カーボンニュートラル・トップリーグ(仮称)は本当にCO2を減らすのか? カーボンプライシングについて考える 05 | EnergyShift

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カーボンニュートラル・トップリーグ(仮称)は本当にCO2を減らすのか? カーボンプライシングについて考える 05

カーボンニュートラル・トップリーグ(仮称)は本当にCO2を減らすのか? カーボンプライシングについて考える 05

2021/09/06

カーボンプライシングをめぐって、経済産業省は自主的な取組みとして「カーボンニュートラル・トップリーグ(仮称)」という構想を打ち出した。企業の脱炭素を促す取り組みとして評価できる部分もあるが、疑問もある。京都大学大学院経済学研究科教授の諸富徹氏が、経済産業省の研究会による中間整理を解説し、「トップリーグ」の問題点について検討する。

カーボンプライシングについて考える(5)

まずは既存の「国内クレジット取引市場」の活性化

カーボンプライシングについては、環境省中央環境審議会地球環境部会「カーボンプライシングの活用に関する小委員会(以下、「環境省小委員会」)」、および経済産業省「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会(以下、「経産省研究会」)」で検討が重ねられてきた。

両者とも、本年2月以来の検討結果を取りまとめ、7月末から8月初頭の会合で「中間整理」を発表した。そのうち、今回は経産省研究会の中間整理とそこに盛り込まれた「カーボンニュートラル・トップリーグ(仮称)」について検討していきたい。

経産省中間整理は、小委員会で出た意見をバランスよく取りまとめた環境省中間整理と異なり、明確な方向性を出している点に特徴がある。まず、典型的なカーボンプライシングである炭素税と排出量取引制度に関しては、表1のようにその利害得失が整理されている。本文では、このうち炭素税にはメリットがあるものの、

  1. 短期的に温室効果ガス排出を削減する手段や技術をもたない企業には負担増となるだけである
  2. 低所得者により重い負担が及ぶこと
  3. 既存エネルギー税制との関係を整理する必要があること

などの理由を挙げて慎重姿勢を打ち出している(ただし、否定しているわけではない)。

排出量取引制度についても、

  1. 許容排出総量を政府が定める必要があるが、適切な水準を政府が設定できるか課題があること
  2. 排出枠の配分についても無償枠の設定をめぐって諸外国で行政訴訟が発生していること
  3. 排出枠価格の調整にともなう制度的な煩雑さや行政コストの増大

といった事情を列挙し、同様に慎重姿勢を示している。

代わりに経産省研究会が注目するのが、

  1. 企業が社内で投資判断の指標として用いる「インターナル・カーボンプライシング」
  2. CO2の排出削減を価値化し、取引可能にした「クレジット取引制度(非化石価値取引市場、J-クレジット、JCM[二国間クレジット制度]、Voluntary Carbon Standard[JCS]、Gold Standardなど官民の取引制度が存在する)」
  3. EUが導入を検討している「国境調整措置」

である。

表1 炭素税と排出量取引制度の利害得失に関する経産省研究会による整理


[出所]経産省中間整理,20頁,図3-4.

「カーボンニュートラル・トップリーグ」とは何か?

以上の検討から中間整理はまず、産業界のニーズが高まっているとして、既存のクレジット取引の活性化を打ち出している。だがそれだけでなく、カーボンニュートラル達成に向けた中長期的な新規の取組も必要だとして、「カーボンニュートラル・トップリーグ(仮称)(以下、「トップリーグ」)」導入の検討を打ち出している*1

これは中間整理なので、その詳細な制度設計については書き込まれていない。イメージ図と概略的なことしか述べられていないため、ある程度、筆者の方で補いつつ解釈すれば、おおむね次のような制度設計が想定されていると思われる。

それは、経団連自主行動計画(現「経団連低炭素社会実行計画」)をベースとして受け入れつつ、経団連傘下の各業種が自主的な排出削減目標を設定していることを前提に、実排出量がそれを下回った場合は、それによる排出削減分をクレジット化し、他企業に売却できるような取引制度の仕組みを創出するということであろう。

