ドイツでは3ヶ月後に迫った連邦議会選挙を前に、緑の党の支持率が伸びており、支持率では現在、メルケル政権の与党であるCDU・CSUに次ぐ、第2位となっている。その緑の党が、2021年6月13日にベルリンで党大会を開催した。そこで選挙マニフェストが採択されたが、気になるのは、脱炭素に向けた、どのような気候変動・エネルギー政策なのかだ。ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏が報告する。
ドイツの環境保護政党・緑の党の支持率は現在ドイツで第2位。今年9月26日の連邦議会選挙で16年ぶりの政権入りを目指す同党は、6月13日にベルリンで開いた党大会で、選挙マニフェストを採択した。
この中で同党は、ドイツにエコロジー社会的市場経済という新しい原則を導入し、エネルギー、運輸、製造業、農業などあらゆる分野で環境保護を重視することを宣言している。中でも喫緊の課題は、地球温暖化に歯止めをかけるために、工業化が始まる前に比べた地球の平均気温の上昇幅を1.5℃に抑えるという目標だ。
緑の党のアンナレーナ・べーアボック首相候補は、「我々が政権に参加した暁には、CO2など温室効果ガス(GHG)排出量を減らすために、直ちに気候保護緊急計画を発動する」と宣言した。
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現在のメルケル政権は、2030年までにGHG排出量を1990年比で65%減らし、2045年までにカーボンニュートラル、つまりGHG排出量が実質ゼロの状態を達成するという目標を持っている。だが緑の党は、「これでは十分ではない」として、マニフェストの中で2030年までにGHG排出量を1990年比で70%減らすという新しい目標を掲げている。
またメルケル政権は、全ての褐炭火力・石炭火力発電所を2038年までに廃止することを決めているが、緑の党は「政権入りした暁には、脱石炭を8年早めて2030年までに断行する」と主張している。もしも緑の党の計画が実行に移された場合、ドイツの大手電力会社の事業計画に大きな狂いが生じることは確実だ。
緑の党は脱石炭の前倒しを可能にするために、再生可能エネルギーの拡大を加速する方針だ。たとえば陸上風力発電の設備容量を毎年5~6GWずつ増やす他、2035年の洋上風力発電の累積設備容量を35GWに増やす。
さらに、新築の建物や公共機関の既存の建物などの屋根に、太陽光発電パネルの設置を法律で義務付ける方針だ。緑の党は、「この措置によって、2025年までに約150万台の屋根上太陽光発電設備を新設する」と公約している。
また緑の党は、モビリティーも大きく転換する方針だ。2030年以降、ディーゼルエンジンやガソリンエンジンを搭載した新車の販売を禁止する方針だ。現在ドイツの高速道路(アウトバーン)には、速度制限がない区間がある。この区間では、時速200kmで走ることも許されている。
だが緑の党は、「政権入りした暁には、アウトバーンの全区間で最高速度を時速130kmに制限する」と約束している。さらに、鉄道網を整備・拡充して本数を増やすことにより、国内の旅客機の短距離便を廃止する。たとえばミュンヘンからフランクフルト・アム・マインまで飛ぶ便(飛行時間は約40分)などは、廃止される。
緑の党のマニフェストについて、今ドイツで最も大きな論争を引き起こしているのが、炭素税(カーボン・プライシング)である。
現在ドイツの炭素への価格付けは、2通りの方法で行われている。1つは欧州連合(EU)の二酸化炭素排出権取引制度(EU-ETS)。この制度に基づきEU域内の電力会社、製鉄、化学、セメントなどの製造企業は、CO2を排出する際には、排出権を購入することを義務付けられている。
もう一つは、ドイツが今年1月1日に始めた国内の運輸・暖房部門向けのカーボン・プライシング制度だ。車のガソリンや軽油、暖房用の灯油・重油などについて、今年初めからCO2排出量1トンにつき、25ユーロの炭素税が課されるようになった。
