非核家園、永続台湾
台湾では近年、従来から問題となっている大気汚染だけでなく、夏季の高温化や異常な降水量といった異常気象の頻発により、「脱石炭」に対する国民の関心は高まっている。世論を重視する政府や地方自治体はこの世論を非常に重視しており、時に石炭火力が政治闘争の火種となるケースも生まれている。その一例が台湾電力の台中火力発電所を巡る台湾政府と台中市政府の衝突であり、今回はこの紛争事例の経緯と背景に焦点を当てる。 JETRO・アジア経済研究所研究員で東アジアのエネルギー問題の専門家、台湾在住の鄭 方婷(チェン・ファンティン)氏が具体的な事例をもとに紹介する。
台湾政府と台中市の、台湾最大規模の石炭火力発電所を巡る深刻な対立
前回の連載で紹介したように、エネルギー・トランジションに関する最新の大規模意識調査の結果から見ても、台湾世論は政府の「脱石炭」政策を支持し、経済的な負担増も容認する傾向にある。このような中、台湾政府と台中市が台湾最大規模の石炭火力発電所を巡り、深刻な対立に陥っている。
今年(2020年)、台湾では過去最も暑い6月となった。近年、夏季の異常な高温が続いて猛暑日・酷暑日が増えており、危惧されているのが電力不足である。
実際に2017年8月には台北市、台中市、高雄市など主要17都市で最大約668万世帯(戸)が停電する大規模なブラックアウトが発生し、市民生活は大混乱に陥った。原因は台湾中油公司の作業員が、桃園にある発電所へのガス供給システムの部品交換時に作業ミスをしたことであると報告されたが、ブラックアウトは電力の超過負担によっても起こり得る。そのため現民進党政権は電力の安定供給に対し非常に敏感になっており、「脱石炭」を掲げながらも、ブラックアウト回避のためには石炭火力の積極的な使用もやむを得ないという立場である。
しかし事実、夏場の電力需要の高まりに応じて石炭火力発電量は増加しており、国会では野党・国民党がこれに反発していた。この状況で市長と議会多数派を国民党が占める台中市が、台中火力発電所(以下、中火)に対し石炭使用量の上限超過で巨額の罰金を課したことが発端となり、台湾電力(以下、台電)を保有する台湾政府と台中市の間で対立が深まっているのである。
台中火力発電所(The Longjing District Thermal power plant in Taichung City. Photo by 阿爾特斯)
2018年の統一地方選、及び石炭火力発電と大気汚染問題の「政治化」
蔡政権は2016年の政権発足以降、脱原発・再生可能エネルギーの拡大と石炭火力から天然ガスへの転換を軸とするエネルギー・トランジションを推進してきた。それから4年が経ったが、「2025年までの脱原発」という目標の達成と夏場の電力安定供給のため、依然石炭火力には大きく頼らざるを得ないという現実がある。
しかし、世論を見ると大気汚染の改善や気候変動の緩和に対する国民の意識は高まっており、石炭火力に対する視線は総じて厳しい。2018年に統一地方選と平行して行われた国民投票では、野党・国民党の「火力発電所の発電量を『毎年少なくとも平均1%引き下げる』」という提案が有権者の賛成多数で成立し、政府が対応を迫られるなど、国民の意識の高さは投票行動にも明確に表れるようになっている。
また、2018年の統一地方選挙では、全国に21ある県または市のうち、15の県市長(日本の知事に相当)を国民党が占めるなど、野党の圧勝となった。台中市でも国民党の盧秀燕(ルー・ショウイェン)氏が大気汚染の改善を選挙公約の優先事項として掲げ、与党民進党の現職を破って市長に当選した。台中市では長年にわたり深刻な大気汚染に悩まされており、台湾最大の火力発電所である中火の存在もあって、市民は不満を募らせていたのである。
石炭使用許可量超過で「中火」に対して巨額な罰金