簡単にいえばこれは、「総量規制のない排出量取引制度」である。つまり、この制度を導入したからといって、産業部門の温室効果ガス排出が削減されるわけではない。

むしろ、増える可能性も否定できない。また、各企業の持っている自主的な目標の定義がバラバラであるために、経済学でカーボンプライシングのメリットとされる「最小費用での環境目標の実現」も達成できない。カーボンニュートラルの実現が目標なのに、このような制度で大丈夫なのだろうか。

 


【出所】経産省中間整理案・概要紙5頁

この仕組みの特徴は、経団連自主行動計画をベースとしている点にある。そもそも、経団連自主行動計画とはいったい何か。これは、経団連傘下の産業が業種別にみずから排出削減目標を設定し、その達成度や取組の進捗度を第三者評価委員会や政府審議会によるフォローアップで評価を受け、さらなる改善を目指すという仕組みである*2

傘下の各業種は自らの排出削減目標を決めるにあたり、「CO2排出量」、「CO2排出原単位」、「エネルギー使用量」、「エネルギー使用原単位指数」のいずれの指標を用いるか、自主的に決められる。総量規制付きの排出量取引制度ならば、間違いなく「CO2排出量」を選ぶべきだ。だがそうなっていないのは、この制度が排出総量をコントロールすることを意図した仕組みではないこと、各業種固有の事情を最大勘案して目標を設定する裁量の余地を残したかったからだ。

上述のように、この仕組みでは排出量はむしろ増えるかもしれない。どういうことかというと、「CO2排出原単位(=CO2排出量/生産量)」の場合、CO2排出量を生産量で割った値が一定水準以下となることを求める「相対目標」なので、もし分母の生産量が増加すれば、それに合わせて分子のCO2排出量が増えても、生産量との比率を一定水準以下に抑えることさえできていれば、目標は達成できてしまう。これが、「相対目標」の環境政策上の欠点だ。

しっかり総量規制がなされ、取引単位が「CO2排出量」で統一的に定義された排出量取引の下では、生産量が増えればCO2排出量が増えるので、その増加分を排出枠の購入によって埋め合わせるか、自ら増加分を相殺する量だけ削減しなければならない。

ここで、企業は排出枠の市場価格に直面し、他社から排出枠を購入するのと自分で削減するのとどちらのコストがより小さいかを見て、どちらを選択すべきかを判断する。このプロセスを通じてより安価なオプションが選択され、削減費用が社会的に最小化されることになる。

だが、上記の「相対目標」の下では、企業が排出枠の市場価格に直面する必要がないため、費用最小化も実現できない

何のための「トップリーグ」導入か?

こうして経団連自主行動計画の制度的特徴を引きずってほとんどメリットがないように思える「トップリーグ」をなぜ導入するのか。それは、「トップリーグ」導入によって、経団連自主行動計画の欠点を多少なりとも是正できる可能性があるからだと考える。

経団連の自主行動計画上の目標はあくまでも鉄鋼、化学、造船などの業種単位で取りまとめられる。これに対し、経産省『中間整理』における制度の主体はあくまでも「企業」となっている。目標を設定するのは「業種」ではなく「個別企業」だということになる。これは、経団連自主行動計画の方法論とは、たしかに異なっている。

おそらくここに、「カーボンニュートラル・トップリーグ(仮称)」なる新たなスキームを立ち上げる理由がある。これは業種ではなく、あくまでも個社の集まりなのだ。つまり、経団連自主行動計画の枠組みとは別に、個社の判断で自主的に目標設定して取引に参加するのが、この「トップリーグ」なのだ。

実際、クレジット取引は鉄鋼連盟、電事連、自工会などの業界団体が参加の企業に成り代わって行うわけにはいかないという事情もある。取引を可能にするには、個々の企業の排出量を定量的に把握する必要がある。そのためには企業に、厳格なMRV(Measurement, Reporting, and Verification:算定・報告・検証)の仕組みに服してもらう必要がある。現行の低炭素社会実行計画に至るまで、経団連の取り組みに決定的に欠けているのは、個社ベースの取組の透明化という視点である。

