欧州の電気料金にはほかに地域的・短期的な3つの大きな要因がある。
ひとつは風力・太陽光発電量の発電量の低迷。もうひとつは予期しなかった保守点検などによる供給減少。そして、天然ガスの供給不足だ。
今年、欧州では9月に入ってから風況があまりよくなく、風力発電の発電量が低迷している。また、欧州では今年は雨が少なく水力発電の発電量にも影響したという報道もある。また英国は、ブレグジットの影響で深刻な人手不足となっており、その要因で供給にも影響が出ている。
ノルウェーでは油田や精製所のメンテナンスがあり、ガスの流量が減った。ロシアからドイツへのガス供給のパイプライン「Nord Stream 2」の稼働も遅れている。これはロシア側の問題というよりも、EUの規制が関係しており、ドイツへガスを送ることのできる認定がようやく9月に始まり、完了までに最大4ヶ月かかるという(ロシアのプーチン大統領は早期供給について10月6日に言及、LNG価格(TTF)は一部下落している)。
Nord Stream 2
中国では、石炭採掘に伴う相次ぐ死亡事故を受け、新たに導入された厳しい安全対策が施され、電力需要の増加に対応するだけの国内石炭供給量を増やすのに苦労している。中国政府は鉱山採掘を制限していたが、生産能力をあげるように指示している。
インドも石炭備蓄量が過去4年間で最低になっており、高価な輸入石炭か、国内のオークションに頼るしかなくなっている。これは経済活動が回復したためとみられている。
前出のIEAガス供給レポートによると、この冬はかつてないガス価格で始まるとしている。「ネット・ゼロ・エミッションを達成するために(比較的低炭素な)ガスに切り替える移行期であり、柔軟で安全な供給を実現するにはより難しくなると考えられる」としている。
世界的な脱炭素への移行は早急に過ぎたのか? もしくは再エネへの転換は急激すぎて、もっとゆるやかな移行へと転換するべきなのか。
IEA事務局長のファティ・ビロル氏は9月21日の声明で「適切に管理されたクリーンエネルギーへの移行は、今日のガス・電力市場に見られる問題の解決策であり、その原因ではありません」と述べた。
同氏は「電力市場とガス市場のつながりがすぐになくなることはありません。現在も多くの地域で、ガスは電力市場のバランスをとるための重要なツールとなっています。クリーンエネルギーへの移行がネット・ゼロ・エミッションに向けて進むにつれ、世界のガス需要は減少に転じるでしょうが、電力の安定供給のための重要な要素であることに変わりはありません。特に、電力需要の季節変動が大きい国では、その傾向が顕著です」とし、移行期におけるガス供給の重要性を説いている。
では各国は脱炭素への転換を緩めるのか?
イギリスは10月5日、2035年のクリーンエネルギー100%達成目標を発表した。EUは最大33兆円の長期加盟国支援基金「Next Generation EU」で欧州グリーンディールを強く推し進める。
アメリカではLNGの新規採掘計画がいくつかでているが、アナリストは否定的だ。英ウッドマッケンジーはフィナンシャル・タイムズに「風力発電に進出すべき、と言っている投資家に対して、LNG輸出企業は計画を売り込まなければならない」とコメントしている。
中国はどうか。ブルームバーグによると「エネルギー消費の制限に関するガイドラインや目標は約6年にわたり設けられており、今回の停電は地方政府による不十分な計画が原因」だと人民日報が主張している。習氏のカーボンニュートラル目標は変わっていない。2060年までの中国の排出量実質ゼロを9月23日に明言している。
つまり、欧州も英国もアメリカも、中国でさえも、気候変動対策に一歩も引いていない。
10月4日付のEuro newsでは、欧州消費者機構(BEUC)のサステナビリティ・ポリシー・オフィサーであるディミトリ・ヴェルニュ氏が「これは、自然エネルギーを中心としたエネルギーシステムへの移行を加速させるための明確なシグナルだ。ガソリンや天然ガスなどの化石燃料に依存していることが、私たちのエネルギー代を高くしている。風力や太陽光を利用した電力の価格は、安定している。問題は、天然ガスやガソリンのピーク時の利用であり、電気料金の上昇はここから来ているのだ」とコメントしている。
つまり、輸入など、価格変動リスクのあるLNGや石炭に頼っている状況自体が問題なのであり、再エネでのエネルギー自給率を上げることが今回のような高騰騒ぎを起こさない根本的な治療だと言う認識だ。
問題は、いまは使わざるを得ないLNGなどの価格変動対策などであり、対症療法の必要性だ。スペイン政府は、電力特別税を一時的に5.1%からEU法で定められた最低限度である0.5%に引き下げた。フランス政府は9月中旬に、エネルギークーポンを受け取っている580万世帯に費用負担軽減のために100€の補助金を支払うと発表した。イギリスでも5億ポンドの支援を発表している。
こうした政府の支援があってはじめて、家庭や中小企業が守られつつ脱炭素が達成できる。こうした政府支援は将来への投資にほかならない。
忘れてはならないのは、時間がないことだ。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書をひくまでもなく、2030年目標、2050年目標を達成しなければ、より甚大な問題が、気象災害としても、経済問題としても起こるだろう。
日本はどうか。ここで再エネへの転換の手をゆるめるのか。「急激な脱炭素は電気代を直撃するから再エネ導入にブレーキをかけろ」「日本はもう土地がないから太陽光をこれ以上増やすのは難しい」という報道も見られる。
そうではなく、アクセルを踏み、脱炭素、気候変動対策を進めるべきだ。柔軟性をどう担保するのか、系統の見直し、エネルギー効率の向上など、まだまだ課題は多い。ということは、投資機会も多い。新設は考えていないという原子力発電の再稼働も、今のような脱炭素社会への過渡期にどう扱うべきか、国民のコンセンサスはいまだにとれていない。
EUグリーンディール担当のFrans Timmermans副委員長は、欧州委員会で次のように語った。「皮肉なことに、もしグリーンディールが5年早く実現していたら(天然ガスへの依存が下がり)このような(電力高騰は)起こらなかっただろう」。
よりはやい、再生可能エネルギーを中心とした脱炭素への転換が、LNG依存と価格変動から逃れる最善手ではないだろうか。
エネルギーの最新記事