さまざまな形でエネルギーテックに使われるAI。電気やガス工事の現場事故を防止し、人命を守ることにも使われるようになってきた。そのひとつ、アメリカでガスをAIでスマート化させる事業を行うテックベンチャー「Urbint」が新しくUrbint Lens for Worker Safetyというサービスの稼働を始めた。「AIが現場を見守る」というサービスは具体的にどういうものなのか。日本サスティナブル・エナジー株式会社の代表取締役である大野嘉久氏が解説する。
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英国と米国で電気・ガス事業(主に送電・ガス導管事業)を手掛ける巨大エネルギー企業National Gridは、配下のファンドNational Grid Partnersを通じて、AIでガス事業をスマート化させる米技術開発ベンチャー「Urbint」に2019年から投資してきた。
2021年2月、そのUrbint社が開発した最先端のプラットフォーム「Urbint Lens for Worker Safety」を稼働させる運びとなった。
Urbint社によると、工事現場の作業スタッフは、現場で自分を巻き込むことになるリスクのうち45%しか把握しておらず、しかも「事故に遭うのは作業者自身の責任」とする風潮もあったため、ガス工事における死傷者数は過去14年ものあいだ大きく変わっていないという。
こうした状況に対し、同社が開発したプラットフォーム「Urbint Lens for Worker Safety」では、工程や過去の工事記録、スケジュール、天候、車両の通行そして地形など数百ものデータをAIに解析させることで、それぞれの工事現場で起こりうる事故をピンポイントで予測し、未然に防ぐことが可能となった。
すなわち、現場で作業スタッフとマネージャーが事前に「今から行う工事では……、および……という事故が起こりうるから留意するように」とあらかじめ知っているため、事故をゼロにすることはできなくても大きく減らすことは可能になるというものだ。
さらに、Urbint社のAI技術は工事現場のリスク予測だけでなく、老朽化の箇所を予測することによってガス漏洩などの事故を未然に防ぎ、そのうえ緊急対応部隊のオペレーション改善まで実現させている。
ガス工事における死傷者数は過去14年ものあいだ大きく変わっていない
ガス事業の歴史は電気より古い。英National Gridの母体となった世界最初のガス事業会社、Gas Light and Coke Company(GLCC)がロンドンで操業を開始したのは、エジソンが生まれる37年前、英国がナポレオンと戦争していた1812年にさかのぼる。
日本でも最初の都市ガス事業会社「横浜瓦斯」が設立されたのは1872年、初の電力会社「東京電燈」設立の1883年より11年も前であった。
同じエネルギー系インフラであっても、電線の多くが架空線で設置される一方、ガス配管は地中に埋められるため状態の把握やメンテナンスが電線より難しく、老朽設備が放置されがちになる。
例えば米国イリノイ州シカゴ市のPeoples Gasが2019年6月に実施したガス・パイプラインのリニューアル工事では、1859年に設置されたパイプラインの交換だったため、160年もの長期にわたり使われていたことになる。
当時はもちろん自動車もなく、配管の上に土だけが埋め戻されて舗装されていないまま人や馬車が通っていたが、時代を経てアスファルトで覆われ、人間が何世代もかわるなか、ガス管は休むことなくガスを送り続けていた。
シカゴ市では老朽したパイプラインの亘長が2,000マイル(約3,219キロメートル)に及ぶため、20年もの歳月をかけて更新工事を進めているが、改修工事そのものでも作業員が事故に遭ってしまうリスクが大きい。こうした根本的な問題は、シカゴに限らずガス業界は常に抱え続けてきた。
その状況を大きく好転できそうなのが、Urbint社によって開発されたAIツールである。
ガス管は非常に古いものがいまだに使われている
アメリカのガス会社、Peoples Gasは、2020年5月に、Urbint社が開発していた別のAIサービス、「Urbint Lens for Emergency Response」を導入した。これによって2週間先までのガス漏れ通報を85%の精度で正確に予測し、緊急処理にあたるスタッフのシフトを大幅に改善することができたが、これは同社にとって非常に大きな助けとなった。
従来はガス漏れの通報があると、まず状況確認のための部隊が現場へ行って検査し、本当に洩れていることが判明すると地域住人に通知して避難させ、該当する箇所を外部と遮断したのちにいよいよ修復作業が開始される。このため、一件の通報を処理するだけでも多くの人員と長い時間を要していた。
Peoples Gasは延べ100万人にガスを供給しているため、多数のガス漏洩通報が重複する懸念もある。そうなると長時間にわたり待たせて消費者に不安を与えるほか、対応が間に合わない。事故のリスクも上がってしまう。
しかし、この「Urbint Lens for Emergency Response」を導入することで、2週間先まで漏洩が起こる箇所を正確に予測することができ、緊急対応を大幅に効率化させることが可能となった。
米国では、地下に埋設されているガス管や水道管などのインフラ設備などを傷つけないために、地面を掘削する前には必ず州ごとに設置されている「811センター」に許可を申請しなければならない。
ジョージア州・イリノイ州・バージニア州・テネシー州で400万人にガスを届けている事業者、Southern Company Gasが供給している区域では、年間あたり(同社による工事も含めて)200万回もの掘削申請が行われる。
そしてこの作業は、他者の掘削によってSouthern Company Gasのガス管が損傷を受けるリスクを常に抱えている。さらに811センターから許可を得ずに掘削作業が行われる事も多く、それらがガス漏れにつながる例も頻発している。
こうしたことから、Southern Company Gasは2019年12月にUrbint社と契約。Urbint社がガス配管の解析を行った。
Urbintが解析した結果、掘削工事によってガス配管が損傷した事例の半数はわずか5%の工事に集中していることが判明した。そのうえ、損傷を起こしやすい工事の傾向や、無許可で掘削してしまう人の行動パターンも予測することができた。Urbintはこれらで得られた結果を「Urbint Lens for Damage Prevention」というプラットフォームとして製品化。Southern Company Gasは導入してから第三者による設備の損傷を30%以上も削減することができたという。
National Grid New YorkのRudolph Wynter社長は、作業現場の事故を予測することで未然に防ぐ「Urbint Lens for Worker Safety」を導入するにあたり、「インフラの現場で働く作業員を数千人も抱える当社にとって、彼ら彼女らが一日の終わりに無事に帰宅できることほど重要なことはない」と語っている。この姿勢こそがUrbint社への投資につながり、今回のような次世代プラットフォームの完成につながったのであろう。
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