前述のように盧市長率いる台中市政府は、石炭使用量超過を主たる理由として、中火に対しこれまで複数回にわたって罰金を課しており、その総額は1億500万台湾ドル(約3.7億日本円)以上に及ぶ。
さらに昨年2019年12月にも三回罰金を課した上、規定の期限内に使用量に改善が見られなかったとして、2号機と3号機の発電装置操作許可証を失効させる行政処分を下した。
一方で、中火を所有する台電は2020年2月、罰金を全額支払ったにもかかわらず操業許可が取り消されたことを受け、国の環境保護署に助けを求めた。この時点での台電と台中市の主張をまとめると次のようになる。
台中市が主張する行政処分の根拠は、同市の「石炭の使用管理に関する自治条例(2016年1月より実施)」である。ここには「条例発効後4年以内に石炭使用量を40%削減する」と定められており、中火は「実際の使用量」比での40%削減が未達であるというのが台中市の主張である。
台電は別の法律である「空気汚染防制法(大気汚染防止法)」を根拠とし反論している。「台中市が条例発効の翌年に決定した中火の石炭使用許可量は2,100万トンであり、この許可量を40%引き下げた1,260万トンが現在の使用量の上限である」ため、上限を超過していないというのが台電の主張である。
この訴えを受け、環境保護署は「行政程序法(行政手続法)」による法律の信頼保護原則違反などを理由に、台中市の行政処分を無効とした。台中市はこれを受け即座に、「行政手続法に基づけば台中市の行政処分を無効とできる権限者は環境保護署を管轄する行政院であり、環境保護署には権限がない」と反論し、「公共の福祉に重大な危害を及ぼす者は、処分は取り消せない」という規定も持ち出し、行政院へ不服申し立てをするなど強く反発している。
中火を巡る紛争は与野党の政治的対立という背景もあるが、一方で台中市の条例において石炭使用量の削減基準が曖昧になっていたことも原因の一つであり、これを明示する条例改正が急務であることは間違いない。
6月にも新たな罰金、さらに台電トップを書類送検
この紛争にはまだ続きがある。両者の対立は次第に激化し、ついに今年6月下旬には、台電トップが台中市によって書類送検されるという異常事態に陥っている。
台中市が行政院に対して行った前出の不服申し立てはその後却下され、中火2号機、3号機も操業可能な状態に戻された。そうこうしているうちに台湾では「過去最も暑い」6月も下旬に入り、全国で連日猛烈な暑さに見舞われたことから、台電は中火2号機を再稼働した。これを受けて台中市は、大気汚染防止法に基づき、台電に直ちに200万元(約700万日本円)の罰金を課した上で稼働停止を命じたが、台電はこれには従わず中火の稼働を続行したのである。
命令に従わない台電に対し、台中市は800万元~2,000万元(約2,800万円~7,000万円)の罰金を課し、それ以外にも「今回の件の責任者を書類送検する」という声明を発表し台電を牽制した。すると台電はこの声明を受けて行政救済手続きを行い、国に賠償請求する意向を示した。
台中市の国民党議員らが中火に向かってハンガー・ストライキを行い2号機の操作停止を求めるなど、抗議活動も激化していた(写真1、写真2)。
その後、台中市は最高額となる2,000万元の罰金を決定し、本当に台電のトップを台中地方裁判所に書類送検した。対する環境保護署は台中市の罰金処分を無効として対決姿勢を崩しておらず、泥沼化する紛争には一向に出口が見える気配がない。
結びに代えて
中火の事例は各国他人事ではなく、「脱・石炭火力」が世界的な潮流となる中で、異常気象や夏季の高温化に対応するための電力供給の逼迫は共通の課題である。電力安定供給のために不可欠なエネルギー資源として位置づけられる石炭火力への依存は、そう簡単に断ち切れるものでもない。
しかし台湾においては、与野党間の根深い対立もあり、石炭火力削減に関する法整備が遅れていることから、これを進めることが急務である。中火紛争については、今後進展があり次第更新していきたい。