踏襲した。

1998年の自由化で地域独占廃止。イタリアから電力を買うことも可能に。

だがそれから28年経った今、電力市場は一変した。ドイツでは、少なくとも法律の上では1998年に上記のエネルギー経済法が改正、地域独占が廃止され、電力市場とガス市場が完全に自由化されたからだ。「完全」という意味は、大量の電力を消費する事業所だけではなく、市民も電力会社の切り替えが可能になったという意味だ。

自由化によって、市民は、どこの町にある会社からも電力を購入することが可能になった。数多くある価格比較サイトに、自分の住む地域の郵便番号と、家族の人数、毎年消費する電力量を入力するだけで、一瞬の内に100種類近い電力契約の料金体系が示される。

電力比較サイト大手の一つ、verivox (https://www.verivox.de

気にいった料金体系があれば、このサイト上でクリックするだけで、電力会社を乗り換えることができる。イタリアやフランスの電力会社から、ドイツ子会社を通じて電力を買うことも可能になった。

電力会社の乗り換えは簡単で、消費者は「乗り換える」という意志表示さえ行うだけでよい。切り替えに伴う事務手続きは、電力会社が行う。つまり地域独占の時代に比べて、消費者の力や権利が強くなったのだ。

EUの電力指令が自由化の起爆剤になった

ただし、この自由化は国内経済の要請で行われたものではない。欧州経済を統合するという「ミニ・グローバル化」の圧力によるものだ。スタートの号砲を鳴らしたのは、欧州連合(EU)が1996年に施行した電力自由化指令*2である。

この指令は、国ごとに分かれている電力市場の間の垣根を取り払い、最終的には欧州に単一の電力市場を作ることを目ざしている(EUはしばしば、「欧州の電力市場を一枚の銅板のように、電力が自由に行き来する地域にする」という表現を使う)。

そのために、EUは加盟国に対し、電力市場を自由化し、他国の電力会社に門戸を開放することを法律で義務付けたのだ。各加盟国はEUの指令を自分の国の法律として法制化した。

EUは基本的に、自由競争と消費者保護を重視する。つまりEUは、地域独占の撤廃により新規参入企業を増やし、電力会社の間の競争を激しくすることを狙っていた。競争が激化すれば、電力料金が下がり、消費者の負担が軽くなるからだ。

この指令によって、自分の国の電力会社からだけではなく、EU域内のどの国でも自由に電力を買えるという恩恵を最初に受けたのは、電力を大量に消費するメーカーなど、大口需要家である。

EUは、1990年代以降、銀行や保険などあらゆる分野で、単一市場の創設へ向けて自由化・規制緩和を促進しており、電力自由化もその一環である。

大手電力会社による寡占の終焉

大規模な原子力発電所や褐炭火力発電所を運転していた大手電力会社にとっては、地域独占の方が都合がよかった。競争がなかったために、彼らにとって電力料金は税金のようなものであり、安定した収益を保証していたからだ。

つまり大手電力にとって電力自由化は、心地よい我が世の春の終焉を告げる不愉快な事態だったが、法律で義務付けられたため、彼らもいやいやながらも従わざるを得なかった。したがってドイツの電力業界では、当初自由化に対する反発の声もあった。

特に不安を抱いていたのは、競争力の弱い小規模の電力販売者である。ドイツには1,000社を超える電力供給会社があったが、この内の大半はシュタットヴェルケと呼ばれる、小規模な地域電力供給会社である。

19世紀に創設されたシュタットヴェルケは、大手電力会社から電力を買って、町や村など特定の地域だけに電力を供給していた。

大手よりも競争力が弱いこの種の会社では、特に自由化への不満が強かった。1999年8月には、ルール工業地帯のデュイスブルクで、シュタットヴェルケの従業員4,000人が、「競争のせいで失業するのはごめんだ」と書かれたプラカードを掲げながら、自由化に反対するデモを繰り広げたことがある。

「電力自由化でドイツ産業界は56億€節約できた」

電力料金の競争が始まったのは、まずメーカーなど大口顧客向けの市場だった。ドイツ電事連(VDEW=今日ではBDEWと改称 *3)の統計によると、メーカーなど産業関連の大口需要家向けの電力価格は、1998年の自由化から1年後には、自由化前に比べて77%、2年後には38%も下がった(環境税などの税金を除く)

