地方に優れた開発環境があれば、都市への一極集中は意味がない。福島県にある日本初のコンピュータサイエンスを専門とする会津大学とスマートシティAiCTがある会津若松市には、まさにそうした環境がそろっている。会津コンピュータサイエンス研究所は、AiCTに拠点を置き、AIとブロックチェーンでエネルギー問題などに取り組んでいる。今回は代表取締役の久田雅之氏、そして共同で実証に取り組むREXEV取締役の盛次隆宏氏に話をうかがった。
エッジ側のAIで効率的なエネルギーマネジメント
―御社の持つ技術とその優位性からお話しください。
久田雅之氏:我々の技術の中心は、エッジコンピューティングでの制御と、そのチップ化ということです。AI(人工知能)についていえば、チップが単体で学習しながら、全体を最適化していくということになります。
AIチップは、すでにiPhoneなどにニューラルチップとして搭載されていますし、AmazonやGoogleなども研究しています。しかし、AmazonやGoogleが研究しているAIチップは、汎用性あるものを目指しています。
これに対し、我々は特定(単一)機能とする一方で、簡単な学習を組み合わせることで、よりシンプルなニューラル・ネットワーク(NN)の組み合わせで構成していくというものを考えています。目的がよりはっきりとした演算をシンプルなAIの組み合わせによりひとつのチップ内で実施していくというものになります。利点としては、チップの消費電力が大幅に抑えられるということです。深層学習などAIの学習に大量に電力を消費すると、エネルギーマネジメントシステムのために、(学習に)大量の電気を消費してしまうという矛盾を避けられます。
―エネルギーマネジメントのためとのことですが、あらためてこの分野で御社の技術はどのように活用されるのでしょうか。
久田氏:現在進めている実証試験でお話しします。EV(電気自動車)をエネルギーの調整力として使う場合、バッテリーの充放電をどのようなタイミングで行うのがいいのか、充放電器を制御するシステム・プログラムが必要になります。こうした分散化された電源での制御に対しては、統合管理するよりも分散制御技術が必要ですし、そのためにはエッジコンピューティングでの制御が適しています。その制御を我々が独自にチップ化していくということになります。
―実際に、どのような内容を学習させるのでしょうか。
久田氏:今回の実証では、主に気象予測のデータと、家庭での需要予測のデータを取り扱っています。気象予測から発電量を予測し、需要予測と合わせる事により、どういった条件で充放電すればいいのかが判断できます。
我々のチップは、複数の計算コアを柔軟に組み合わせることができます。チップの内部にルータがあって、インターネット接続が用意されているようなイメージです。いろいろな環境に合わせた気象予測のモジュールやその他の予測モジュールを組み合わせることで、それぞれのニーズに合った予測が可能なチップになります。組み合わせる方法も、ドラッグ&ドロップで行うというイメージでしょうか。クリックすれば、その学習モデルをチップ上で直ぐに使える、というものになります。
EVによるカーシェアリング×VPP
―2019年度から行われている、福島県におけるAIチップを活用したEVエネルギー・マネジメント・システムの実証研究は、今年2020年に2年目となりました。この実証研究について、もう少し詳しくおうかがいします。
久田氏:2019年度は、我々とREXEVがそれぞれ、EVエネルギー・マネジメント・システムの開発を進めてきました。つまり、我々はエネルギー・マネジメント・システムに組み込むAIチップを開発してきましたし、REVEVではエネルギー・マネジメント・システムの土台をつくってきたということになります。2年目となる2020年度は、両社のこれまでの成果を組み合わせた実証を行っています。
盛次隆宏氏:REXEVが実証に参加した背景には、実は前職の時代から福島県で久田さんと再生可能エネルギーを利活用するための開発を行っていた経緯があり、昨年、REXEVを立上げた際に、EVを使ったサービスを構築する上でコアとなるエネルギー・マネジメント・システムについて相談したところ、会津コンピュータサイエンス研究所とコラボレーションして開発しようとなったのが、会津における実証ということになります。