「トップリーグ」が、厳格なMRVを前提として、意欲的な自主目標を持つ個社単位の取引制度の創設を意味するならば、経団連自主行動計画からの一歩前進を意味する*3

暫定措置の色彩が濃厚な「トップリーグ」

以上のように一定の評価ができる「トップリーグ」だが、恒久的な措置としてみた場合、直ちにいくつかの疑問が生じる。

第1は、いったいどれだけの企業が自発的にこの枠組みに参加するのかという点である。経団連自主行動計画に服する企業の大半が参加すれば、大きなインパクトをもつ。だが、参加企業が一部に限定されるなら、デモンストレーション効果はあっても、現行枠組みを大きく変えるものではない。

第2に、誰がクレジットを購入するのかという点について、十分な検討がなされていない。クレジットが創出されさえすれば、それを買う企業は存在するという前提で話が進んでいるのだが、本当にそうだろうか。実は、「トップリーグ」にはすでに先例がある。2008年10月に当時の地球温暖化対策推進本部で導入が決定された「試行排出量取引スキーム(以下、「試行スキーム」)」がそれである*4。自主的な参加、自主的な目標設定に基づく取引制度といった点は酷似しているが、取引実績はきわめて不調に終わり、いつの間にか自然消滅(もしくは開店休業)の状態に陥っている。

試行スキームの2008年度実績によれば、参加企業数累計715社のうち、目標設定参加者は204社であった。うち45社が目標超過達成、30社が削減不足という結果になった。取引実績は次のとおりである。削減不足となった30社中、27社は削減不足を翌目標年度から借り入れること(ボローイング)で満たした。ずば抜けて大きな削減不足を記録した電気事業者は、削減不足量9,293万トンのうち、6,356万トンを「京都クレジット」の調達で満たし、結局、試行排出枠の取引で目標を満たしたのは、たったの1件にすぎなかった*5。つまり、取引スキーム参加企業同士の取引は、恐ろしく不活発だったのだ。

これは当然で、排出量取引制度(キャップ&トレード)のように、総量で排出削減目標が設定され、各企業に義務的な排出削減目標が割り当てられ、未達の場合はペナルティが課される状況になって初めて、その未達の場合、クレジットを購入して目標を満たすインセンティブが働く。そうでなければ、わざわざ費用をかけてクレジットを購入しないであろう。

加えて「試行スキーム」の極端な取引の不活発ぶりは、目標達成にあたって「できる限り取引に頼りたくない」という日本企業特有の心性を反映しており、「トップリーグ」でも同様の事態が繰り返されないとは限らない。それを成功させようとするなら、「試行スキーム」の失敗原因から学ぶべきであろう。

第3に「そもそも論」というか、根本的な疑問になるが、「トップリーグ」で果たして産業部門の排出は減るのであろうか。減るとしても、2030年に2013年比で46%を削減するという目標と整合的な形で産業部門からの排出を削減する有効な手段たりうるのだろうか。ちなみに、現在その策定が審議中の「地球温暖化対策計画(案)」では、産業部門は2030年に2013年比で37%排出削減することが求められる予定である。これを、「参加は自主的、目標設定も自主的」なスキームで、果たして実現可能なのだろうか。目標達成の困難さに対して、それを実現するための政策手段があまりにも「緩すぎ」ないだろうか

もし、イギリス政府がかつてそうした道を歩んだように、「トップリーグ」が将来の排出量取引制度(キャップ&トレード)への移行を見据えた、その中間段階として戦略的に位置づけられた仕組みなら、積極的な評価もありうるだろう。だがそうでないなら、あくまでもカーボンニュートラルの実現は自主的取り組みで行くべきだという経団連の要求をほぼそのまま受け入れて、取引制度で味付けをしただけの制度と判断せざるをえない*6

経産省に期待される役割は、脱炭素化とデジタル化に対応した産業構造への転換を主導することにより、日本の中長期的な経済成長への道を切り開くことである。それは現在の産業構造を前提にした微温的な政策では実現できない。