VDEWは、「自由化によってドイツの産業界は、2000年に56億€(7,280億円・1€=130円換算)の電力コストを節約することができた」と主張している。メーカー向けの電力料金が急激に下がったのは、大手電力会社がマーケットシェアを守るために、激しい値引き競争を展開したからだ。

当時VDEWのある幹部は「ドイツの電力市場は自由化前と比べて、革命が起きたかのように、変わってしまった。大口需要家にとって、電力会社の切り替えは日常茶飯事になったのだ」と語っていた。

私はドイツ南西部の大手電力会社EnBW *4の営業社員が、スーパーマーケット・チェーンの経営者と電力料金の交渉を行う様子を取材したことがある。

その社員は、「自由化の前には取締役でなければ決裁が許されていなかった大口の案件でも、1998年以降の競争の時代には、ヒラの私が決裁できた」と教えてくれた。

ドイツには安売りスーパーが多く、価格競争が激しい。牛乳やヨーグルトの卸売価格にマージンを乗せずに売り、キャッシュフローで稼ぐのは日常茶飯事だ。このためスーパーマーケット・チェーンの社長は、「我が社にとっては電力料金が1セントでも安いことが重要」と語っていた。

用心深いドイツ人の1割近くが電力会社を切り替える

ドイツ人は慎重で用心深い民族である。このため当初個人顧客の間では、電力会社を切り替えようとしない人も多かった。

BDEWが電力自由化から10年後に発表した統計は、興味深い。2008年の時点で大口需要家の52%が、電力会社を切り替えていた。さらに大口需要家の48%は、電力会社を変更しなかったものの、同じ会社の割安の契約に切り替えることにより、コストを節約した。つまり、事実上すべての大口需要家が、自由化の恩恵を受けたのである。

これに対し、庶民は事業所ほど積極的には電力会社を変えなかった。1999年から2008年までに、電力会社を切り替えた個人世帯は7%。同じ電力会社の、割安の契約に切り替えた個人世帯も、37%にとどまった。


電力会社を切り替えた個人世帯の累計数。
(資料=連邦系統庁・ 不正競争防止委員会)

ドイツに住む一消費者としてびっくりしたのは、毎月3,500kWhの電力を消費する世帯の毎月の電力料金の推移である。

1998年の電力料金は50€(6,500円)だったが、自由化が始まって2年後には電力料金が19%下がった。ところが、それ以降は毎年電力料金が上昇し、2007年には60.2€(当時のレートで7,826円)に達した。

つまり、電力料金が一番安かった2000年に比べて、48%も高くなったのである。

電力業界は、価格上昇の原因として、託送料金、卸売り価格や燃料価格の上昇、再生可能エネルギー促進のための賦課金の上昇などを挙げている。個人世帯の電力会社の切り替え率が当初低かった理由の一つは、様々な税金や賦課金のために、電力料金が大幅に下がらなかったことだ。

ドイツ経済エネルギー省や連邦系統庁は、消費者に対して電力価格を積極的に比べることを推奨している。こまめな情報収集と比較は、電力コスト節約のための第一歩だからだ。

今日では1990年代の後半に比べると、インターネットによって情報の拡散が容易になったため、電力会社を切り替える市民の数も、着実に増えつつある。2017年の時点までに電力会社を変えた世帯数は、累計で約466万世帯。これは全世帯数の9.6%にあたる。

だがドイツの電力市場の地図を大きく塗り替えた要因はほかにもある。それは、再生可能エネルギーの拡大と脱原子力政策を柱とする、エネルギー転換だ。このエネルギー革命については、次回以降詳しくお伝えしよう。

(続く)


*1:Energiewirtschaftsgesetz EnWG 1935年に制定

*2:第一次電力自由化指令(The first liberalisation directives (First Energy Package) ):1996年12月19日に制定、1997年2月19日発効。

*3:VDEW(Verband der Elektrizitätswirtschaft) 2007年にBundesverband der Energie- und Wasserwirtschaft (BDEW) に改称http://www.bdew.de

*3:EnBW Energie Baden-Württemberg AG(http://www.enbw.com)

この記事の著者

熊谷 徹(くまがい・とおる)

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。
ホームページ: http://www.tkumagai.de
メールアドレス:Box _ 2@tkumagai.de Twitter:@ToruKumagai

Facebook:https://www.facebook.com/toru.kumagai.92/
ミクシーでも実名で記事を公開中。


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