REXEVの事業はカーシェアリングをしながらエネルギー・マネジメントするというものですが、実は、そういったシステムは世の中ではあまり開発されていませんでした。
例えば、EVへの充電にあたって、太陽光発電が稼働して電気の余剰が発生している時間帯を優先して充電する、しかもカーシェアリングに適用する場合は、EVの利用も考え、あるいは予想した上で必要な充電をしなくてはいけません。さらに、需要側のピークカットのための放電や、災害時にEVから電気を供給することで、太陽光発電のパワコンを再起動させることもできます。
こういったエネルギー・マネジメントの機能をカーシェアリングとうまく融合することはなかなか難しいのですが、AIを使って精度良く両立することが、今回の開発の目的です。
―2年目はどのような実証を行っていくのでしょうか。
盛次氏:現在、AIにカーシェアリングのデータを学習させている状況です。これには、我々が神奈川県小田原市で行っているカーシェアリング事業のデータも利用しています。例えば、残充電量など様々なデータをAIに学習させることで、より適切なエネルギー・マネジメントができるようになっていきます。
―EVの場合、同時に充電してしまうと、電力系統への負荷が大きくなる、といった問題も指摘されています。
久田氏:電力系統への負荷など、電力の世界では数十ミリ秒単位での遅延が問題となり得ます。つまりクラウドでの一極集中型の制御には向きません。そもそもネットワークが遮断されたら、クラウドでは対応できなくなります。
分散するエネルギーリソースを制御するのであれば、クラウドから自律して稼働できることが必要です。
再エネでいかにEVに充電していくかがこれからのテーマ
―ところで、EVに乗るというのは、ユーザーにとってどのような体験なのでしょうか。
盛次氏:昨年は日産リーフに乗り、東京と福島を往復したりしたのですが、最初は充電が不安でした。しかし、ずっと乗っていると、いつ充電すればいいのか、感覚が身についてきます。後半は快適にドライブしていました。
小田原市では、6月にカーシェアリングのゼロ円キャンペーンをしたのですが、このときにずいぶん多くの方に利用していただきました。中には、京都まで往復された方もいました。また、乗った方にはアンケートやインタビューを実施させていただきましたが、高い評価をいただくと同時に、EVそのものの周知にもなったと思います。
他にも、三菱のアイ・ミーブやテスラのモデル3、現代自動車のEVなども乗ってみました。モデル3は自動車というよりは、大きなスマホではないかと感じました。
いずれ、自動運転にも対応するようになると思います。そのときには、エネルギー・マネジメントも別の視点から行うかもしれませんし、新しいサービスができるでしょう。
REXEV盛次氏と日産リーフ―福島県では、EVに関連した新たな展開というのを考えているのでしょうか。
盛次氏:福島県の地場の事業者を対象に、当社のエネルギー・マネジメントを導入することを考えています。
例えば、バス事業者にはEVバスを導入しているところもありますから、そこにエネルギー・マネジメントを導入することができます。また、バス停に行くまでの間、小型のカートのような、いわゆる電動のスローモビリティを使うということが考えられますが、その車両も対象になります。
また、エネルギー・マネジメント・システムについても、充電するタイミングやピークカットだけではなく、送電系統の安定化にいかに寄与するのか、ということも視野に入れています。VPPとして、来年度の需給調整市場に対応する準備をしていくことも、今年の計画に入っています。
特にEVは、移動ができる蓄電池であるということも特長で、レジリエンス対策としての役割も期待できるのではないかと思っています。
小田原市では、充電ステーションごとに再エネ比率が表示されるような仕組みを進めています。太陽光発電がある場所では、時々刻々と再エネ比率が変わります。まだ直接的にお客様に再エネ比率が高いことによるメリットを出せていないのですが、ゆくゆくは再エネを多く充電しているEVにたくさん乗っていただけるような仕組みを進めていきたいと思っています。
