2020年5月4日、日本政府は新型コロナウイルスの感染拡大に対する緊急事態宣言を5月末まで延長するとした。日本だけではなく世界各地で新型コロナウイルスによる非常事態は続き、経済活動も停滞している。その影響は、エネルギー需給にどのような影響を与えているのか。「コロナ後」の世界を語る前に、その影響の分析が必要である。日本再生可能エネルギー総合研究所の北村和也氏が分析する。
エネルギー需給と価格への影響を与える感染拡大
新型コロナウイルスの影響で、非常事態宣言が5月末まで延長された。
4月のこのコラムでは「コロナ後について」の変化を取り上げた。そこで予告をしていたが、5月はその後編を書くつもりでいた。
ところが、世界中の自粛のため、エネルギーの需要が大幅に縮小していることが分かった。2020年の第1四半期の数字もそろってきている。エネルギー消費が小さくなれば、当然、エネルギーの価格にも響いてくる。また、数字だけでない中長期的な変化も具体的に想定され始めている。
このような情勢から、今回のコラムでは「コロナ後の世界を想像してみた(後編)」の前に挟む形で、表題の「エネルギーへの影響」をまとめてみる。後述するIEA(国際エネルギー機関)の報告に限らず、多くの評論なども増えてきている。この「エネルギーへの影響」のコラムは、複数になる可能性が高い。
JEPXのスポット価格の大幅下落と卸売価格ほぼゼロ円
やや身近なところから始めてみたい。
JEPXのスポット価格が大きく下がっている。4月第4週の平均価格は平日で1kWh当たり5円と昨年の同じ時期をおよそ4割下回った。また、土日ではほぼ5割安くなっている。特に土日の昼近辺の時間は、価格がほとんどゼロ円であった。
2020年5月8日のシステムプライス(JEPX)もちろん、新型コロナウイルスによる電力需要の低下が最大の理由である。この原稿を書いている5月4日の時点でのシステムプライス(5月5日分)の平均はほぼ3円/kWhという低さとなっている。そして、午前7時半から午後3時半の8時間にわたって1kWhの価格が0.01円とほぼゼロ円になっている。
需要が減れば価格が落ちるという典型的な現象を見せている。また、そこに太陽光発電からの供給という特性が加味される。
地域別のエリアプライスでも、ほぼゼロ価格の現出は、関東以北を除く全国に及んでいる。春の時期は太陽光を中心とする再生エネの供給が膨らむ季節でもある。前述の0.01円/kWhは、これまでは太陽光発電のメッカ、九州地方が中心であったが、それが東にまで大きく広がってきたことになる。
では、電力の需要はどうなっているのだろうか。
2020年4月、一ヶ月の電力消費量は全国平均で昨年の4月に比べて3.6%ほど減っている。地域的にばらつきはあり、四国ではほぼ変わらず、東北でマイナス1%強と比較的減り方が少なく、中部地方でマイナス6%弱、関西地方でマイナス5.5%と減り方が大きい。
ドイツの統計も付け加えておこう。3月の最終週はおよそ7%、4月の第1週にかけてはさらに増えてマイナス8.7%である。(参照:激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第21回 コロナ危機でドイツの電力消費量が減少)
「安定調達」と「自前の発電設備」への疑問
JEPXの電力卸売価格の下落は、自前の発電設備を保有しない多くの新電力にとってみると、調達価格が下がって事業性を向上させることになる。一方で、化石燃料などの発電設備とつながりの深い小売電気事業者は価格下落の恩恵を受けにくい。
暖冬などの気候要因から、昨年から今年初頭にかけてのJEPXの平均価格は10円/kWhを切るような安定的なものであったが、今回の新型コロナの影響はさらにその上を行っている。
2年ほど前のJEPXの乱高下におびえて、相対契約での長期的な電力調達をする新電力なども実は少なからず存在する。しかし、今回のコロナ危機はある程度一時的なものだとは言え、電力供給が過多になる時のリスク(安価な電力調達の機会損失)を考えると、安易な相対契約はすべきではないのであろう。
後述するように再生エネ電力の拡大はすでに既定路線であり、卸売価格は押し下げられる方向にある。単に現状での調達価格だけでなく、どんな電源かを含めて考慮すべきである。
ドイツでは数年以上前から、シュタットヴェルケ(自治体資本を主とするエネルギーなどの供給公社)が自前の発電施設、特に化石燃料の発電施設を持つことへの疑問が広がり始めていた。再生エネ電力(特にVRE=可変的再生エネ)が拡大し、メリットオーダー(限界費用の低い電力が先に使われる)によって全体の卸売価格が下がる現象がすでに起きていたからである。