炭素税や排出量取引制度は、経産省にとって産業構造転換を促すための有力なレバーになりうるのであり、それを使いこなすべきであろう。経産省には、経団連の言い値をそのまま飲み込むのではなく、産業政策を所掌する立場として真に日本の長期的利益は何かを考え、判断されることを期待したい*7

*1「トップリーグ」導入の必要性について中間報告は、「業種を超えたバリューチェーン上の国内企業が、国内での自主的炭素削減価値をクレジット化(組織単位の自主的な排出量目標と実排出量の差分)し取引するためには、炭素価格の明確化や十分な規模の取引が行われる市場機能を強化していくことが必要である」と述べている(経産省『中間整理』29頁)。
*2 経団連自主行動計画(「経団連低炭素社会実行計画」)についての経団連自身の説明、およびそのカーボンプライシングへの立場表明は、「グリーン成長の実現に向けた緊急提言」(https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/057.html)を参照。また、最新の「2020年度フォローアップ結果」(https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/007.html)、および「2020年度低炭素社会実行計画第三者評価委員会評価報告書」(https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/033.html)も参照。
*3 経産省中間整理では、「カーボンニュートラル・トップリーグ(仮称)」について、次のような具体的記述がある。「以上を踏まえ、カーボン・クレジット市場の創設に併せて、自ら意欲的な2030年削減目標を掲げ、その目標をTCFDに基づき資本市場に開示し、気候変動対策を先駆的に行う企業群が集積して構成される『カーボンニュートラル・トップリーグ(仮称)』の立ち上げに向けた検討を進める」(経産省『中間整理』30頁)。
*4 「試行スキーム」のホームページ(https://www.env.go.jp/earth/ondanka/det/dim/trial.html)は現在もそのまま残されている。
*5 「試行スキーム」ホームページ上に2008年度実績に関する取りまとめが掲載されているので、詳細はそちらを参照頂きたい(https://www.env.go.jp/earth/ondanka/det/dim/trial/result-fy08_0912.pdf)。
*6 経団連は「グリーン成長の実現に向けた緊急提言」(2021年6月15日:https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/057_honbun.pdf)において、次のように主張している。「政府内で検討が進められている多様なカーボンプライシングの類型のうち、非化石証書やJ-クレジットといったクレジット取引は、適切に設計されれば、自主的かつ市場ベースのカーボンプライシングの有力なオプションとして、企業による主体的取り組みを補完する役割を果たし得るものである。・・・政府には、引き続き、グリーン成長戦略にあるように炭素税や排出量取引制度の導入にとらわれることなく、多様な類型について、前述の視点から、真に成長に資するカーボンプライシングを丁寧に検討・精査し、最適なポリシーミックスを追求していくべきである」(『緊急提言』,10頁)。これは、経産省中間整理の内容と見事に共鳴し合っている。
*7 経産省が「トップリーグ」で打ち止めと考えているわけではないことは、次の文言に示されている。「一方、企業の自主的な取組を尊重しつつ、国の削減目標との関係で産業界の取組の進捗が芳しくない場合は、政府によるプライシングの導入も検討することが出来る枠組みとすることも検討する」(経産省『中間整理』,30頁)。

カーボンプライシングについて考える バックナンバー

諸富 徹
諸富 徹

京都大学大学院地球環境学堂・経済学研究科教授 1998年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了、2010年3月より現職。2017年4月より京都大学大学院地球環境学堂教授を併任。環境経済学をベースに、カーボンプライシングや再生可能エネルギー政策、電力市場に関する研究を推進。京都大学大学院経済学研究科「再生可能エネルギー経済学講座」代表も務める。 主著に、『環境税の理論と実際』(有斐閣、2000年)、『脱炭素社会と排出量取引』(日本評論社、共編著、2007年)、『低炭素経済への道』(岩波新書、共著、2010年)、『脱炭素社会とポリシーミックス』(日本評論社、共編著、2010年)、『入門 地域付加価値創造分析』(日本評論社、編著、2019年)、『入門 再生可能エネルギーと電力システム』(日本評論社、編著、2019年)、など。環境省中央環境審議会「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」など、国・自治体の政策形成にも多数参画。