国際エネルギー機関(IEA)は2021年6月2日、最新の報告書「世界エネルギー投資2021(World Energy Investment 2021)」を発表した。それによると世界のエネルギー投資は新型コロナウイルスからの回復基調にあり、新しいエネルギー投資は再生可能エネルギーに集中しているが、パリ協定の目標達成には現在の3倍の投資が必要だとしている。
2021年の世界のエネルギー投資額は1兆9,000億ドル(約200兆円)になる見通し。2020年から10%の回復で、新型コロナウイルスの流行前、2019年の水準に戻る。これは世界の電力需要が2020年から4.6%増え、それにつれてCO2も前年比5%増の330億トンになるという4月末のレポートに重なる。
だが今回の報告書を見ると、エネルギーの投資先は今までと様子が違ってきていることがわかる。報告書では「コロナからの回復と、よりクリーンな技術への資本のシフトが混在している」としている。全体としてクリーンエネルギー*へのシフトが進んでいるが、(コロナからの回復による)二酸化炭素排出量も増加しており、すべてがうまくいっているわけではない、ということだ。
報告書をひとことでまとめると、「全体としてはいい方向に向かっているが、まだ気候変動を食い止めるには十分ではない」、ということになるだろう。
* 報告書でのクリーンエネルギーとは、再エネだけでなくほかのCO2排出が少ない、または排出しないエネルギー源(CCUSや水素など)も含む。
まず、いい方向、について。
再生可能エネルギーへの投資は旺盛であり、エネルギー投資全体の中で電力は引き続きトップシェアだ(IEAのレポートは石油、ガスなどエネルギー全体も含まれているので、このような表現になる)。
エネルギー全体から電力部門だけを見ると、2021年の投資額は8,200億ドル(約90兆円)を超えるとみられる。さらにその内、新しい発電設備投資は5,300億ドル(約58兆円)で、残りはストレージとグリッド(送配電)への投資だ。
急速な技術向上とコスト削減により、現在風力発電や太陽光発電の導入に1ドルを投資すると、10年前の場合と比べて4倍の電力が得られるという。
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金融機関はキャッシュフローの健全な、持続可能な発電プロジェクトを選んで投資するようになっており、企業も先を争ってクリーンエネルギーを導入している。エンドユーザーにとってはEVの購入が急増しており、それも電力の強い需要増につながっている。
エネルギー効率の向上(=省エネ)のための投資は増加傾向にあるが、エネルギーの価格が比較的低くなってきていることもあり、EUの建物部門など、政策がはっきりしている部門に集中している。政策で省エネが奨励されているところだけが成長しているということだ。
国ごとの政策はこのように投資先にくっきりあらわれており、たとえばCCUSやグリーン水素などの新しい研究開発プロジェクトも国による活発な投資が多くなっている。
だが、いい話しはここまでだ。
まず、投資とそれによる開発の地域差、ギャップが広がっている点が報告書では指摘されている。
2020年のクリーンエネルギーへの投資は中国、米国、欧州に集中しており、新興国や途上国では投資は低調だ。インフラ整備投資も同様で、送配電網への投資も中国、欧州、そしてバイデン政権が大規模インフラ投資を提案しているアメリカに集中している。
先進国や中国とは対照的に、こうした新興市場、発展途上国への投資はコロナウイルス前の水準から下回ると予想されている。中国を除いた新興市場、発展途上国は世界人口の3分の2を占めるが、世界のエネルギー投資の3分の1、クリーンエネルギー投資に至っては5分の1になる。
報告書では、多くの途上国ではコロナウイルスからの復興にも予算をかけられず、一部の国ではインフレの兆しが見られ、低金利環境が長く続かないのではないかと不安視するようになっていることも指摘されている。
投資した資金の使われ方にも問題があるようだ。質の高い電源開発プロジェクトが不足しており、実際の開発投資よりもキャッシュ・イン・フローが急速に増加しているという。この余剰資金を、企業や消費者のニーズとマッチングさせることのできる仲介業者も不足しているという。
さらに、投資額もまだまだ不足している。2021年にクリーンエネルギーとエネルギー効率化に費やされるとみられるのは7,500億ドル(82兆円)だが、先日発表された新しいIEAネット・ゼロ報告書によると、パリ協定の2℃以内目標には2倍、1.5℃目標には3倍足りないという。
さらなる投資を呼び込むには国の明確なシグナルが必要だと報告書は指摘。投資の不確実性を低減し、座礁資産への投資を回避するためだ。
こうしたシグナルはエネルギー産業全体に影響を及ぼす。たとえば送配電への投資と風力発電への投資のバランスが崩れるとせっかく電源を開発したのにボトルネックが生まれ、全体としてうまく機能しなくなる。そのためにも国の力強いメッセージが求められる。
化石燃料への投資は民間から国有企業へとシフトしていると報告書は分析している。カタールで世界最大のLNG拡張をCCUS開発とともに進めるとしているのは国の投資が増大した例だ。カタールはLNGで優位に立とうとしている。
一方、民間企業は石油・ガスのポートフォリオを抑えようとしており、それは大手石油会社も同じだ。大手石油会社の石油・ガス関連支出額は2010年代半ばの40%から現在は25%になっている。
また、石油・ガス会社はクリーンエネルギーへ投資を始めている。2020年にはオイルメジャーのクリーンエネルギーへの投資は資本支出全体の1%だったのが、2021年には4%まで伸びる可能性があるという。洋上風力のプロジェクトファイナンスも増加している。
石炭火力発電所の承認件数が2020年に増加しているのも気になる。主に中国での承認が増えているが、カンボジア、インドネシア、パキスタンでも石炭火力への投資決定がされた。これらの国で建設された石炭火力は合計で約500万kWhになる。
CCUSなどの新技術への投資は民間よりも国が強くなっていることも報告された。これはコロナウイルスの影響で民間予算が削減されたことが影響しているという。
IEAのファティ・ビロル事務局長は今回の報告書発表に当たり、次のように述べた。
「エネルギー投資の回復は歓迎すべき兆候であり、自然エネルギーへの投資が増えていることは心強い。しかし、2050年までに排出量をゼロにするためには、より多くの資源をクリーンエネルギーに集中させる必要があります」。
「各国政府は、排出量の削減を約束するだけではなく、市場性のあるクリーンエネルギーへの投資を促進し、初期段階の技術の革新を促進するための具体的な措置を講じる必要があります。我々のロードマップによれば、ネットゼロへの道を歩むことで、企業、投資家、労働者、そして経済全体に大きなチャンスがある。政府には、これらの広範な利益を引き出す力があります」。
つまり、全体としていい方向だが、まだ足りない。そして、投資を引き上げるには、国の明確なメッセージが必要だと強調した。
(Text:小森岳史)
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