自前の発電施設の電力コストが卸売価格を上回ると市場で売れず、設備利用率が下がって事業性を失うこと。また、自らその電力を使うと高い調達になる。
いま日本で起きていることに当てはめると、つまり、3円/kWhで電力が調達できるのであれば、ほとんどの化石燃料の発電所は、わざわざ燃料代をかけて発電する必要がない、ということになる。
筆者の考えは、決して自前の発電施設を持つなということではない。付加価値も考慮すると、再生エネの発電施設を自社や関連会社で保有したり、地域での連携も含めた強いつながりで調達を確保したりすることが肝心である。
IEA報告の衝撃 ~リーマンショックの7倍以上
ちょうど4月30日に出されたIEA(世界エネルギー機関)の報告書「Global Energy Review 2020」でも新型コロナの影響が顕著に示されている。副題も「The impacts of the COVID-19 crisis on global energy demand and CO2 emissions:新型コロナ危機の世界のエネルギー需要とCO2 排出に与える影響」となっている。
報告によると、まず、2020年の1月から3月までの第1四半期の世界のエネルギー需要は、昨年の第1四半期に比べて3.8%減少している。中でも石炭需要は落ち込みが激しく、およそ8%のマイナスである。
電力需要は、ロックダウンを行っている影響でいくつかの国では20%以上の減少が見られる。住宅での需要は増えているが、商業や工業需要での減少をとてもカバー出来るほどではないためである。この数週間は、ちょうど日曜日がずっと続いているような需要パターンであると分析している。
ロックダウンで激減した各国の電力需要 出典:IEAIEAでは、交通を含む社会経済活動が数ヶ月制限されるとみて、2020年の通年での影響を定量化している。
それによると、2020年の一次エネルギー需要は6%減少して、過去70年間でパーセンテージとして最大、また減少する数量としても過去最大となる。これは2008年の金融危機の影響の7倍以上である。国、地域別で見ると、EUとアメリカが10%前後の落ち込みで、中国が4%減、日本は8%のマイナスとなっている。
また、通年でみると電力需要は、5%近い減少が見込まれる。
2020年のエネルギー需要の減少は70年で最大のものに 出典:IEA再生エネだけが拡大、再生エネ発電量は世界の30%に
原料別の影響は、それぞれ特徴がある。
石炭需要は、特に中国の落ち込みの影響を受け、通年でも8%のマイナス。石油は9%減で2012年のレベルになる。天然ガスは5%減少、原子力は2.5%程度のマイナスとなると予測されている。
一方で、再生エネは拡大するとみている。
全体ではおよそ1%の増加で、中でも再生エネ発電は5%増えるとしている。その要因としてIEAは、運用コストが安いことや多くの国で電力系統への優先的なアクセスがあることなどを挙げている。
その結果、再生エネの発電量は2020年通年で全発電量の30%に達する見込みである。すでに第1四半期では28%を記録し、昨年の第1四半期の26%を2ポイント超えている。
新型コロナウイルスの影響下での再生エネ電力の割合拡大は、各国で同様に起きている。
中国では、ロックダウンに入って化石燃料発電は数ポイント割合を落とし、一方、再生エネは数ポイント上がった。EU、アメリカ、インドなど傾向は同じである。
ドイツのベルリンにある再生エネの著名な研究機関、アゴラ・エナギーヴェンデによると、ドイツでは、2020年第1四半期で石炭発電の発電量が昨年比4割近くも減少した反面、再生エネ発電は天候要素も加わって15%近い伸びを見せた。アゴラ・エナギーヴェンデの分析では、石炭発電の限界費用(1kWh発電するためにプラスして必要な原料の価格)の高さが要因の一つとしている。
再生エネ発電に対するブレーキは、特に太陽光発電でのサプライチェーンの混乱や建設の遅れなど物理的な要素が大きい。しかし、基本的にCO2負荷の低いエネルギーを求める流れは変わらず、また、グローバルとは「離れた分散型」であり、コスト的にも最も安価になりつつある。新型コロナウイルスは、再生エネへの傾斜に拍車をかける可能性さえある。
CO2の削減、グローバルから地域へ、などなど、新型コロナ後やウイルスとの共生社会を前提にした各種のデータや評論について、エネルギーをベースにしてお届けしたい。自粛延長は、これらを学ぶ好機になるはずである。
参照