現在EU-ETSに基づく排出権取引市場での炭素価格は、1トンあたり約50ユーロである。緑の党は、「炭素価格を180ユーロ前後に引き上げなくては、真の削減効果は生まれない」と主張してきた。
このため、緑の党はマニフェストの中で「我々が政権に参加した暁には、EUと交渉してEU-ETSを、運輸と暖房部門にも拡大させる。同時に、市場で流通しているCO2取引権の数量を大幅に減らして、価格を引き上げる」と宣言している。
つまり緑の党は、EU-ETSの改革によって、欧州全体で炭素価格を一気に引き上げることを目指している。
緑の党は、国内でのカーボン・プライシングについても野心的な改革を公約している。
現在の法律では、炭素税は現在の1トンあたり25ユーロから4年後に55ユーロに引き上げられ、2026年以降は、その時点における排出権取引市場における価格に連動する形で決められ、その範囲は、55ユーロから65ユーロの間になる。炭素税収入は、電気料金に含まれている再生可能エネルギー賦課金や電力税の廃止などによって、市民に還元される予定となっている。
ドイツの運輸・暖房部門の炭素税
資料 燃料からのCO2排出量取引に関する法律
これに対し、緑の党はマニフェストに「2023年の炭素税を60ユーロに引き上げる」と明記した。つまり、現行規定に比べて71.4%もの引き上げだ。
同党のべーアボック首相候補は、「2023年にはガソリンは現在に比べて1リットルあたり16ユーロセント、ディーゼル用の軽油は18ユーロセント高くなる」と述べ、車の燃料が高騰することを認めている。つまり緑の党は、車の燃料を意図的に高くすることによって、市民が現在使っている内燃機関の車を電気自動車に買い替えたり、公共交通機関の利用度を引き上げたりすることを狙っている。
だがこの政策は、多くのドイツ市民にショックを与えた。ドイツは社会保険料や税金が高く、可処分所得が少ない。このため多くのドイツ人は倹約家である。週末ごとにインターネットで車の燃料のリッター価格を比較し、安いスタンドを選んで給油する人もいるほどだ。フォルクスワーゲンなどによる排ガス不正が2015年に発覚するまで、ドイツでディーゼルエンジンの車の人気が高かったのも、軽油に対する税制上の優遇措置によって、ガソリンよりも割安になっていたからである。
ミュンヘンやシュトゥットガルトなどドイツの大都市では家賃が高いので、大都市から約50km離れた地域に住んで毎日マイカーで通勤している人が多い。彼らにとって、燃料価格の高騰は可処分所得の減少を意味する。
緑の党は、マニフェストに「再生可能エネルギー賦課金を減らす」と記しているものの、炭素税収入をいつどれだけ市民に還元するのかについて、具体策を明示していない。同党が、炭素税の大幅引き上げによる市民の負担増加の軽減措置を、直ちに打ち出していないことは、戦略的なミスであるといえよう。
そのことは、同党の支持率の急落という形ではっきり表われた。6月10日にドイツの公共放送局ARDが公表した世論調査の結果によると、緑の党の支持率は前月に比べて6ポイントも減って、CDU・CSUの支持率は逆に5ポイント増えている。論壇では、緑の党の支持率が減ったのは、べーアボック党首の臨時収入の申告漏れや党のウエブサイトの経歴の記入ミスだけではなく、2023年の炭素税の大幅引き上げも影響しているという見方が出ている。
6月10日に発表された政党支持率調査結果
CDU・CSU:28%、緑の党:20%、、社会民主党:14%、ドイツのための選択肢(AfD):12%、自由民主党(FDP):12%、左翼党:7%、その他:7% ARD-DeutschlandTrend: Grüne verlieren deutlich, Union wieder vorn | tagesschau
あと3ヶ月に迫った連邦議会選挙で、国民は緑の党の野心的な提案に対してどのような判断を示すだろうか。今後の政局の展開が注目される。
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