2021年4月22日、気候変動サミットにおいて、日本は2030年の温室効果ガス削減目標を46%に上方修正した。野心的な目標となったが、その実現はたやすくない。そして、そのカギとなるのが、見直し作業中の第6次エネルギー基本計画だ。審議を担当する、経済産業省の総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会の委員である、国際大学教授の橘川武郎氏に、求められる重点政策についておうかがいした。(全3回)
― 最初に、2020年10月の菅首相による2050年カーボンニュートラル宣言、そして2021年4月22日には気候変動サミットで2030年温室効果ガス46%削減へのコミットメント、こうした政府の動きについて、どのように評価していますでしょうか。
橘川武郎氏:いずれも基本的に評価しております。特にNDC(パリ協定に基づく温室効果ガスの削減目標)は46%まで引き上げたと報道されていますが、国際的には50%までメンションしていると見られています。46~50%の削減というのは、平均気温上昇を1.5℃に抑制するときの目標と整合性を持っています。
もちろん、米国の大統領選でトランプ前大統領が当選していたら、日本政府もこうしたコミットメントはしなかったでしょう。バイデン大統領の当選が見えてきた段階で、せかされる形で日本政府がより高い削減目標を打ち出したのだと思います。その点では、数値を決めるプロセスは政治的なものだったと思います。
― 数字をコミットメントしたとはいえ、この目標を達成していくためには、政策が重要です。それがエネルギー基本計画になると思います。そこでまず注目されるのが、エネルギーミックスです。これはどのようにあるべきでしょうか。
橘川氏:今まさに、(総合資源エネルギー調査会)基本政策分科会で議論されているところです。エネルギーミックスについては、5月末日までに案が出てくるという予定でしたが、まだ出ていません。6月11日にG7サミットが開催されるので、それが締め切りになると思われていたのですが、間に合いそうにありません。
エネルギーミックスですが、2030年目標は無理をした数字になるでしょう。そうすると、守旧派の人々は、46%削減という目標が問題だったのではないかと言うでしょう。しかし、そもそもの問題はこれまでのエネルギー基本計画におけるエネルギーミックスにあります。2018年に策定された、第5次エネルギー基本計画のツケがまわってきたと言うべきでしょうか。
― それはどういうことでしょうか。
橘川氏:2030年の電源ミックスで、再生可能エネルギーを22%から24%としていました。パリ協定が発効した後なのに、少なすぎました。政府は昨年末に決めたグリーン成長戦略にのっとって、毎年1GWの洋上風力発電を建設するとしています。しかしこれは、リードタイムが長いため、2030年には間に合いません。
おそらく再生可能エネルギーの導入目標は38%程度まで引き上げられると思いますが、今からそこまで増やすのは非現実的です。しかし、数年前から洋上風力に取り組んでいれば、達成可能だったでしょう。
その意味では、日本は周回遅れのランナーがトップを目指そうとしているようなものです。
審議会では、追い込み馬(後方から最後の直線でトップに立つ競走馬)としてかつて活躍したディープインパクトではないのだから、と発言させていただきましたが、おそらくは目標に届かないでしょう。そうすると、海外から排出権を買ってきて解決する、といったことにならざるを得ません。
国際大学国際経営学研究科 橘川武郎教授(2020年撮影)
― では、第5次エネルギー基本計画はどうあるべきだったのでしょうか。
橘川氏:原子力の再稼働は進まないので、15%に減らしておいて、その分再エネを30%に増やす。原子力と再エネの割合は1:2というのがあるべき姿だったと思います。しかし、そうしなかったために、今の数字と引き上げることになる数字とのギャップが激しくなってしまいました。
第6次エネルギー基本計画では、おそらく、再エネ38%、水素・アンモニアが1~2%となり、原子力は20~22%と変えないと思います。ゼロエミッション電源が6割、火力発電が4割でしょう。
火力発電の内訳ですが、非効率石炭火力の削減にさらに上積みする形で石炭火力は15%、LNG火力もさらに減らして23%、マージナルな役割の石油火力が2%、およそそういった数値になると思います。
― しかし、そうすると再エネにしても原子力にしても、非現実的な数値ということになりませんか。
橘川氏:4月28日の基本政策分科会において、資源エネルギー庁の茂木正省エネルギー・新エネルギー部長は積み上げで再エネは29%から30%になるとしていました。太陽光発電だけでさらに8%積むのはリアリティがないと感じています。まさに、これまでの悪政の結果なのだと言えますし、あるいは原子力20~22%にこだわった推進派の責任だとも思います。
問題は火力発電にも及びます。再エネを38%まで開発できず、原子力も不足すると、火力に頼らざるを得ません。しかし、火力を減らす見込みだったため、燃料の調達が十分に間に合わないかもしれません。これはエネルギーの安定供給を危うくする問題です。
そうであれば、2030年のエネルギーミックスの数値目標をつくるのではなく、ロードマップをつくり、グリーン成長戦略に基づく洋上風力やアンモニア、水素利用などの開発状況をKPI(重要業績評価指標)としてチェックしていくことが必要です。
― では、エネルギーミックスの数値目標は不要ということでしょうか。
橘川氏:そもそも、エネルギーの数値目標を設定している国は、西側諸国にはありません。まさに計画経済です。同じ基本政策分科会の松村敏弘委員や以前委員だった八田達夫さんは、エネルギーミックスをつくることには反対で、市場にまかせればいいという考えでした。
当時私は、この考えとは違って、長期の見通しがないと投資が進まないので、数値目標は必要だと考えていました。しかし、現時点では2030年は9年後なので、数値目標には投資のシグナルとしての意味がありません。その点、29年後の2050年のエネルギーミックスには意味があると思います。
― では、2050年のエネルギーミックスについてはどのようにお考えでしょうか。
橘川氏:これについては、政府の参考値における考え方と違いを感じていません。再エネは5割から6割、火力はCCUSと水素やアンモニアによるものを含めて3割から4割、原子力がゼロから1割というところではないでしょうか。
もっとも、政府は原子力の立地自治体を気にしており、参考値では原子力とCCUS火力を合わせて3割から4割になるとしており、水素・アンモニア火力が1割です。原子力が1割ということは明示できないので、火力を2つに分け、CCUS火力と原子力を一緒にしてしまったのです。このような小手先のトリックを使ったということは、政府が原子力を見限ったサインなのだと思います。
(Interview &Text:本橋恵一、小森岳史、Photo:岩田勇介)
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