YouTube番組「エナシフTV」のコメンテーターをつとめるもとさんが、番組では伝えられなかったことをお話しします。今回は、今後予想される石油の価格の不安定化、そしてコロナ危機によって経営が悪化した米国のシェール石油・ガス田が、さらにIEA(国際エネルギー機関)のレポートでとどめを刺された、という話題です。
エナシフTVスタジオから(5)
2021年5月18日、IEA(国際エネルギー機関)が「Net Zero by 2050」というレポートを公表しました。これは、2050年にカーボンゼロにしていくためのロードマップで、気候変動枠組み条約の求めに応じてまとめられました。レポートについては、「IEA、2050年カーボンゼロへのロードマップを公表 脱炭素・クリーンエネルギーには年間4兆ドル以上の投資を」という記事で紹介されていますので、そちらをご参照ください。
ここでは、石油産業、とりわけシェールオイルに焦点を当てたいと思います。
IEAのレポートは、とりわけ石油業界にとって、とても厳しい内容となっています。それは、Summary for Policy Makers(政策立案者のための要約)において、「2021年の時点ですでにコミットされているプロジェクト以外に、私たちの経路での開発が承認された新しい油田やガス田はなく、新しい炭鉱や鉱山の拡張は必要ありません」と書かれていることです。
すなわち、もはや新しい油田やガス田には投資しないということです(図1)。
もちろん、2050年カーボンゼロであれば、その時点で油田やガス田は不要となるのですが、投資をただちにやめてしまうというのは、かなり強硬だといえるでしょう。
その結果、原油と天然ガスの生産はどのように減少していくのか、それを示したのが、図2です。
2050年になってもまだ生産されていますが、これはCCS(CO2回収貯留)を併用した利用、ということにしておきましょう。
中東以外の地域で、石油の生産量が急激に減少していくため、中東産の石油の比率が高まります。これは結果として、中東依存を生みだし、新たな地政学的リスクになることも、IEAの報告書は指摘しています。
同時に、短期的に石油の価格が不安定化するリスクもあります。生産が減少しても、需要を抑制できなければ、価格が上昇します。そのことは、私たちの生活にも大きな影響を与えます。これを防ぐためには、再生可能エネルギーの着実な開発と利用技術の進歩が不可欠となりそうです。
新規の油田・ガス田への投資がなくなることで、もっとも影響を受けるのが、北米のシェールオイル・ガス田ということになりそうです。それは、一度は米国を産油国の地位に押し上げたシェール革命の終了を意味します。
1990年代、ピークオイルということがさかんに言われていました。かつて、教科書などには「石油の埋蔵量は〇〇年分」といった記述があったことを覚えている人もいるでしょう。実はこれは正確ではなく、石油会社が確認している埋蔵量だけを示したものでした。
とはいえ、石油の採掘が進めば安価に生産できる油田がなくなり、石油の価格は上昇します。北米の油田の生産量は当時すでに減少に向かっており、そのことを持ってピークオイルが過ぎたとされていたのでした。
しかし、コストをかければ石油の生産を拡大することは可能です。しかも、2000年頃から原油価格が上昇します。1990年代は1バレルあたり20ドル程度だったものが、40ドルから100ドルを超えるようになります。そうなると、コストをかけてでも原油を生産した方が儲かります。
そこで、カナダでは砂にしみこんだ石油(オイルサンド)などからの原油生産が行われるようになります。そして北米では、シェール(頁岩)という地下の岩石にしみこんだ石油を取り出す技術によって、シェールオイルの生産が拡大します。このことによって、米国は産油国となっていったわけです。
しかし、2020年からはじまったコロナ危機によって、世界各国で石油の需要が減少し、原油価格が下がります。そうすると、生産コストが高いシェールオイルは競争力を失います。
実際に、コロナ危機以降、2020年だけで北米でおよそ50社の石油企業が破綻しています。その後、石油の需要が回復し、原油価格が上昇しても、コロナ危機でダメージを受けたシェールオイルの会社は十分に生産を回復させる投資ができないでいます。シェールオイルは在来型の油田と異なり、何ヶ所も掘削装置(リグ)を設置して生産を続けていくのですが、新たなリグを設置できない、ということなのです。
そしてIEAのレポートが示すように、2050年脱炭素という方向に世界が進むのであれば、もはやこれ以上の投資は進まないでしょう。
シェール革命は何をもたらしたのでしょうか。
環境問題という視点からは、2つのことが指摘できます。
シェールオイル・ガス田は、在来型の油田・ガス田とは異なっています。シェールにしみこんだ石油・ガスを取り出すために、たくさんのリグを設置して次々と掘削し、地中のシェールに薬品を含んだ水を高圧で注入します。それによってシェールはひび割れ、石油・ガスが取り出されるのですが、このときに水質汚染が懸念されています。そのため、北米でもニューヨーク州のようにシェールの採掘が禁止されているところがありますし、最近ではカリフォルニア州知事がシェールオイル・ガス田の新規開発の許可を停止しました。
一方、シェールオイルのおまけとして産出する安価なシェールガスは、米国の電源構成を変化させました。石炭火力発電所が天然ガス火力発電所よりも割高となったために多くが閉鎖され、米国の近年のCO2排出削減につながっています。
そして、一時的とはいえ米国を産油国に押し上げたことが、米国の中東への関与を減らし、ある意味では米国民を「アメリカファースト」という方向に向かわせたのかもしれません。
北米ではしばらくは在来型の油田の操業は続きますが、シェール革命とよばれたものは、ほぼ終了したといっていいでしょう。コロナ危機でダメージを受けたシェールオイル業界は縮小していくことになります。
しかし、メジャーをはじめとする多くの石油会社にはもう少し違った将来がありそうです。
エクソン・モービルなど多くの石油会社は、脱炭素化で企業の生き残りを模索しています。再エネメジャー、水素メジャーを目指すのでしょうか。いずれにしても、厳しい挑戦をしていくことになると思います。図3は将来の水素需要を示したものですが、石油メジャーはどこまで関われるのでしょうか。
IEAのレポートは石油業界には厳しい内容でした。しかし逆の見方をすれば、メジャーをはじめとする多くの石油会社がすでに脱炭素を目指すようになってきた、そうした傾向が示されるようになったことで、IEAが2050年カーボンゼロのレポートを作成できたともいえるでしょう。
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