AI+エッジコンピューティングで全国の太陽光発電の出力予測も
―今年に入って、会津コンピュータサイエンス研究所は、グッドフェローズとも業務提携に向けて基本合意しました。その背景や狙いもお願いします。
久田氏:グッドフェローズの顧客チャネルを通じて、先ずは発電設備や蓄電設備を持つ方々と接点を持つことを期待しています。
例えば、AIを使った全国各地の太陽光発電の発電予測などへの応用の可能性があります。また、エッジコンピューティングにより発電所の正にその場所で予測をすることが、需給調整としても効果的です。バッテリーの充放電のデータ収集・分析に基づく制御も同様ですし、さらにいえば、VPPを中央ではなくエッジで制御しながら、結果として全体を最適化するように制御できる、ということも可能です。
グッドフェローズとの取り組みは、現在計画を詰めており、現時点では内容についてお話しできないのですが、再生可能エネルギーやバッテリーの普及促進に向けて、さまざまな取り組みを行っていきたいと考えています。
―会津コンピュータサイエンス研究所としての今後の展開は、どのようになっていくのでしょうか。
久田氏:多様なIoTの市場をターゲットとしています。例えば、家電製品にAIチップを搭載していくことで、さまざまな機能を持たせることができます。チップといっても、カスタムメイドしやすい、FPGA(field-programmable gate array)というもので、製造後にプログラムが可能なものになります。100万個から200万個くらいで量産できればカスタムメイドでチップ製造ができますし、大きな市場があると考えています。
―家電製品も制御できれば分散型エネルギーリソースになっていくといわれています。
久田氏:エアコンだけではなく、冷蔵庫や洗濯機も、運転を制御することができます。しかし、それだけではなく、人の活動に合わせて家電が考えながら稼働することもできます。人が快適にすごせるように、家電が自ら(学習して)考えながら制御するということです。
例えば、暑い、寒いといった感覚は人によっても状況によっても異なります。そうした状況を学習することで、それぞれの人に応じた制御が最適化できるようになるでしょう。
もはや、会津以外に拠点を置く理由はない
―ところで、御社は会津に拠点を置いています。なぜ会津なのか、またそこにはどのようなメリットがあるのか、この点について教えてください。
久田氏:会津コンピュータサイエンス研究所は2019年、その前身の会津大学発ベンチャーである会津ラボは2007年に設立しました。会津大学と連係して事業を行っており、私としては大学と切り離して考えることはできません。
会津大学は、1993年に開学した、日本初のコンピュータ専門大学です。100名ほどの先生の70%近くが外国人であり、大半の授業が英語で行われます。文部科学省のスーパーグローバル大学にも選出されており、大学の国内ランキングでも上位20位以内、コンピュータサイエンスに関しては日本一といえる大学です。私はこの大学の第一期生で最初に博士号を取得しました。
また、スマートシティ会津若松の取り組みの一環として、2019年にはICTオフィス「スマートシティAiCT」ができました。ここには、アクセンチュアやSAPなどさまざまな会社が入居し、実証を行っています。したがって、我々としても会津にいながら大手企業と連携してビジネスを展開しやすい環境が整っているといえます。
今後、会津のモデルというのは、同規模の地方都市でも展開できるのではないでしょうか。
さらに、今年(2020年)は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、打ち合わせなどもオンラインで行うことがあたりまえになっています。以前は週に2回は東京に行っていたのですが、今はテレビ会議中心で移動時間が必要ないので、効率がいいですね。もはや、会津ではないところに事業の拠点を置く理由はありません。
福島県はドイツのNRW(ノルトライン=ヴェストファーレン)州と提携しています。ドイツは再エネ先進国ですが、AIについてはまだまだです。会津から世界に出ていくということも、視野に入っています。
会津若松市スマートシティAiCT参照